ベトベトなフィッシュ&チップスはNG
人魚達はラティが淹れたハーブティを飲んだことにより、冷静さを取り戻せたようだ。
ラティは人魚達に拒否されたフィッシュ&チップスをもぐもぐと食べつつ、別に持ってきていた東方の国の昆布茶を飲みつつ、情報を聞き出す。
「––––えーと、みんなはモンスター研究所の調査に不満を持ってたってことなんだ?」
「当たり前だ。自分の身になって考えてみろ。寝ていても、飯を食っていても、つがいと愛を囁き合っていても、覗き見られ続けるんだぞ。不快でないわけがないだろう」
「ふーむ。言われてみるとそうかも」
確かにラティも世界樹での暮らしや、ミズガルズでの暮らしそのままを見られ続けたなら、発狂してしまうかもしれない。
それを考えたなら、人魚達は長期間の調査によく耐えたものだ。
「だから我々は、リンダの申し出が殊更魅力的に思えたのだ」
「リンダ……」
そういえば、さっきこの島を挟んだ向かい側で、リンダとすれ違いになった。
ラウルによると彼女の調査対象は人魚ではないらしいが、ここで何をしていたのだろうか。
「彼女と何か取引でもしていたの?」
「リンダは人魚の調査を止めるように、研究所の上層部の人間と掛け合ってやると言ってきた。我々にとって、願ってもないチャンスに思えた」
「無条件ではなかったんだろうね」
「ああ、巨大で
「ただの人間が、強いモンスターを求める? なんだか変な話だなぁ。リンダは何に使うと言っていたの?」
「そこまでは聞き出していなかった。ただ我々にとって、ちょうどよく巨大モンスターを作り出せる環境が揃っていたのだ」
「海峡の渦のことかな」
ラウルに聞いたことを思い出す。
人魚達は渦の中に人間の魂を入れ、多頭の水蛇を作り出していたようだ。
ラティの近くに居た人魚がトカゲを思わすような動きで、頷く。
「半年ほど前に、オレンジ頭で長身の男がこの島を訪れた。非常に神々しく、大いなる力を宿す、そんな男だった。若い人魚達はこぞってその男に夢中になっていたものだった。しかし……あの男が持ち込んだギトギトベトベトなフィッシュ&チップスにより、身体的ダメージを受ける者が何人もいた。あの食べ物は危険……そういった認識になったのだよ」
「オレンジ頭で長身で……、あれ? なんか寒気が」
なんだか物凄く嫌な奴の姿が記憶を掠めたが、気のせいだと思いたい。
両手で自分の二の腕を抱きしめるラティを気にせず、人魚は話を続ける。
「その男は、海峡に特殊な渦を作り上げた。『この先は冥府の最下層に繋がる。落ちたら二度と戻れないのだよ』と言い残して消えた。迷惑なものを残していったと思ったが、ちょうど溺死した船乗り達の魂を持っていたので、魂を冥府に送ってやろうと投げたのだそうしたら……」
「水蛇になっちゃったんだね」
「そうなのだ。しかしちょうど食糧が足りていない時期でもあったから、蛇は我々が食して始末した」
「なるほどね」
ミズガルズの海を冥府と繋げてしまえるなんて、神の所業としか思えない。
なぜそんなことをしたのか、何故冥府の方からは発見出来なかったのかは分からないけれど、ラティは人魚達にやんわりとした口調で釘を刺す。
「人の魂を籠に閉じ込めておかないでほしい。そして、冥府に繋がる渦の中にはもう人の魂を入れないでくれないかな」
「やはり、何かまずいのか?」
「今はまだ、手におえる程度のモンスターしか出てきてないみたいだけど、今後どうなるかは誰にもわからないよね。それに、今の時点でもう神々の怒りを買っているんだよ。別の神や人の所為に出来る間に、手を引くべきだと思う」
「神々が我々をお怒りなのか? それはまずい」
「人間達の怒りも買っているんじゃないかな。人間よりもずっと数が少ない君たちは、もしかするとこの島を追われてしまうかもしれない」
「……良い機会だ。もう水蛇を作り出す儀式は止めるとしよう。今ここに居ない人魚達にも、伝えておく」
「ありがとう!」
□■□■□■
夕暮れ前に研究所に戻ると、パステイト侯宅の使用人がラティの元を訪れた。
パステイト侯宅で開かれるパーティの件で、ラティに伝言があるためだ。
会場となる施設の地図と、日時、参加人数、そして人数分の飲食物を一品用意してほしい旨だ。最後に書かれていた一文に、なんとなくワクワクするような感覚になる。
”提供する飲食物には必ず、パステイト市の特産物であるレモンを用いること”
レモンを使った料理のレシピは色々知っているけれど、それの中で材料を調達しやすく、喫茶店らしいものと言ったら、あれしかないだろう。
「果物とかは明日買ってカットするとして、今日のうちに大量のプリンを作っておこうかな!」
ぐったりとへばっているラウルにマーケットの場所を聞いてから、ラティはいそいそと外出した。
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