世界樹の上で喫茶店スローライフ〜お客様は神様や神話の生き物!〜

@29daruma

序章

大迷宮の深層階にて喫茶店店長と出会う


 バケモノの咆哮ほうこうが空気を震わす。


 咆哮だけではない。移動する物音の全てが洞穴の壁に反響し、冒険者の耳を圧倒する。


 しかし太腿の骨が折れた冒険者には逃げも隠れも出来ない。


 仲間が命がけで灯した松明が一つ、また一つと消え、冒険者のつま先から膝までが常闇とこやみに飲まれる。


「き、聞いてたボスと違う。あいつは、あいつは伝説の……っ。生きて帰れるわけが、ない」


 冒険者の言葉は拾われることはない。

 すでに仲間は全員死んだ。いや、虐殺されたのだ。


 このダンジョンの隠しボスに。


 冒険者がリーダーを務めるパーティは階層ステージボスを倒し切り、次の部屋は宝物庫と思わしきエリアに移動した。


 しかし出迎えたのは、大量のビッグバットと神話にうたわれるドラゴンであるところのこいつ––––––––ファフニールだった。

 巨大な植物の根の影に潜むこいつに気付くのが遅れたせいで、一瞬にして仲間二人の命が散った。


 冒険者はあの時の心臓が凍りつくような感覚を今でも引きずる。

 自分は死の淵に立つ。次に殺されるのは間違いなく自分なのだ。


 倒れ込んだ姿勢そのままに後ろ手で後退しようとし、柔らかい何かを掴む。

 ギョッとして見下ろした先に、最も親しかった仲間の死体……、震えが止まらなくなる。美しかった姿は見る影もなく引き裂かれてしまっていた。


「アリア……、俺なんかをかばった所為で」


 言葉は続けられなかった。

 冒険者が居る場所すぐ近くの浮遊石にファフニールが飛び移ったからだ。


 残り少ない松明の光に照らされ、ドラゴンの鼻先はヌラヌラと硬質に輝く。

 それが、笑うがごとく細かく上下する。


 冒険者はなけなしの力をふり絞り、自らの腰に手を伸ばすが、思い出す。自慢のオリハルコン製の剣はファフニールの硬すぎる鱗に敵うことなく、砕け散った。

 しかも魔力なんかとうに底をついている。

 こんな化け物相手にどう戦えというのだ。


 殺される。そう思うと情けない恨み言が口をついて出てくる。


「俺達は……、俺達はSランクの冒険者パーティだったんだ! ギルドに攻略を期待されて、それなのに、何で、何でだよ!!」


 ––––––––Grrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!


 勝利を確信したかのような、長い長いファフニールの咆哮。

 冒険者を殺すのはその爪か、それともブレスか、または胴体ごと潰しにくるか?


 冒険者は来るであろう衝撃を覚悟する。


 ––––––––しかし……、


「おおーい!! ここにを持って行けって頼まれたんですけど!!」


 能天気な、それでいて明るい声が洞穴内に響き渡る。

 この場には相応しくないほど健全な声色だ。


 どこから聞こえるのかと、冒険者が上体を起こして見回すと、岩壁に開いた横穴から小さな顔が覗いていた。少し釣り上がったような目が何となくリスっぽい、可愛らしい少女だ。

 だが、誰がどう見ても強そうではなく、最悪なエリアに最悪なタイミングで乱入してしまった一般人でしかない。


 ファフニールは冒険者を見据えていた眼球をグリン、と回転させ、新たな侵入者を見上げる。

 この化け物の興味をあの弱そうな少女に向けさせてしまってはまずい。

 冒険者はそう考え、声を張り上げる。


「逃げろ!! ここは危険だ!!」

「へ?」


 冒険者の命をかけた注意喚起は、しかし意味をなさなかった。


 ファフニールは黒翼こくよくを羽ばたかせ、洞穴の虚空に浮かび上がる。

 ターゲットを冒険者から少女に変えたのだ。


 そして、さらに信じられないことに––––––––––––––––


”……お前、どの面下げてこんなところまで来た? 儂に茶だと? 飲むわけがないだろう”


 今まで一言も喋らなかったファフニールが、少女に話かけた。

 この伝説のドラゴンにとって、少女は話すだけの価値がある存在と言えるのだろうか?

 

 少女はいつの間にか、洞穴内に浮かんだ鍾乳石の上に飛び移っていた。


 そのいでたちを見て、冒険者の意識ははさらに遠くなる。

 白シャツに黒いベスト、そして半端な丈のボトムとエプロンと……、まるで街中の喫茶店で働いているかのような服装だったのだ。

 彼女が持つトレーがさらにその印象を強めているのかもしれない。

 トレーの上に乗っているのは、ティーポットとカップアンドソーサーだろうか?

 そんな不安定なものを複数トレーに水平に乗せ続けつつ、巨大植物の根から根に、岩から岩に飛び移る。こうして動きを見ているとかなり人間離れしている。


「……あの子、どうしてこんなSランクダンジョンの最深部なんかにいるんだ。死ぬ気なのか?」


 冒険者は意外な展開にど肝を抜かれつつ、固唾かたずを飲んで様子を見守る。

 冒険者の心配をよそに、少女は余裕を見せる。

 小さすぎる足場に姿勢良く立ち、自分の頭にトレーを乗せる


「今日の紅茶は最高品質の茶っ葉を使っているんです。雨季に採れた香り高きセカンドフラッシュ……、香りだけで幸せになれます。ファフニール、君もバケモノの姿じゃないなら、素敵なティータイムが楽しめたのに。この毒ガスが充満する部屋の中でも、ね。残念なことですねー」


 ケタケタと楽しそうな少女に対し、ファフニールは低く唸るように言葉を発する。


”ラティ……。今日もペラペラペラペラとよく口が回る。鬱陶うっとおしいことこの上ない。無駄口を叩いている暇があるなら、届け先を確認しに戻ればいいだろう”


 棘のある会話をしているが、どことなく親しげな雰囲気もある。

 彼等は知人なのだろうか?


 そうしていると、


––––––––ズズズ……。


 不気味な轟音と共に、重力の向きが反転する。

 このダンジョンのギミックの一つがこの、重力変動なのだ。


 ぎくりとして、冒険者は自分の頭上を見上げる。

 すると、先端が尖った巨石がバランスを崩し、冒険者の方へと倒れかかっているのが見えた。


 思考が働かず、体もまるで動かない。


 

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