レモンプリンアラモード

 多頭の水蛇が現れた次の日、ラティはラウルを連れてパステイト侯爵宅を訪れた。


 昨日作っておいたレモンプリンとバニラアイス。そして大量のフルーツ。それら全てを持ち運ぶのは、いくら力持ちなラティといえど、手が足りず、ラウルに助けてもらった。

 しかし、パステイト侯爵宅の裏手で、ラウルは衛兵に待ったをかけられた。


「待て。お前、先の国王陛下を暗殺した女と懇意にしていた者だろう?」

「もしかしてナーテのことを言っているのか? だとしたら、暗殺ではない。堂々と元国王を死に至らせたのだ」

「貴様、言わせておけば! 何と無礼な!」


「わぁぁぁ!!! 何を言い出すんだよ!」


 衛兵が怒りにまかせて剣を抜き放ったので、ラティは慌てて、ラウルの前に立つ。

 今日はパステイト公爵家の使用人や、王子付きの近衛騎士に喧嘩を売りに来たわけではないのに、こんなところでヘイトを買うのは無駄すぎる。


「おい、お前が料理人か!?」

「そ、そうだよ」

「この不敬な輩をここを通らせるわけにはいかない。お前一人で荷物を運び、調理しろ」

「分かったよ」

「悪いな、ラティ」

「大丈夫だよ、ありがとう」

「それにしても、彼女は人魚の肉が毒だと知らなかっただけなのだ。なのに、罪人扱いとは……」

「仕方がないよ。モンスターのことだけじゃなくて、この国の法律も勉強しよう」

「はぁ、あなたなら私に共感してくれると思ったんだがな」

「一緒にされても困るよ。とりあえず、荷物持ってくれてありがとう」

「ああ」


 ここまで持って来てくれたなら、あとは自分で往復して荷物を会場に運びきれるだろう。

 パステイト侯爵家から立ち去るラウルに手を振ってから、ラティは自分で持ってきた分の荷物を邸宅内に運び込む。


 邸宅内で、ラティは使用人達に案内され、料理人たち用の広い厨房に入る。

 厨房中ではすでに多くの料理人が作業に集中していた。


 カウンターやテーブルにずらりと並ぶ料理の豪華さが凄い。

 ミズガルズの食材にそこまで詳しくないラティにも分かるくらいの高級食材の数々。牛のヒレ肉の中でも希少な部位を使ったステーキに、サメのヒレ。蒸した巨大ザリガニには美味しそうなクリームソースがかかっているし、積み上げられたケーキはラティの身長よりも高い。


「圧巻だなぁ。どれも美味しそう!」


 急に空腹を自覚するが、荷物を半端な状態のままにしてもおけないので、割り当てられた調理スペースに急いで荷物を広げる。

 そしてすぐに邸宅の裏口に置いてきた方の荷物を取りに行こうとする。

 しかし、ドアにたどり着く前に、向かい側から歩いてきた身なりの良い青年に話しかけられる。


「貴女ですか、本日のパーティに急きょ参加することとなった調理人は?」

「そうです。何かありましたか?」

「裏口に貴女が荷物を置いて行ったと衛兵から言われたので、私が運んで来ました」

「え! 有難う」


 青年をよく観察すると、確かにラウルが持って来てくれた大きめの籠や木箱を抱えていた。彼はそれらを慎重に調理台の上に乗せながら、少し踏み込んだ内容の質問をラティに投げてきた。


「本日貴女はどのような料理を準備なさるつもりなのでしょうか?」

「私が作るのはレモンプリン・ア・ラ・モードです。ちゃんとレモンを使っているので、条件を満たしているはず!」


 ラティは昨日材料を買いに行った後、研究所でレモンプリンを仕込んだ。

 残念ながらプリンの型に出来そうなものがなかったため、ビーカーを借用したが、ちゃんと洗浄しておいたから大丈夫だろう。


「プリンにレモンを使うのですか。珍しいですね。世界中のありとあらゆる料理を召し上がったことのある殿下でも、レモンのプリンを味わった経験はないかもしれません」

「……殿下って、第一王子のことですか? 随分詳しいんですね」

「私は殿下の従者をさせていただいておりますゆえ、なんでも存じております」

「そっかぁ」

「パーティが始まったならば、貴女はすぐに殿下の元にプリン・ア・ラ・モードを持って行ってください」

「一番最初にデザートでも大丈夫なんですか?」

「コース料理ではないので、殿下の自由なのですよ。あの方は貴女の料理を一番最初にとおっしゃいました。その通りになさってくださいませ」

「じゃあそうするよ。そうだ、第一王子に借りたマントを持ってきたんです。洗濯してからの方がいいかもしれないって思ったけれど、扱い方が悪いと、よれよれになったり縮んだりするかなって思って、そのままです。不敬ですか?」

「勿論不敬です」

「そうだよね……」

「しかし、貴女は昨日殿下を助けました。そのことで随分殿下は貴女を気に入ったようなのです。ですから、貴女は堂々とパーティ会場でマントについての質問を殿下になさるといいでしょう」

「……」


 なんだか妙な話である。

 この青年が第一王子の従者なら、ラティからマントを受け取り、洗濯代などを請求すればいいのではないだろうか?

 何となく視線を感じて周囲を見回すと、料理人のうち数人が唖然とした表情でラティを見ていた。

 このマントには一般的な用途とは別の意味でもあるんだろうか?


「とりあえず分かったよ。マントについては本人に聞けばいいんですね」

「はい。それと、パーティの後にはオーディン神の召喚に立ち会ってくださいませ」

「えぇ!? いやだよ、ミズガルズでまであのおっさんと会いたくない」

「まるで知り合いかのようにおっしゃるんですね」

「あー、いや、別に……」


 本当のことを言っても疑われるだけだろうから、ラティは適当に誤魔化す。

 それにしても、あの気難しいおっさんが人間の召喚に応じるなんてことがあるんだろうか?

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