クリームソーダに溶かす夜明けの空

 インクボトルに羽ペンをつけ、紙の上を軽快に走らせる。

 スミレのクリームソーダのレシピを大急ぎで書かないと、フィルが新たな冒険の出発に遅れてしまう。


「あ、うっかりスミレのシロップの作り方の内容も書いちゃった。まぁいいかぁ……」


 朝方は頭がボケるからミスが多い。

 だけども、奇跡的に文章の書き間違いはないから、他の人に渡すためのメモとしては上出来だ。

 最後に”ラティ”とサインを書き、封筒の中に入れる。


「これでよし!」


 パタパタとフィルが待つテーブルに戻り、両手で差し出す。


「スミレのクリームソーダのレシピを書いてきたよ。受け取ってください」

「ありがとう。……そろそろ出るよ。今回の遠征は急に決まったから、まだ旅の支度も出来てないんだ」

「ドアの外まで送りますよ」


 喫茶店のドアを開けると、東の空の色は薄くなっていたし、浮かぶ雲はピンク色に染まっていた。


「うわぁぁぁ!! もう夜が明けちゃってる!」

「今気づいたのか……」

「世界樹でルーズに暮らしすぎました」

「逆に羨ましいけどね」


 フィルは軽く笑いながら、喫茶店を出る。

 そして、右手にパンなどが入ったカゴ、左手にレシピが入った封筒を上下に動かす。手を振ってるつもりなんだろうか?


「スミレのクリームソーダをまた食べたいけど、全く別のレシピも考えてみたいよな」

「おお! 考えてみたい!」

「だろ? じゃあまたなー!」

「良い旅をー!」


 しっかりした足取りで喫茶店から遠ざかるフィルを見送り、ラティは大きく頷く。


「なんだかフィルにエネルギーを分けて貰った気分」


 眠気が消えて無くなった代わりに、お腹が空いてくる。

 クリームソーダのバニラとゼリーではお腹が膨れない。それどころか、かえって空腹感を感じるようになってしまった。

 いそいそと喫茶店に戻り、さっき作った丸パンや惣菜を持って来る。

 今は外で朝食を食べたい気分なのだ。


「世界樹からの景色が最高なのは間違いないけれど、ミズガルズの朝も捨てたもんじゃないなー」


 世界樹では多くの魂の案内をした。

 大抵そういう魂とは二度と会えないから、離別の時はほんの少しだけ寂しい気分になる。

 だから、再会するかもしれない人との別れは特別な感じがした。



…………………………………………

一章ここで終わりです! 今日もう一話短めの文字数で投稿するかもしれません。

 

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