兄から殺されたのか否か?

 ラティは自分の植物園で見つけた魂を、世界樹の喫茶店に連れて行く。

 例によって世界樹の清浄な空気のおかげで、魂は輪郭を取り戻す。

 見た目で判断するに、十代前半の子供のようだ。

 黒髪を背中に流しているから少女のように見えるが、骨ばった体つきが少年ぽくもあり、服装も簡素だから性別不明だ。


「喫茶店の中に入ってください」

「うん」

「その声、男の子ですか」

「そうだけど、気が付かなかったかな」

「中性的な見た目してるから、分かんなかったですね」

「ほんと、この見た目は嫌になるよ。もっと男らしい見た目に生まれたかったのに」

「死んでいても、そういう考えをもつんですね」

「そりゃそうだよ。お前って、あんまり優しくないな」

「優しくするなんて、一言も言ってないですよー」

「メンタルキッズか。おー、これが喫茶店なんだ? 中の家具とかが結構好きかも」

「ありがとうございます。子供が好きそうな飲み物でも出してあげるんで、カウンターに座ってください」

「オッケー!」


 少年がスツールに座るのを確認してから、ラティは棚から作り置きしていたエルダーフラワーのシロップを下ろす。

 それをスプーンでグラスに数杯入れ、蒸留水で割り、マドラーでよくかき混ぜてから、少年の前に置く。

 マスカットの香りがする甘い飲み物なら、子供でも飲みやすいだろう。


「どーも!」

「君は自分の名前を覚えてますか?」

「ペリアーノ。そういうお前の名前は?」

「ラティです。あー、先日人間風の苗字を貰ったんだった。君は人間だったわけだからラティ・アシュリーと名乗っておきます」

「ふーん、いい名前だな。お、この飲み物うまい!」

「ふふん! エルダーフラワーのシロップで作ったジュースですよ」

「エルダーフラワーって、白くてわしゃわしゃ生えてる草だよなー。家の窓から毎日みたいに見てたけど、こんなにうまいとは思ってもみなかった」

「その辺の雑草でも、手を加えると美味しくなるやつってありますからね。ゆっくり飲んでいいですよ」


 ラティは少年がジュースを飲む間、ミズガルズで喫茶店を開くための準備をする。以前店を開けた時からまた結構時間が経ってしまったけれど、常連さん達は元気でいてくれるだろうか。


(えーと、おばあちゃん達は私のパウンドケーキが好きだから、とりあえず二本は焼いておこうかな)


 ラティがメモ帳に必要な材料などを書いていると、ペリアーノが口を開く。


「––––––僕さー、実の兄に殺されたんだ」

「……そうなんだ。ゴーストにならなかったのは、兄を恨んでいないから?」

「誰かを恨んでいると、ゴーストになるのか?」

「そういうことが多いっぽい」

「たぶん、恨んでない……。っていうか、僕自身が”なんで?”って気持ちでいるから、混乱している状態なんかな?」

「でも、君が兄から殺されたと思ってるってことは、何か心当たりはあるんじゃんないですか?」

「ある。というかそうとしか考えられないって感じ」


 ペリアーノはエルダーフラワーのジュースを一気に飲み干すと、ここ数年の彼と彼の兄の出来事などを語ってくれた。



 ––––––––––ペリアーノ少年は体が弱く、幼少期に両親を亡くした。

 ここ数年はほとんどベッドに寝たきりで、兄だけが頼りだった。

 しかし、状況は緩やかに悪化した。

 村に訪れた医者に不治の病と診断されたのだ。

 病気を治す薬はミズガルズのどこにも存在しないとのことで、おとなしく死を待つ身となった。

 だが、状況は変わる。

 兄に取引を持ちかける者が現れたのだ。

 『隣国で密造されている麻薬を1,000単位売ってくれるなら、お前が望むどのような薬でも与えよう』

 そういう取引だった。

 兄は悩んだ挙句、麻薬の密売に手を染める。ただのリンゴ商人と見せかけて麻薬取締官の目を掻い潜り、多くの人間の人生を変えた。

 約二年間で1,000単位売り捌き、兄は薬を手に入れた。

 ところが、ペリアーノがその薬を飲むや否や病状は悪化し、そのまま命を落とした。


「––––––––––兄は様々な色のリンゴを売っていたけれど、その中でも黄色のリンゴをくり抜いて、中に麻薬を詰め込んでいた。だから僕は、さっきの場所で黄色のリンゴの木を何となく見ていたんだけど、お前と猫がやってきたから、別の木の影に隠れていたんだ」


 ペリアーノは話し切ると、憂鬱そうに俯いた。

 そんな彼のグラスに、アイスティーを注いでやりながら、ラティは疑問に思ったことを口にする。


「……君の兄が麻薬1,000個の売却と引き換えに、君を殺す薬を望んだってことなのかな?」

「そういうことだったのかな。僕の記憶が正しかったら、僕の病気を治す薬を得るために頑張っていたと思うんだけど……。もしかすると、途中で何もかもが嫌になって、殺すことにしたのかも」

「人の気持ちって複雑ですからね。信じて待っていたとしても、裏切られてしまうことはしょっちゅうあるのかも」

「うん。まぁ、体が弱いまま大人になったとしても、まともに働けたとも思わないから、兄に殺されたとしてもあんまり恨んではいないよ。ただ……」


 少年はグラスの中のアイスティーを痛みを堪えるように見つめる。


「兄が僕を殺すための薬を頼んだのか、それとも、病を治すための薬を頼んだのか、それだけ知りたい」


「……君の望み、叶えてあげましょうか?」


「え、でもお前ってこのよく分からない植物に住んでいるんじゃないのか? ここがどういう場所なのかはさっぱり分からないけれど、僕のために、兄に会いに行ってくれるの?」

「いいよ! 君の兄がリンゴ商人だったなら、私もちょっと話をしてみたいから」

「……ありがとう」


 ちょうど黄色いリンゴの実をつける木を求めていたから、少年の願いを叶えるついでに、リンゴのことを聞いてみてもいいだろう。


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