約束は半分守る

 スミレのシロップがベースとなっているから、出来上がったクリームソーダは淡い紫色をしている。

 炭酸水のシュワシュワとした音が耳に心地よい。


「いくら君が名家の御子息だとしても、紫色のクリームソーダを見るのは初めてなんじゃないですか?」

「そうだな。過去に見たことがあるのは、緑色の着色料を使ったクリームソーダだったと思う」

「緑色のクリームソーダは多分着色料にクチナシが使われていますね」

「へぇ、植物に詳しいんだな」

「喫茶店で使う野菜とかハーブとかは自分で育てていますから!」

「やるなぁ。とりあえず、バニラのアイスから食べてみる」

「うんうん」


 フィルは椅子に座り、スプーンでバニラアイスを掬う。

 それを口に入れ、小さく頷く。


「バニラアイスってこんなに美味しかったか」

「どれどれ」


 ラティも椅子に座り、バニラアイスをスミレの砂糖漬けごと食べる。

 すると、卵とクリームのコク、スミレの香り、グラニュー糖の際立った甘さ、

 思っていたよりも印象的な味わいと香りだ。


「バニラアイスの味、成功してる!」

「美味いよな。以前この街のレストランでバニラアイスを食べた時は、スクランブルエッグのようなものが混入してたんだ。あれって、スクランブルエッグのアイスクリームだったんかな?」

「たぶん、卵黄に火を通しすぎたんだと思う。私もやらかしたことがあるんだけど、長めに火にかけると、スクランブルエッグみたいなのが出来ちゃう。私はそれでも気にならないけど、神経質な人は気に入らないかもね」

「じゃあこのアイスクリームは、火入れがうまく出来たんだな」

「君の生クリームの泡立てもいい感じです」

「あの作業は誰がやっても変わらないだろ」

「そんなこともないです。……あ、忘れてた。これを使って飲んでください」


 エプロンのポケットに入れていた紙袋から、長細い筒状のものを二本取り出す。

 すると、フィルはすぐに分かったようだ。


「ストローか」

「うん」


 ストローとは、あし科の植物の茎を乾燥させたものだ。

 中央の空洞部分から液体を吸い上げられるから、クリームソーダのような、上にバニラ、中に氷やゼリーなどが入った飲み物を飲むのに適している。


 ストローをフィルに手渡してから、ラティは自分のストローでスミレのソーダを飲んでみる。


 炭酸水のシュワシュワな刺激をちゃんと感じるし、シロップの優しい甘味もあり、普通のレシピで作るクリームソーダとは一味違う。

 ラティはこの味をすっかり気に入ってしまった。


 チラリと向かいに座るフィルの様子を見てみると、読み取りづらい表情をしていた。


「この味、ワーズ家のレシピのシロップとは違う? 口に合わないかな?」

「いや、同じなんだけど……、思っていたよりも感傷的にならずに済んでいるんだ」

「感傷的じゃないなら、どんな気持ちですか?」

「……死んだ家族の楽しい思い出が鮮やかに覚えていられそうな、……後々すんなりと思い出せそうな。そんな気持ちかな。表現が難しいな」

「なるほど。前向きな感じなんですね」

「このクリームソーダなら、また飲みたいと思えるよ」


 言葉だけじゃなく、表情が明るい。

 当初はスミレのシロップの味でないたら、レシピをあげるという約束だった。

 だけど、フィルの感情を聞いてみて、約束をうやむやにしたくなっている。


「シロップのレシピは教えないけど、しょうがないから、スミレのクリームソーダのレシピを今書いてあげます。書き終わった瞬間、私の頭の中から、このレシピの記憶は消えちゃうんで、もしまたスミレのクリームソーダを飲みたくなったら、今から私が書くレシピを持って、この喫茶店に来てください」

「お前がそれでいいなら……」

「作るのは面倒だけど、そこはほら、フィルが手伝ってくれるはずなんで」

「もちろん、作ってもらう時は手伝うよ」

「なら、問題はないはずですね」


 会話をしていてめちゃくちゃ盛り上がるわけじゃないけれど、昔からの友人みたいに落ち着く。だからたぶん、何回かスミレのクリームソーダを一緒に飲んで、腹を割って話せるようになれたなら、結構仲良くなれるんじゃないだろうか。

 レーヴァテインに支配されかかっていたラティを止めてくれたんだから、たぶん彼の根っこの部分は善良なんだろう。

 彼の祖父である大英雄とも話をしているのもあり、フィルの今後が気になる。

 冒険の話なんかも聞いてみたい。

 もし彼が戦いの最中に死んで、魂の状態で世界樹を彷徨っていたら、世界樹の方の喫茶店に案内し、願いを叶える代わりに彼自身が大事にしているレシピを聞いてみたい。


 新たな楽しみが出来たラティは水色のゼリーを一つパクリと食べてから、椅子から立ち上がり、二階に紙とペンを取りに行った。

 

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