人魚の住処

 パステイトの港で第一王子を助けたラティとガルムは、研究所でラウルと合流した。多頭の水蛇との戦闘は、港から離れていたラウルにも見えていたらしく、やや興奮気味に賞賛された。

 褒められること自体は嬉しいものの、そんなに大したことはしていない。

 世界樹に喫茶店を開く前のラティは今回の水蛇よりも強い敵と単独で戦ったことがあるから、今回の戦闘が特別な感じはない。

 ガルムも同様なようで、ラウルに褒められてもキョトンとしている。


 研究所にて、ラティは念のために持ってきていた服に着替えたり、ちょっとした軽食を作ったりなどし、午後からのお出かけに備える。


 ガルムの方は一度ヘルの元へ帰った。

 多頭の水蛇を倒した際に集めた魂を冥府に送り届けたり、今回の騒動の説明をしたり、結構忙しそうだ。

 それらが済んだらまたパステイト市に来るらしいが、ヘルに別の用を押し付けられるかもしれないので、彼がここに戻ってくるのはあまり期待しないでおいたほうがいいだろう。


 港に停泊させてある研究所の船は、先ほどの水蛇の騒動の影響を受けず、普通に利用出来た。それをラティとラウルがオールを使って漕ぎ、本土からさほど離れていないところに位置する島に向かう。


 ゴツゴツとした岩が目立つ島に近づくと、島の影からラティ達が乗る船と似た形の船が出て、本土の方に向かうのが見えた。


「ここが人魚たちの住処なんだよね? 私達よりも先に人魚に会いに行った人がいるみたいだ」

「……あれは、研究所のリンダだ。彼女は違うモンスターの調査を受け持っていたはずだが、こんなところで何をしているんだ」

「追いかけて聞いてみる?」

「いや、やめておこう。最近の彼女は隠し事ばかりなんだ。以前はナーテともそこそこ仲良くしてくれる良き同僚だったのだが」

「人間て変化する生き物だから仕方がないね」


 リンダは急いでいるのか、やや岩陰にいるラティ達には気がつかなかったようだ。必死な形相で島を離れゆく彼女に引っかかりを感じつつも、ラティはオールを握る手に力を入れる。


 再び船を漕ぎ、ゴツゴツした岩肌の島を回り込むと、妙に甲高い女の声が聞こえるようになった。世界樹の下の森林に生息する色とりどりの鳥を彷彿ほうふつさせる声を、ラウルは「人魚の声」だと断言する。


「あれが人魚の声なんだ。もっと澄んだ声だと思っていたのにな」

「奴らの歌に”魅了”されるのは、美しい歌声だからではなく、術によるものだ。あ、私たちに気がついたみたいだ」


 ラウルの言う通り、人魚たちの声は明らかに近づいて来ている。

 岩陰などから姿を現した姿は、人間の女性と似てひなるものだった。

 青や緑の長髪に、血色の悪い唇。

 灰色がかった肌には、ところどころに鱗が張り付き、ヒレなどが生えている。

 美しいといえば美しいが、似たような姿の者がうじゃうじゃといると、なんだか怖い。


「雄の人間め! 聞いたぞ、お前のつがいが我らの仲間を殺したらしいな!」


「そうだが! 憎いか!? 俺を殺すのか!?」


 ラティはラウルの堂々たる態度に唖然とする。

 確かに彼の罪ではない。罪ではないが、もっと言いようってものがあるんじゃないだろうか?


「許しておけぬ、許しておけぬ!」

「そうだ!」

「人間の雌に今聞いたぞ! 私の娘を殺した後、人間の王へ捧げる料理としたそうではないか! あの子はお前の調査に協力してやっていただけなのだぞ!」


「はっきり言わせてもらう。まとわりつかれて迷惑だった。あの人魚の煽りにナーテはのってしまったんだ! 俺に会うたびに”魅了”を使われるのも迷惑だった」


「よし、こいつを殺そう」

「そうだ! こいつを殺して、その魂を次なるモンスターの創造に使うのだ!」

「殺せ!」

「殺せ!」


 人魚たちがたむろする岩場が異様な雰囲気に包まれる。

 ラウルだけでなく、ラティに対しても「一緒のチビも殺してしまおう」などと言われているため、他人事にも出来ない。


 仕方がなしにラティはオールを置き、船の上に立ち上がる。


「おーい! そこの君達! かっかしてないで、ティータイムでもどう!? 今ならフィッシュアンドチップス付きだよ!」


 魚介類を調理したものだから、きっと人魚たちは喜んでくれるだろうと思った。

 しかし全く喜ばないどころか、嫌な出来事を思い出させてしまったようだ。


「フィッシュアンドチップスとは、あのギトギトとした臭い食い物か!?」

「生で食ったほうが何百倍も美味いが!」

「そんな誘いに乗ると思うか!?」


「わわっ! 食べたことあるんだー!? じゃあ、ハーブティはどう? これには世界樹の雫がちょっと入ってるんだよ」


 ラティはガラスの瓶に入れたオレンジフラワーのハーブティを、ドヤ顔で持ち上げる。

 人魚たちの一部は世界樹の雫の方に興味を示す。


「世界樹の雫!?」

「世界樹は我々が望んでも行けぬ場所の一つぞ!」

「これを逃しては、もう二度と味わうことは叶わぬ!」


「人魚はそうだよねー! このハーブティでティータイムしよう!」


 半数ほどの人魚たちは構えていた三叉鉾さんさほこを下ろす。

 しかし、もう半分の人魚たちは憎らしげな様子で、海に飛び込み、船とは逆側に泳ぎ去った。


 世界樹の雫入りのハーブティのおかげで、ラティは上陸を果たせた。

 しかしながら、人魚たちはラウルは許せないようで、彼は船の上での待機となる。



 ラティは人魚たちに、真っ平らな一枚岩まで連れて行かれる。

 そこで、彼女たちがそれぞれ差し出す大きめな貝殻の器に、ハーブティを注ぐ。

 こうしていると、なんだか特殊な場所で喫茶店を開いたような気分だ。


 ハーブティを口にした人魚たちは、大きく目を見開いた。


「これほどに優しい飲み物がこの世にあるとは」

「飲んだらば、気持ちが静まった。不思議なり」

「世界樹の雫の効果か、なるほど。今ならばあそこに置いてきた人間の雄を許せそうな気分ぞ」


「気に入ってもらえて良かった! 是非私が作ってきたフィッシュアンドチップスも食べてほしい」


 ラティがフィッシュアンドチップスを包んでいた紙を、岩の上に広げると、人魚たちは幸せそうな顔から一転、仏頂面に変わるのだった。

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