スミレのクリームソーダ

 深夜帯に、ラティとフィルは黙々と作業を続ける。

 ラティはフィルが泡立てた生クリームを、先ほど作っておいた卵黄などが入った溶液に混ぜ合わせ、バットに移す。

 そしてそれをカウンター下の厚い霜の上に置いた。


 霜は巨人が落としたドングリ型の魔導具から出したものなのだが、おかげで喫茶店中がかなり冷え込んでいる。


「フィル。このバットの液体を三十分ごとにかき混ぜてほしいです。丁寧にやると、滑らかなバニラアイスクリームになります」

「三十分ごと? それだとアイスの作業してない間に、かなり暇なんだけど」

「その間は喫茶店の仕込みを手伝ってください」

「凄い酷使されてるような……」

「この手首を見てください! 誰の手刀でこうなったんだっけ?」

「俺だよ。ちゃんと手伝うって」


 少ししょんぼりして見えるフィルにラティはニンマリと笑い、寝かせておいていたパンの生地に取り掛かる。

 綺麗な丸い形に成形し、オーブンに入れてしまう。

 これも待ち時間がかなりあるから、その間に手早く作れる惣菜を複数作っておく。


 時折フィルと、この街や近隣諸国の食べ物の話をしながら、それぞれの作業をし、二時間程度で作業を完了させた。


「……はふぅ。全部美味しそうに出来たけど、まだ夜も明けない時間なのに、頑張りすぎてしまった。せっかく手伝ってくれる人がいるのに、すぐに帰したらそんだなーと思ったんですけど、自分の疲労度合いが凄いです」

「俺もちょっとやばいかもしれん。あと三時間ほどで出発するのに、一睡もしてない」

「えーと、これ遠征に持って行ってください」


 ラティは綺麗な焼き目のついた丸パンと、出来立ての惣菜をカゴの中に詰め込んで、フィルに押し付ける。


「これって、喫茶店用に焼いたんじゃないのか?」

「生地を寝かすまではそのつもりだったんだけど、今日は疲れたので、早めにお店を閉じちゃおうかなーと。だから喫茶店用のパンとかは少なめでいいや」

「それだと、俺たちが働いた意味ごと無くなるわけだが……」

「別にいいんですー! だってこうやって遠征に向かう知人に渡せているわけだし! 意味ないなんてことない!」

「まぁ、いいか」


 フィルはわりと無表情よりの人だけど、ラティからパンなどが入ったカゴを受け取ると、彼の周りの空気が柔らかくなる。

 たぶん喜んでくれているんだろう。


「よし! じゃあ、君が喫茶店から出て行く前に、ワーズ家のレシピで作ったニオイスミレのシロップを味わってもらうよ」

「そういえば、そんな約束だったな」

「そーです」


 最初はニオイスミレのシロップをそのまま食べてもらおうと考えていた。

 しかし、シロップは紅茶に入れたり、焼き菓子に垂らしたりなど、汎用性が高い食品なのだ。これだけ手伝ってくれた人に、シロップをそのまま出すのもラティとしては面白くなく、スミレのシロップを使って、珍しい飲み物を作ることにした。


「シロップはクリームソーダにしてみようと思います! きっと、君みたいに色んな国を旅したことのある人でも、あまり飲んだことはないんじゃないかな?」

「クリームソーダ? 聞いたことがあるようなないような」

「とっても可愛い飲み物です!」

「美味しいじゃないのか」

「それは私達の料理センスにかかっているかな」

「今作った物を使うってわけか」

「そーです」


 クリームソーダのレシピは他国の裕福な少女から聞いた。

 大英雄の魂の時と同様、世界樹で出会い、彼女の願いを叶えたのだ。

 そのレシピを知った際に、ラティは試しに作ってみた。バニラアイスやシロップなどを全て自作し、炭酸水を汲みに行き……と、なかなかの重労働だった。

 だから一度作ったきりになっていた。


 だけど、今回はシロップはフレイヤと作ったし、バニラアイスの作業の殆んどはフィルが担当してくれた。

 それらを組み立てたら、クリームソーダが出来てしまうから、以前に比べたら格段に楽なのだ。


 シロップを入れた瓶を持ち上げ、中身を確認してみる。

 すると、液体にニオイスミレ由来の綺麗な紫色が滲み出ていた。

 蓋を開ければ、爽やかな香りが広がる。

 さまざまな良い香りが漂う店内においても、このスミレのシロップの香りは際立っているかもしれない。


 それをスプーンで縦長のグラスに入れ、静かに炭酸水を注ぐ。


 軽く混ぜると、グラスの下半分は明け方の空みたいな、薄紫色に染まる。

 しかも炭酸水による気泡が下から上に、次から次へと湧き上がってくるから、見ているだけで楽しい。


 ラティはさらに、作り置きの色とりどりのゼリーを立方体型にカットし、グラスの中に入れる。

 バニラアイスはそれらを支えにするようにを一番上に盛り付ける。

 最後に、スミレの砂糖漬けを二つ乗せたら完成だ。


 クリームソーダのグラスを二つと、柄の長いスプーンを二つトレーに乗せ、慎重に喫茶店の中央に運ぶ。

 テーブルの上に綺麗にセットし、くるりとフィルを振り返った。


「さて飲もうです。スミレのクリームソーダです。これを飲んだ君は、どういう感情になるのかな?」



 

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