パステイトの水蛇

 一風変わった死人ナーテが教えてくれた売店のオープンサンドは、確かに美味しかった。

 ラティはスズキの切り身が生の状態のものと、フリッターになっている二種類購入したのだが、切り身が生の状態の方はオリーブオイルやレモン、スパイスであっさりとした味付け。そしてスズキがフリッターが乗っている方は、衣にコーングリッツが使われていて、とても歯応えがいい。

 フリッターに絡んだソースは粒マスタードが使われていて、ちょっとした辛味が良いアクセントになっている。


「うーん、絶品!」

「うまい」


 ラティだけではなく、ガルムもかなり気に入ったようだ。

 彼は冥府の主であるヘルに飼われている犬だが、普段良い食事を用意されているから、ラティよりも舌が肥えている。その彼でも夢中で頬張っている。


 一方で、ナーテの恋人ラウルは思い出のオープンサンドを購入しなかった。


 コーヒーをちびちびと口に運びつつ、海を眺めている。


「あの船……王族の紋章が入っているな。あーそうか、今日は第一王子の……」

「ん?」


 言われてみると、一隻の船が港の方へと向かっているのが見えた。

 王の紋章というのは、あのライオン二匹が戯れあっている印のことだろうか? ミズガルズの上流階級の知識がほとんどないラティにはよく分からない。

 

 それにしても、近くの浜辺に妙に魚の死体が上がっているような気がする……。

 海の色も時間を追うごとに濁る。

 他所の地から来た者が完璧な風景を求めるのはちょっと図々しいから、言葉にはしないでおくが、気になるものは気になる。


(なんか胸騒ぎがするなぁ)


 三人で王家の船を見ている間に、オープンサンドを買いに来ていた二十代くらいの女性達が船について話しだした。


「あの船、やっぱり第一王子様が乗っていらっしゃるのかしら?」

「絶対そうよ! 近々元国王陛下のためにオーディン神へ祈りを捧げるための儀式を執り行うと聞いていたけれど、まさか今日だったなんてね」

「王子はとても美しい方のようだし、一眼だけでも拝見してみたいものだわ!」

「パステイト侯爵の邸宅に滞在予定らしいわね。そこで、パステイト中の有名店のシェフを呼び、盛大なパーティを開くのだとか!」

「料理人になっておけばよかったわー!」

「でも、最近、処刑された料理人もいたわよね。あれを考えるとちょっと……」

「そうね。怖い怖い」


 女性達が通り過ぎてから、ラウルの方を向く。

 するとやはり、暗い顔をして俯いていた。

 

「パーティだと? 元国王陛下にあんなことがあったというのに、さほど時間をおかずにパステイトに来て、似たようなパーティを開くなんて……。どうかしている」

「気持ちは分かりますけども、何か考えがあるのかもしれないし……」

「はぁ……」


 この調子だと、人魚の住処に着くまでのラティにも憂鬱さが感染ってしまいそうだ。


 そう思ったその時、さっき通り過ぎて行った女性達から悲鳴が上がった。


「きゃー!! あのバケモノは何!?」

「あんな、あんな巨大な生物が存在するの!?」


 彼女達が見つめる方に視線を向け、あんぐりと口を開く。

 

 幾つもの頭を持つ水蛇のような生き物が、海面から顔を出していたのだ。

 異様なのは、胴体の途中までは一本なのに、半端なところから複数に分かれている。二つとか三つとか生やさしいものではなく。十よりも多い。

 ざっと数えてみた感じ、頭の数は三十程度あるだろうか?


 ミズガルズにおいて、ここまで醜い生き物を見たのは初めてかもしれない。


 真っ先に声を上げたのはラウルだった。


「あれはっ!? 私が見た九つの首の蛇と同一個体なのか!? いや、でもあの頭の数は……」

「三十個の魂があの蛇に使われたのかも」


「ガウルの考えであってそうだなぁ。魂の籠に人間達の魂を集めておいて、儀式のたびに蛇を強化してるって感じなのかも」

「うん。ヘルとオーディンの怒りの原因はそこなんだろうね」


 三人で話している間に、王家の船の方に危機が迫る。

 かなり港近くまで船は進んでいたが、蛇の進行方向に船があり、今にも攻撃を受けてしまいそうだ。


「助けた方が良さそう! 王子には会ったことないけど、目の前で死なれでもしたらきついもん」

「僕の背中に乗るといい」

「うんうん!」


 狼犬の姿になったガルムの背中に乗った後、ラティはラウルに「安全な場所に居てほしい」と告げる。

 不健康な暮らしをしてそうなラウルは強そうには見えず、ガルムの背中に乗せても転がり落ちそうなほど、腕も細い。

 だったら、海辺から離れておいてくれた方がずっといいだろう。

 ラウルの返事を待つことなくガルムは駆け出し、瞬きを四度する程度の短い間に港の波止場の先に到着した。


 朝食を食べたばかりのラティには、この速度は正直辛いものがあった……。


 それはさておき、港も、そして船の上も、突如として現れた多頭の蛇に大混乱していた。


「第一王子、衝撃に備えて、どうぞ船室の中へ! 直ぐに港に船をつけますので!」

「皆をおいて逃げられるわけがないだろう! 俺は次期国王、堂々と戦うぞ!」

「おやめください!」


 船の一際目立つところに立つ、金髪の男性が第一王子なんだろうか?

 あんなところにいたら、船をちょっとでも揺らされただけで海に落ちてしまうだろう。


「ガルム、船の上に行こう。あのままじゃ王子様まで死んじゃうよ」

「了解」


 王子が無事なうちに船の上にたどり着くが、蛇の頭のうち、三つがこちらめがけて突っ込んでくる。


 それを、ラティは巨大ランスで串刺しにして、防いだ。



 




 

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