第20話志岐家への訪問①

 メールで送られてきた住所に到着すると、昔ながらの日本風の家が建っていた。


「にぃに、おっきいねぇ〜」

「ああ……大きいな……」


 立派な和風門、袖壁に付いたインターフォンを押した。


『はい、どちら様でしょうか?』


 志岐さんが応対してくれると思っていたので、知らない女性の声がインターフォン越しに聞こえてきて不意をつかれた。


「昨日面会をお願いした嶺田と申します。亜依さんはご在宅でしょうか?」

『あらあら、ご丁寧に。今ちょっと身支度しておりますので門からお入り下さいな』

「ありがとうございます、お邪魔します」


 そう言って門を開け玄関に向かった。手入れをされた庭を見て、美織が目をキラキラと輝かせている。


「にぃに、すごいね〜」

「そうだな……立派なもんだ」


のんびり見ているわけにもいかないので、時折止まりそうになる美織の手を引いて歩く。


 庭を抜け玄関にたどり着くと、玄関の扉が開いた。

 とても穏やかな雰囲気の初老の女性が迎えてくれた。


 志岐さんはご夫婦が遅くに授かった子供だと昨日教えてもらった。

 周りの友達の親より年上だから、揶揄われたりもするけど自慢の親だと嬉しそうに話していた。


「おはようございます」

「おはよごじゃいます」


 僕の挨拶を聞き、美織も後に続いた。


「あらあら、まぁまぁ〜!!ご挨拶がしっかり出来て偉いわね。お話は聞いてますよ嶺田君、そして美織ちゃん。初めまして、亜依の母の晴子と申します。主人も居りますので、どうぞ中に入って下さいな」


 案内されるがままに志岐さんのお父さんの元に向かう。

 美織は不思議そうに晴子さんを見ている。それも仕方ないか……。今まで美織の周りにこのぐらいの年齢の人が居なかったからな。


 二間続きの和室に通される直前、持参した手土産を晴子さんに渡し、俺は失礼しますと挨拶をして入室した。


「やぁ、いらっしゃい。気楽にしてもらって構わないからどうぞそちらに」


 促された場所にある座布団の手前に座り、手をついて改めて挨拶をする。

 正しいかは分からないが、ネットで調べたやり方を実行した。


「本日はお時間をいただきありがとうございます、嶺田優希と申します。こちらは美織と申します」


 あえてとは紹介しなかった。志岐さんのご両親に嘘はつきたくなかったからだ。


「亜依から聞いてるよ。亜依の父親の辰夫だ。嶺田君、いつぞやは亜依を助けてくれたそうだね。その時のお礼を今まで言えなくて申し訳なかったね、本当にありがとう」

「私の方こそ、志岐さんには助けていただいていますので……」


 そう言って頭を下げ合う2人の姿を、お茶を持ってきてくれた晴子さんが見て笑った。


「ごめんなさいね、亜依ったらお客様をお待たせして……。お茶と和菓子だからお口に合わないかもですが、宜しければどうぞ」

「ありがとうございます、いただきます。ほら、美織。ちゃんとお礼を言いなさい……」

「あいっ!!ありがとごじゃます」


 美味しそうにお饅頭を頬張る美織の姿を夫妻は優しい眼差しで見つめていた。

そんな穏やかな雰囲気をぶち壊す様に、志岐さんが慌てて入ってきた。


「お待たせ優希君、美織ちゃんっ!!」

「あ、あいちゃんっ!!」


 美織が両手を広げて志岐さんに向かって走っていき、そのままの勢いで足にしがみつく。

 注意しようとしたのだが、『気にしなくていい』と辰夫さんが言ってくれたので、ここは甘えさせてもらった。


「この子ったら昨夜散々悩んで服を決めたのに、朝起きたらやっぱり変えると言い出してね?それでお待たせしちゃったんですよ」

「ママっ!?それは言わないでって約束したじゃん!!もう……」


 そう言って機嫌を悪くするのだが、美織が心配そうに見ているのに気づき慌てて笑顔になった。


「志岐さん、早速だけど美織のことお願いしてもいい?」

「うん。それはいいけど私の事は亜依って呼ぶ約束でしょ?」

「ご両親の前だぞ……」

「関係ないもん……ツーン」


 そんな俺達のやり取りに、微笑ましいものを見る目を向けてくるご両親。

 ここで時間を浪費させるのは申し訳ないと思い、小さく溜息を吐いて志岐さんの言う通りにする。


「亜依、美織の事も任せてもいいかな?」

「うんっ!!美織ちゃん、優希君達はこれから大事な話があるから。だからね?私の部屋で遊ぼうか」

「あいっ!!」


 2人の足音が遠ざかっていく。


「亜依から話は聞いていたが、君のは噂に違わぬ可愛らしさだね」

「あ、はい。ありが……」


 辰夫さんは今なんて言った?咄嗟の出来事に俺はみじろぎ一つ出来なかった。


「もう……あなた。知らないフリをして嶺田君の話を聞くって約束でしょ?亜依にバレて後で怒られても知りませんよ」

「あの……どこまで話を?」

「おそらく全てと言っておこう。勝手に聞いてしまって悪かったと思うが、どうかあの子を責めないでやってほしい……」


 辰夫さんは気まずそうにそう言った。この親にしてこの子ありか……と思った。

 志岐さんはどうやら俺が話しやすい様に、事前に両親に話してくれていたのだ。今打ち明けてくれたのは、俺に対して嘘をつきたくない気持ちと、娘に嘘をつかせたくないという親心なんだろうと思った。志岐さんの優しさの理由を垣間見た気がした。

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