叙爵
研究所でレモンプリンやバニラアイスなどを作ってきたとはいえ、大量のフルーツのカットや、生クリームの泡立てなど、体力勝負な作業はパステイト侯爵宅で行わなければならない。
色々な作業台をダラダラと回って、パステイトの料理人達から良い影響を受けるつもりが、ほとんど出来ず、ただひたすらに生クリームとの格闘になってしまっている。
何とか生クリームにツノが立つ頃には、ヘトヘトになった。
それでも助手はいないから、休んでいられない。
パステイト侯爵が所持する芸術品のようなグラスの器に、自分が作ったものを慎重に盛り付ける。
「思ったよりも重労働だー。でも参加人数分用意しなくても済むのは助かるなぁ」
用意が必要なのは、最低で二十人分と言われている。
参加人数分用意しなければならなかったら、夕方になっても作業が終わらないところだった。
ラティはその必要分を開始時間ギリギリに用意し終える。
「ラティさん、そろそろお願いします」
「了解ですっ」
第一王子の従者に促され、金ピカのトレーの上にレモンプリンアラモートを乗せ、広い厨房を出る。
パーティ会場に入ると、春らしい装いに身を包んだ男女がくつろいだ様子で談笑していて、一国の王位継承者がいても、緩い雰囲気が漂う。
最奥に居る第一王子はラティの姿を見ると立ち上がった。
彼のところまで一直線に開いたスペースを、他の客人の足に引っかからないように慎重に進む。よほどマナーが悪い動きになっているのか、客人達にはギョッとした表情をされるが、今後会うことのない人々なので気にすることはないだろう。
第一王子の前で、ラティはペコリと頭を下げる。
「昨日ぶりです。えーと、今日は楽しい宴会? に招待していただき、有難うございます」
「よく来てくれた。本来であれば、貴女は働かず、気楽に食事をしてもらいたかったんだ」
「流石にここでの飲食は場違いなことくらいは私みたいなのでも分かるよ」
会場内にいるのは貴族だと思わしき男女ばかりだ。
そこに喫茶店を営んでいるだけの元リスが混ざったら、浮くに決まっている。
気楽どころか、針の上で食事をするようなものだ。
「厨房内で様々な人間の豪華な料理を見れたし、味見をさせてもらえたりもしたから、こっちはこっちで楽しめていたよ。そんなことより、これをどうぞっ」
彼の前にレモンプリンアラモードをドンと置く。
「甘味の一種か?」
「いえ、これは喫茶店の定番プリンアラモードです。でも王子は食べ飽きているかもしれないんで、プリンをレモンプリンにして、バニラアイスの塩キャラメルソースがけも添えてみました! 他のシェフよりも味のクオリティが低いかもしれないんで、味の種類で勝負をかけてみた!」
大きめのグラスの器の中、中央部にレモンプリンとバニラアイスを並べて置き、その上には香りをよくするためのチャービルと、蜂蜜漬けのレモンを乗せている。アイスに刺した大き目のクッキーは塩味をきかせて、甘さに飽きた時に食べれるようにしてみた。たっぷりと絞った生クリームと、大量のフルーツにより、かなりボリュームのある一品となっている。
「実はプリンアラモードを食べたことはないんだ。だけど、器に乗った物全てが美味そうに見える」
「たぶん、全部が美味しい……はず」
「ではいただこう」
洗練された所作で、まずはレモンプリンを一口。
感想もなく、二口目、三口目……、と食べ進めるから、少し不安になるが、どんどん口に入っていくから、不味いわけではなさそうだ。
「とても旨いぞ。このように自由な組み合わせの甘味も良いものだな」
「気に入ってもらえてよかった!」
高級な物を食べ慣れている人間にとって、喫茶店のメニューは受け入れられるのかどうか疑問だった。だけども王子の表情には嘘偽りなどはない。
彼が上機嫌なうちに、気不味いことも聞いてしまいたい。
「あの、昨日貸してもらったマントはどうすべきですか? 結構汚れてしまっているんですけど、人間界の貨幣はあまり持っていないので弁償は無理です……」
ラティの一言で、会場内の人間達がざわめく。
「あの娘にマントを?」「どうみても軟弱にしか見えぬが」「ふさわしくない」など、あまり好意的とは思えないような発言が聞こえてくるのはなぜなのか?
「そのマントは貴女にあげた物だ。自由に使ってよい」
「そうだったんですか。ではありがたく貰っておきますね」
「ああ。ちなみに、この国においては、国王や王位継承者からマントを譲られる行為は、
「叙爵……?」
言葉の意味がわからず、おうむ返しにすると、第一王子に大きく頷かれる。
「ああ。貴女を私のナイトに叙爵するつもりだ。昨日は良い働きをしてくれた。感謝するぞ」
「ナイト? 私が??」
喫茶店を営む元リスをナイトにしてどうするんだと思わなくもないが、断るのも勿体無い気がして、ラティは適当に頷いておいた。
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