バケモノ駆除

 ラティは第一王子を襲おうとした蛇の頭を一気に三つ潰した。

 貫いた首には大穴が開き、おびただしい量の紫色の血液が吹き出す。

 その液体は王家の紋章が入った船の船首にかかると、じゅうじゅうと泡立つ。

 蛇の血液は強い酸性なんだろうか?


 人間がこれに触れたなら、ただでは済まないだろう。


 もちろんラティの後ろで言葉を失っている第一王子も同様だ。

 ガルムの背中から降りてから、ラティは彼に声をかける。


「王子達! ここは防いでおくので、その隙にみんなで港に逃げてほしいです!」

「……あ、ああ。恩にきる」


 彼の従者と思わしき人々の必死さが滲む声を聞きながら、ラティは蛇の頭をぎ払い続ける。

 一瞬の気の迷いで、背中に背負ったレーヴァテインを意識するが、ブンブンと頭を振って危険な考えを払う。

 またあれに意識が乗っ取られでもしたら……、これからは目覚めさせてくれる人もいないのだから、危険なことはすべきじゃない。


 ラティを背中から降ろしたことで、ガルムの動きは一層良くなる。

 三十以上もの頭を持つ蛇の、胴が分岐している箇所にトンッと脚を着き、水平状態の蛇の胴を足場にして、襲いくる頭を次々に爪で切り落とす。


 その後先考えない行動に、ラティはギョッとする。


 計画性もなく蛇の首を落としまくったら、足場がなくなってしまい、海に落下してしまうかもしれない。

 そう思っていると、案の定、蛇の首が一斉に真っ直ぐになり、ガルムは蛇の皮膚に爪を立てて、踏ん張ろうとする。


 ラティは見ていられなくなり、腰に下げていたドングリの魔具(霜の巨人が落としたもの)を、ガルムがいる場所の真下に投げる。


 すると、海面が一瞬にして凍りつき、垂れ落ちた水蛇の血液が、上空に向かって大きな氷柱になる。空気までもが冷えているのか、少し離れたところに飛び散った血が凍りつく。

 ガルムはラティが用意した氷の床のおかげで、水の中に沈まずに済み、ラティはそれを見届けてから、自分からの攻撃を開始する。


「蛇自体の動きも鈍くなってるみたいだね。よーし、今のうちに」


 ラティはドロドロに溶けたデッキからジャンプし、ドングリの魔具を回収するために一度海面に降りる。

 すると即座にラティを追いかけて、二つの蛇の頭が接近する。

 一匹を身体能力で避けてからもう一匹の口にドリル化させたランスを突き刺す。

 蛇本体に向かっていて、しかもちょうどいい角度。

 最高の方向に噴き出した血液に、ラティはニヤリとする。


 すかさずドングリの魔具をぶん投げて、凍らせてしまう。


 ラティはそれにヒラリと乗りあげ、ガルムの攻撃により落ちてくる蛇の血液や、水蛇の口から飛ばされる毒と思わしき液体、そして凍った血液から薙ぎ落とそうとしてくる蛇の頭。それらをランスを縦横無尽に、それで狂いない正確さで振り回して、周囲のもの全てを破壊し尽くす。


 ランスによる攻撃は巨大な蛇に激痛を与えるのだろう。

 切り口から下の胴がぐにゃぐにゃと暴れまわり、動きに合わせて猛毒の血液が撒き散らされる。


 ラティはそれを回避すべく、足場からジャンプし、やや曲がった蛇の頭部にランスの刃をぶっさす。柄を両手で持ってぶら下がれば、痛みにのたうち回る蛇の動きにより、楽々港側に移動出来た。


 クルンと回転して波止場に降り立つと、ちょうどガルムが水蛇の本体を切り裂いたところだった。

 一仕事終えた彼は、ラティが作った氷の床をかけて、こちらに帰って来る。


「ふいー、お疲れガルム」

「うん。それにしてもお前、凄い格好だけど、人間の身でその見た目は許されるのか?」

「ん?」


 指摘されてから自分の体を見下ろすと、蛇の血液によって、着ていた衣服やコートやらが紫色に染まっているし、ところどころ肌が露出してしまっている。肌もややただれてしまっていて、そこに意識を向けるとじくじく痛む。

 ガルムの方は、いつも劣悪な環境にいるだけあって、酸を浴びても平気な様子だ。


 犬ころの頑丈さを羨ましく思いながら、ポケットから世界樹の雫が入った小瓶を取り出し、頭からドバドバとかぶる。

 リスの頃と違って、人間の場合、顔の傷などをもふもふの毛で隠せないから困る。


 そうしていると、後ろから声がかかる。


「き、君っ! 大丈夫か?」

「あ」


 振り返ると、第一王子がいまだに波止場に留まり、こちらに近づいて来ていた。


「王子、逃げなくて良かったの?」

「君たちの戦いの顛末てんまつを見届けねばならないと思って……って、なんて格好を」


 第一王子が端正な顔を赤くしているところを見るに、今のラティは人間の雄の目からは結構刺激が強い格好になっているらしい。


「えーと、高貴な人の前で、変な格好をしてしまって申し訳ないですっ」

「いや、いやいやいや! そんなのはどうでもいいんだ。これを着てくれ」


 そう言って、差し出されたのは、彼がそれまで着ていたマントだ。

 王家の紋章付きの、立派な生地のマントを素性も知れぬ女に渡すとは、なかなか大胆な性格をしている。

 または、それだけラティの格好が目障りでさっさと隠して欲しかったか。


 ラティは有り難くマントを受け取り、それを被る。


「ありがとうございます」

「ああ。それで、マントを返しに……」

「マント?」

「マントを返しに、パステイト侯の邸宅まで来てほしい。実は明日、そこでパーティが開かれる予定なんだ。是非君にも来てほしい。それでこの俺と一緒に……」

「いいんですか!?」

「もちろん。いいに決まってる。次期国王である俺が直々に誘ってるんだからな」


 思っても見なかった誘いに、ラティはぴょんと跳ねて喜ぶ。

 ナーテのためにこの街に来たけれど、パステイト中の美食が集まる機会があるなら、行ってみたい。


「じゃあ、私もとっておきのレシピで参加させてもらいますっ」

「レシピ? 何か勘違いをしていないか?」

「いいえ? 私は料理を提供する側がいいです。パーティの後に残り物を食べさせてもらったら、十分なので!」

「ん? まぁ君がそれでいいなら……」


 そのほうが礼儀作法などはいらないだろうから、気楽に楽しめそうだ。


 そしてラティは視界に入った蛇の肉を気まぐれで拾う。

 これもいつか何かの役に立つかも知れないので、保存しておこう。

 

 

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