第4話 レプト


 警報に重なって、男性のような声が恭莉の頭のなかに聞こえてきた。声は優し気ではあったが、その声音は緊迫感を帯びていた。


『ジャ。冒険者二名を二層で捕捉した』

(ゲルガ。敵の能力は)

『転移系と元素操作。火を生み出すようだ。守備隊が出たがやられた。既にテント村に被害が出てる』

(分かった、すぐ向かう)


 ゲルガ、とジャに呼ばれた声は不安そうに息をもらした。


『ジャ。彼はやってくれないと思うぞ』

(なんとか頼んでみる)

『……期待はしない。守備隊を編成し直すよ』


 ジャは這うようにして、恭莉に近づいた。吸い込まれそうな金色の瞳に恭莉の顔が映る。


(恭莉。無理を承知で頼みたい。私の代わりにレプトとして、冒険者と戦って欲しい)

「分かった」

(無理なお願いなのは承知だ。見返りに私にできることならなんでも……えっ?)


 ジャは自分の耳とレプトの言語を超える力を疑った。


「どうしたんだよ?」

(私の言葉はちゃんと正しく伝わっているか?!)

「あんたの代わりに、冒険者と戦う。だろ?」

(理解しているなら、なぜ即答できる! 同族を裏切って戦えと言ってるんだぞ、私は!)

「あー! なんだよ、戦ってほしいのか?! ほしくないのか?!」

(ほしいが、正直に言えば困惑している!)

「そんな迷ってる暇がある感じの警報じゃなかったろ! 今の!」


 恭莉はベッドから降り立つ。


「教えてくれ。俺は何をすればいい」

(……ありがとう)


 ジャは恭莉の前に立つと、まるで恋人がこれからキスでもするかのように恭莉の首に両腕を回し、自身の顔を恭莉に近づける。瑞々しいジャの唇に恭莉は目を奪わたが、彼女の言葉で我に返った。


(目を閉じ、できるだけリラックスしろ。安心できるものを頭の中に思い浮かべるんだ)


 恭莉は言葉通り目を閉じ、イメージする。


 暖かな春の陽気。柔らかい図書館のソファ。夏の夜に一瞬吹く冷たい風。みさおと飲むコーヒーの香り


(私と呼吸を合わせてくれ)


 すぅ、はぁ すぅ、はぁ すぅ、はぁ


 エルフの少女と地球人の青年の呼吸が次第に重なっていく。そして、完全に同じタイミングで息を吸った直後、恭莉の口から二人分の言葉が自然と溢れた。


「変身」(Usbotgpsnbuf)


 すると、恭莉の胸に温かい感覚が走る。そこを起点として青い光が恭莉の体を包んでいった。光は次第に実態を帯び、しなやかな生体装甲を形成。恭莉の体を覆っていく。


 エネルギーが迸る胴体、鋭利な爪と灰色の人工筋肉を備えた腕部、地を駆けるために最適化された脚部、そして角のある蜥蜴のような頭部。全ての装甲が展開されると、頭部の目のような光が強く灯った。ジャの姿が視界から消えていて、声だけが恭莉の頭に響く。


(いま恭莉が纏ったのは『レプトスーツ』。レプトに伝わる武具パワードスーツ。我らの矛にして盾だ)

「すごい……」


 恭莉は自分の体をまじまじと見る。まずはその視界に驚いた。仮面を被っているのに、肉眼でものを見ているようにしか感じられない。それどころか、装甲に刻まれた細かい傷まではっきり見て取れた。視力が大幅に向上しているのだ。


(普段はリミッターをしているが、使用者が望めば感覚を鋭敏に研ぎ澄ませることができる)

「それに、体の奥から力がみなぎってくる」

(身体能力は感覚能力よりもさらに強化されている。物理的戦闘でスーツを纏ったきみに勝てる存在は、宇宙規模で見ても僅かだろう)

「やばすぎるな……でも難民を守るための、抑止力と考えれば自然か」

(そうだ。準備が良ければ、冒険者のいる二層へ転移テレポートする……恭莉。きみの意志は変わらないか?)


 恭莉は仮面の奥で固く目を閉じた。いまから自分がやろうとしていることは、理由はともあれ人類に弓引く行為だ。自分のやったことが明るみになれば、きっと人間社会では生きていけなくなる。本当は断るべきだし、ジャも恭莉を責め立てる気はなかった。だが、ある冬の日の冷たさが恭莉の頭をよぎり、恭莉のなかの躊躇いは消えた。


「ああ、一緒に戦おう!」

(重ねて感謝する。ありがとう、恭莉)


 スーツから青い光が強く発せられる、恭莉の視界が徐々に白に塗りつぶされていく。そのあまりの眩さに、恭莉は目を細めた。そして光の奔流がピークに達すると、体が浮くような感覚に包まれた。浮遊感は一瞬で消え、同時に周囲の景色が視界に広がる。


 恭莉の目に映ったのは、地獄だった。

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