神話の中に放り出される

 このエリアの重力の方向が変わったことにより、巨大な岩が冒険者の上に落下してくる。

 冒険者が死ねばパーティが全滅となり、このダンジョンは初期状態にリセットされる……そう思われた。


 しかし、そうなる前に小さな影が冒険者の前に滑り込む。


「ラティ……さん?」


 覚えたばかりの名前を口にするも、返事は返ってこない。

 

 彼女はティーセットが乗ったトレーをヒョイッと真上に放り投げたかと思うと、その両手に巨大なランスを出現させた。

 ランス全体にまたたく間に白っぽい光––––ルーン文字が螺旋状に巻きつく。暗闇の中でそれは実物以上の大きさに見えている。


「何をする気だ!?」


「とうっ!」


 ドリルか何かのような形状に変化したそれを、ラティは落ちてくる巨石に向かって放り投げる。

 アホっぽい掛け声のせいでまるで威力がなさそうな気がするが、ランスはとんでもない速度で吹っ飛び、巨石を粉砕し……、それだけにとどまらず、天井に刺さり込む。

 

 ダンジョンの壁というのは非常に硬く、分厚いものだ。

 だから、巨大なランスは天井に到達した後、そこで停止しても良さそうなのに、どういうわけなのか、グリグリとえぐるように推進すいしんする……ように冒険者の目には見える。


「おい! ダンジョンを破壊する気かよ!? 世界中のダンジョン保護団体から批難されるぞ!」

「んー、世界中って、人間界のことを言ってます? ここのつある世界のたった一つなら平気なんじゃないですか? 人間と関わらなかったら何事もないわけですし」


 ラティはしれっとした顔でティーセットを柔らかくキャッチし、肩をすくめて見せる。

 暗くてよく見えないが、ポットからは全くお茶は溢れていないようだ。


 気になるのは彼女のティーポッドのことだけじゃなく、話の中にあった、世界についてもだ……。


「……九つ世界がある? 神話で読んだことあるけど、本当なのか?」

「さてはて。今居る世界とは別の世界のことは、そこに行けるようになってから考えたら良いことじゃないですか? 抱えきれないものを頭の中に入れても、苦しいだけですし、他人に話せば奇人扱いされるがオチですから ––––––おっと、そろそろ貫通しちゃいそう」


 ラティの言う通り、ランスは天井を突き破った。

 おびただしい光量が洞穴の中に押し寄せ、まぶしい清光せいこうの中に何もかもを暴き出す。

 恐ろしげなバケモノ、ファフニールは闇の中で見るよりも小さいし、洞窟内の地底湖は澄んだエメラルドグリーンの色合い。

 乱入し、救ってくれた少女は愛嬌がある顔立ちをしているが、表情はちょっとふてぶてしい。

 ショートボブの髪色は金茶。瞳の色は地底湖の色と同じだ。

 冒険者は彼女の容姿を忘れないように、凝視する。


「ふぁー、こんなところにいるには勿体無いくらいの良い天気ですねー!」


”ふん。クソリスが来たせいで、儂の寝床が台無しになった”


 機嫌の良いラティとは裏腹に、ファフニールは苛立ちを隠そうともしない。

 黒く大きな翼をはためかせ、ラティが開けた大穴からさっさと出て行ってしまう。

 その様子を目で追いつつ、外界の風景を確認する。


 ファフニールがが向かう先は、恐ろしいほどに巨大な樹木だ––––––––。


 吸い込まれるような青の空に堂々と枝を伸ばし、豊かな葉を生い茂らせる。

 その影が、ダンジョンの地面の上に複雑な模様を描き出す。


 洞穴内の根はこの樹木の物だったのだ。


 パラパラと落ちてくる水滴を受けているうちに、冒険者の脚の激痛が引いてゆく。”世界樹の雫”には強い癒しの効果があるらしいが、今冒険者の身に起きているのはもしかすると……、そういうことになるのだろうか?


「あれは、世界樹……なのか?」


 ひらりと舞い落ちた一枚の葉を、ラティはティーカップの中に受け止める。


「ねぇ、知っています? 世界樹の葉には生き物を蘇らせる力があるんですよ」

「聞いたことがあるけど、それって本当なのか?」

「試してみたらいい。だって帰りが一人は寂しいじゃないですか」


 冒険者は明るくなった洞穴内を見回す。

 ラティの言う通り、冒険者のパーティはリーダーただ一人を除いて壊滅状態。伝説の世界樹の葉にでも何でもすがり付き、生き返ってもらわないと、このS級ダンジョンから無事に帰ることすら厳しい。


 冒険者はラティに差し出されたティーカップを受け取り、強く頷く。


「使ってみる。ありがとう。それと、お前はどこのどいつで普段は何をしているんだ?」

「あー、私は世界樹の……、えーと、あの辺に、喫茶店を開いているんです。もし元気な状態でまた世界樹に来れたなら、今度は一緒にお茶でもします? 好きな飲み物を作ってあげます」


 ラティが指差す方には枝と葉しかない。

 だけどきっと探し出してみろと言いたいんだろう。

 

「お土産を持って、必ず会いに行く。だからそれまで元気でな」

「お土産っ!? わー!!」


 こんな最難関と行っていいほどのダンジョンの最深部にまた来るなんて、ほとんど不可能に近い。そしてそんなところにカフェを開いているこの少女も、また会える日まで無事でいられるのかどうか……。


 それでも冒険者は今日の出来事を記憶に留めておいたのだった。

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