ガルムとの旅
ラティの喫茶店があるザールの街は夜ともなれば、この街だけでなく、近隣の村々からも酒を求めた者たちが集い、大いに賑わう。
あちらこちらで揺らめく灯りを、ラティは巨大な犬、ガルムの背中にしがみつきながら見下ろす。
見下ろすとは言っても、凄まじい跳躍で家々の屋根を移動しているから、じっくりと見れているわけじゃない。
気を抜くと振り落とされそうだ。
それでもいつもと違った見え方は楽しいし、新鮮に感じる。
だけど楽しめているのはラティくらいのものだ。
ガウルが通ると、その下の方では驚愕したような声が上がり続けている。
「うわぁぁ! 街の中にモンスター!?」
「なんてデカさだ!!」
この街には冒険者ギルドがあるから、夜には冒険から帰ってきた冒険者がうじゃうじゃいる。しかしガルムの姿を見るや否や、無様に逃げ出す。
騎士団の人達も同様だ。
ラティは元々リスだったし、今は小柄なので、見た目で怖がられるなんてことはなかった。だから殊更新鮮に感じられる。
「あっという間に城門抜けたー!」
「人間どもはなんでこんな脆弱な構築物を門と呼んでいる? 僕の脚力にかかれば軽く飛び越えられるのに」
「人間とか、小型のモンスター対策には十分なんだよ。私も常連さんから教わっただけだから、本当なのかどうかわからないけれど」
「ふーん。で、僕はどの方向に走ればいいんだっけ?」
「えーと、ナーテから聞いた話では……」
ラティは人間の世界に来る前に、世界樹の喫茶店に居るナーテに会った。
今回の旅は人魚の悪事への対応だから、人魚の研究をしているナーテの恋人の協力が必要だと考えたからだ。
彼女から国立モンスター研究所からの情報を聞き、ついでにガルムがナーテについて話していたことを伝えてきた。
だからたぶん、ラティが戻ってくるまでの間、不安になることはないだろう。
「……国立モンスター研究所のあるパステイト市は、ザールから北西に五時間ほど歩いたくらいみたいなんだけど……、たぶん人間の足で五時間だから、君の脚力だとかなり移動時間が短縮されるんだろうねー」
「それはそう。ところで北西ってどの方向だっけ?」
「あっちー」
「分かった––––あ」
進行方向を横切る
ラティが方角を示す自分の指がガルムの視界に入るように、手を彼の目の前に持っていったのが悪かったかもしれない。
それにしても、結構大型のサーペントに派手にぶつかったにも関わらず、乗っているラティには殆ど衝撃がないのだから、ガルムの体は本当に丈夫な作りをしている。
「君の背中に乗って移動すると、本当に楽だなぁ」
「背中に乗せるのは今回だけね」
その後も何度かモンスターの群れを踏み潰したり、人間達のキャンプ設備を壊しそうになったりしながら、約30分ほどで、パステイト市に辿り着く。
ここも今の時間帯は城門が閉まっているが、ガルムは軽々と飛び越え、近くの家の屋根に乗っかった。
幸いにも、パステイトの城門は警備がゆるゆるなようで、ガルムの
そのままナーテに教えて貰った研究所に向かう。
国立モンスター研究所の施設は海沿いの通りに位置する。
ガルムが研究所の建物の屋上に到達すると、ちょうどそこから明かりが点いた一階の部屋の様子が見えた。
「あの部屋だけ明かりが点いてるね」
「もう深夜近くなのに、仕事してるのかも?」
その部屋の室内をよく見てみると、巨大な水槽のようなものが見えた。
それこそ、人間が一人入れそうなサイズだ。
(何も入ってないのかな? あ、人魚があの水槽の中に居たんだとしても、ナーテが料理の材料にしちゃったから、空っぽになったのかも)
部屋に入ったなら、もっと何かが分かるかもしれない。
ラティはガルムを促して部屋に向かう。
辿り着いてみると、部屋はドアも閉まっておらず、丸見えになっていた。
そのまま侵入してしまおうかと考えたラティだったが、水槽の前に呆然とした様子で座り込む男を見つけ、足を止める。
(わ、誰かいる)
人型になったガルムを振り返り、自分の口元に人差し指を立てて見せる。
すんなりと頷くあたり、随分色々教わってそうである。
それは置いておくとして、部屋の中から何か不気味な声が聞こえてくる。
「……ーテ……ナーテ……、どうして君があんな大勢の前で殺されなければならなかった……。あぁ、ナーテ。私があんな化け物にうつつを抜かさなければ……っ! うぅ……、こんな残酷なことが許されるのか!」
呟き声は次第に大きくなり、声の主は叫ぶように泣き喚く。
その内容を聞き、ラティは察してしまった。
部屋の中に居る人物はナーテの恋人、ラウルなのかもしれない。
ナーテは彼が人魚に浮気していると思っていたけれど、そうではなかったのだろう。もしくは、人魚が殺されたことで、人魚からの”魅了”が解けた可能性もある。
どちらにしても、ラウルにとっては残酷な結末なのだ。
ガルムと共におとなしく見守ってみたが、思った以上に泣き叫ぶ時間が長い。
どこか錯乱している様子もあるから、ラティはその場でハーブティの用意をする。
「お前、こんなところで何するつもりなの?」
「あの男性のために、ハーブティを入れようかなーと思ってさ。なんか可哀想じゃん」
「あの人間は可哀想なのか。でも目から水分を流しすぎだから、液体を与えるのはいいのかもな」
犬ころらしい意見に肩をすくめつつ、ラティは袋の中から乾燥したオレンジフラワーを取り出し、ティーポッドの中にサラサラと入れる。
そこに小さなガラス瓶に入った世界樹の雫を一滴加え、保温瓶からお湯を注ぐ。
深夜にしてはかなり爽やかな、オレンジの香りが周囲に漂う。
オレンジフラワーは心を落ち着ける作用があるから、泣き虫な男性にも効果があるんじゃないだろうか?
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