拒否されるハーブティ

 深夜帯に国立モンスター研究所にやってきたラティとガウルは、大きな水槽の前で無く男性を見つけた。

 泣き叫ぶ彼の言葉の数々を聞くに、彼がラティ達が探す者の可能性が高い。


 そんな彼のために、ラティはオレンジフラワーでハーブティを淹れる。

 世界樹の雫が一滴だけ入っているから、ちょうどいいくらいの覚醒効果があるはずだ。


 ラティが部屋に辿り着いた時には、物音に気が付かなかったラウルだったが、ハーブティの香りにも多少の覚醒効果があるのか、ノロノロと顔を上げた。

 泣き腫らした目と、げっそりした頬、無精髭が目立つ顎、ボサボサの髪……と、かなり荒んだ様子である。


「あ、あなた達は……?」

「ラティです。後ろに居るのはガルム。君の名前はラウルだったりするのかなぁ? この研究所の研究者さんだよね?」

「ラウルだが……、なぜそれを知っている」


 警戒する様子を見せるラウルに、ラティは苦笑いする。


「ええと、ナーテから君を紹介されてここにきました」

「そんなわけないだろう! ナーテはもう……いや、死んでしまったんだ。あなたは私を馬鹿にしにきたのか? 恋人が死んだか死んでないかの判断も出来ないほどに、頭がおかしくなっていると!?」

「君がおかしいかどうかなんて、私にはわからないよ。私はただ、ナーテの魂と会って、君のことを教えてもらっただけ」


「いい加減なことを……、私を怒らせたいのか?」


「そんなわけないよ。ただの事実だけど……、あー。普通の人間が信じるのは難しいかぁ」


 クルリとガルムを振り返ると、頷かれる。

 犬っころのガルムもその認識なのに、うっかり口にしてしまった。

 ラティは反省しながら、自分で入れたハーブティをラウルに差し出した。


「よかったら、ハーブティどうですか? ちょっと落ち着くと思いますよ」


「いらない。よく分からないものは口にしたくないんだ」

「ありゃ」


 ラウルはハーブティを目にも入れたくないかのように、そっぽを向く。


「……ナーテがこの国の国王陛下に、あまり研究が進んでいないモンスターの肉––––––人魚の肉なんだけど、料理として出してしまった。その所為で大きな事件を起こし……命を落とすことになった。だから、不審者から怪しげな飲み物を渡されたとしても飲みはしない」

「それもそうか」


 拒絶されたことに少しがっかりするが、ちょうどラティは喉を渇いていたので、ハーブティは自分で飲んでしまうことにする。


 世界樹の雫とオレンジフラワーの効果のためか、深夜帯だというのに、力がみなぎり、頭が冴えてくる。

 こんなに美味しくて効果もバッチリだと、飲まなかったラウルが気の毒に思えてくるくらいだ。


 はからずも深夜のティータイムになったラティに、ラウルの無遠慮な視線が突き刺さる。


「本当に飲んでも大丈夫なものだったんだな。……それで、ナーテの魂というのは……。いや、何でもない」


 魂の状態だったとしても、ナーテに会いたいのだろうか?

 ラティはラウルを気の毒に思いながらも、この研究所に来た目的をさっさと口にする。


「君は人魚について研究しているんだよね?」

「まぁ、そうだが」

「私たちに人魚について色々と教えてほしいんだ」

「外部の者に教えるわけがないだろうっ」


「悪さをする人魚たちに、これ以上の悪事を働けないように仕向けると言っても?」

「何?」


 ラティの言葉に、ラウルは素早く顔を上げた。

 さっき人魚に対する憎しみのような言葉を呟いていたから、もしや……、と思ったら案の定だった。やはりラウルは人魚を憎んでいるらしい。


「人魚の研究をしてからというもの、人生が悪い方向にしかいかなくなってしまったっ。無遠慮に”魅了”を使われて、あんな奴らを愛しているかのように錯乱させられて……っ、結局ナーテからの不信感を高めてしまった。あいつ等と関わってさえいなければ……。それに、アイツ等は海底で恐ろしい化け物を生み出して……あっ」


 ラティが黙ると、ラウルはどんどん話すので、そのままにしていた。

 すると最後にものすごく気になることを聞いてしまった。


「––––海底で恐ろしい化け物を生み出している? それって本当なの?」

「そ、それは……」


 ラティに話すつもりはなかったのか、ラウルの声に動揺が混じる。


 それまで黙っていたガルムも、化け物を生み出しているという話に興味を持ったのだろう、いそいそと近寄ってきた。


「私たちをその現場まで連れて行ってくれないかな? 一度ちゃんと見てみたいんだよ!」

「そうだね。僕も見学してからじゃないと帰れない。ヘル様に伝えないと」


「あなた達に対応出来るとも思えないが、このまま研究室に閉じこもっていたとしても、何も変わらない。……朝になったら連れて行くよ」


 想像していたよりもすんなりと人魚に会えそうなので、ラティはホッとする。

 それにしても、化け物を人間界で作り出すなんてことが許されるのだろうか?



□■□■□■□■□■



 朝のパステイト市は、美しいビーチや海、多くの白い建物のおかげで、春だというのに夏の気配を感じる。


 しかし、市内の様子が少しおかしい。

 遠くの方から人々が騒ぐような声が聞こえてくるのだ。


 研究所の仮眠室を借りたラティは、研究所の敷地内に出て、ぼんやりと遠くで走り回っている人々を見つめる。

 せっかくいい天気なのに、心に余裕の無い人は気の毒だ。


 とぼとぼと建物内に戻ろうとすると、後ろから誰かにぶつかられる。


「うわぁ!」

「ぼさっと突っ立ってないで! 君も文字が読めるならこれに目を通して!」

「はぇ? ど、どうも……」


 紙切れをほとんど投げるように押し付けられ、ラティは目を瞬かせる。


「これって、ビラ?」


 紙をくれたのは白衣を着た中年の女性だが、紙に書かれた内容は、研究内容ではなさそうだ。

 国王の弟を過剰に褒め称えるような、読んでいると、気分が悪くなるくらい媚びた文章がびっしりと書いてある。


 眠気に耐えながら女性の研究員に渡された紙を読んでいると、研究施設からラウルが近づいてきた。


「何かあったのか?」

「今研究所に来た女性に、ビラみたいなのを渡されたんです。これって私が受け取っても無駄な気がしますけど」

「ああ、リンダから渡されたのか。あの人は第一王子よりも、元王弟の方が次の国王の座に就く方が適していると考えていて、仲間達と議会に反対の意を伝えようと活動している」

「リンダさんの仲間って、向こうで騒いでいる人たちですか?」

「ああ、このところ暴動続きで、毎日のように死人が出ているようだ。とは言っても、私もナーテが死んでから引きこもってばかりだったから、世間から取り残されているのだが……」

「なんか大変そうだー。あ、ガルムも起きてきた。そろそろ出発しないですか?」


 施設の出口からガルムが眠そうに出てくるのが見え、ラティは出発を促す。


「そうだな。人魚の住処はこの港からはやや遠いから、露店が開いていたら、あなた達は何か買って行ったほうがいいと思う」

「そうします!!」


 ミズガルズの喫茶店は山の近くだから、魚を食べようにも、どうしても淡水魚が中心になる。だから、パステイト市で海の幸を食べれるのが少しだけ楽しみだったりする。

 ナーテの話では、美食の街でもあるようなので、自分で作るよりも外食の方に思考が偏ってしまっている。


「スズキのオープンサンドの美味しいお店が、海辺沿いの通りにあるってナーテから聞いたんです。そこにしませんか?」

「……ナーテが? そうなのか。実は浜辺にデートに行く時に、よく寄っていた軽食屋があるんだ。私が紹介した店だったが、シェフであるナーテの舌でも気に入ってもらえていたとはな」


 懐かしげに思い出を語るラウルに、ラティは何度も頷く。

 実は昨日少し長めにナーテについての話をしたのだが、ラウルは少しずつ、ラティが死後の彼女に会ったという話を信じてくれるようになったようだ。

 しかしそれと同時に、現実の世界への関心も薄れてきているように思われる。

 

「こんな質問、どうかと思われるだろうが、死後の世界は……、いや、なんでもない。忘れてくれ」

「……死後の世界は、そこに居るガルムの方が詳しいかも。どうしても気になることがあるなら、彼に聞いたらいいよ」


「ヘルに口止めされている事以外は話せる」


「いや、本当にいいんだ。……私に何かあれば、両親が絶望するだろうから」


「そっかー。ならやめたほうがいいですね」


 デリカシーがあるようで全くない返事をしてしまい、ラティは両手で自分の口を塞ぐ。普通の人間は繊細な性格の持ち主が多いから、できる限り失言を防ぐべきなのだ。


 その後は沈黙したまま、三人で通りを海の方向に歩く。

 こんなに気まずいお出かけもなかなかない。何も気にしていない様子のガルムが羨ましい。

 ラティはこの状況に耐えられなくなり、昨晩のラウルの話について、質問してみる。


「ラウルはなんで、人魚達がモンスターを作っているのに気が付いたんですか? 何かを目撃した?」

「実はそうなんだ」

「おお……」

「調査目的で人魚の住処に行った時、私は数日間人魚達からもてなされていたんだ」

「数日間もですか」


 ラウルの話を聞いているうちに、なんだか頭が痛くなってきた。

 ナーテの立場を考えると、彼女がだんだんおかしくなったのも仕方がないのかもしれない……。

 呆れるラティを気にすることなく、ラウルは話し続ける。


「調査から帰る前日くらいに、突如人魚達が儀式を始めた」

「儀式! もしかしてそれが……」

「ああ。それがモンスターを作り出すための儀式だった。人魚達はカゴに入った人間の魂を、激しく渦が巻く海峡に持って行き、一つずつ渦の中に落とした。そうすると、巨大な蛇が渦の中から現れたんだ」

「拘束していた人間の魂を、新たなモンスターの創造に使ってたんだっ!」


 意外すぎて驚くラティとは逆に、ガルムは何か納得した様子だ。


「確かにニヴルヘイムでは、悪人の魂はいずれモンスターとなる。それを考えると、海の中で人の魂がモンスターにするのも不可能ではない気がする」

「何らかの方法で、渦をニブルヘイムと似たような環境にしたのかな?」

「話を聞いただけでは分からない。一度モンスターの創造の現場を見てみないと」

「見たいよね」


「人魚達は、合計で九つの魂を使った。全て別々の蛇になるんだろうと、たかを括っていたが、何故か蛇は一体だけ。首が九つ付いてはいたが……」


「九つって、そんなにたくさん付いてるの……」


 不恰好な姿を想像するけれど、実際に見たら案外カッコよかったりするのだろうか?


 


 

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