第10話『Side A』②

 勢いで飛び出してきたものの、直ぐに鞄を忘れてきた事に気づいた。

 今更取りに行くのもカッコつかないと思い、あっきーにメッセージを送ろうとスマホを取り出す。


 はぁ〜、素敵な一日だと思ったのに最低の1日になった。

 文字を打ち込んでいる途中、誰かから名前を呼ばれた気がして顔を上げると、美那さんが近づいてくるのが見えた。


「はぁはぁ……良かった追いついた。ふぅ……亜依ちゃんの忘れ物持ってきたわ」


 美那さんが息も切れ切れに話しかけてくる。その様子から、ここまで走ってきてくれたのが分かる。


「美那さん、わざわざありがとうございます。色々して頂いたのに、ちゃんと挨拶もせず飛び出してしまってすいませんでした」


 私は深々と頭を下げて謝罪をした。


「亜依ちゃん頭を上げて。謝らないといけないのはこっちの方よ。優希が酷い事言ってしまってごめんなさいね」

「いえ……私の身勝手さが招いた事ですので……」

「そんな事はないわ。亜依ちゃん、もう少し行った所に公園があるんだけど、少し話さない?時間大丈夫かしら?」

「はい、時間はまだ大丈夫です」


 二人で公園に移動してベンチに腰をかけた。


「あ、ちょっと待ってて。そこの自販機で飲み物買ってくるわ。何がいいかしら?」

「お構いなく……」

「そう……それなら適当に買ってくるわね」


 そう言い残して自販機に向かって行った。

 私を気遣う為なのだろう……『もう、馬鹿優希!!亜依ちゃんこんなに落ち込ませて許せない!!』そんな声が耳に飛び込んでくる。それを聞いて少し笑ってしまった。


「亜依ちゃん、コーヒーと紅茶どっちにする?」


 社会人はコーヒーを好んで飲むイメージがあったので紅茶を頂くことにした。『やっぱりそっちだったわね』と言っていたので、うまく選べた様だ。

 美那さんが私の隣に腰を下ろした。


「亜依ちゃん、改めて今日の事を謝罪するわね。ただ優希の肩を持つ訳じゃないけど、あの子なりにあなたの事を考えた結果なんだと思う。それだけは分かってあげてくれないかな?」

「私の事を?だけど恋愛なんて下らないって……」


さっき起きたショックな出来事について言及した。


「もう、あの子ったらそんな事言ったのね。でも私の口から言う訳にもいかないし困ったわね。う〜ん、あっ!!そうだわ、良い事思いついた」

「良い事ですか?」 

「ええ、そうよ。ただその前に一つだけ確認したい事があるのだけどいいかしら?」

「私で答えられる範囲であれば」

「亜依ちゃんはどうして優希の事が好きなのかしら?」


 あの事を話すのは、少しだけ抵抗がある。だけど今はそんな事を言っててはいけないのだろう。

 私は合格発表の日に痴漢にあった事、それを優希君に助けてもらった事を伝えた。


「へぇ、そんな事があったのね。ちなみにあの子、その時の事を私にも話してないわ」


 それを聞いて嬉しいと思ってしまった私は単純なのだろうか?口外しないとは約束してくれたが、まさか身内にすら話してないとは思わなかった。


「誰にも言わないって約束を守ってくれたんですね」

「変なところで律儀だからきっとそうね。そんな事があったら好きになっちゃうか……。ねぇ亜依ちゃん、少し私の話・・・・・をしても良いかしら?」


美那さんの話と言われ気になった私は、二つ返事で了承した。


「私が昔付き合っていた人にね…子供・・が居たの。別に子供が嫌いって訳じゃなかったのだけど、血の繋がりのない子を可愛がる自信がなくてね。結局交際は諦めたのだけど、あの日もしも・・・付き合ってたらと今でも思う事があるの」


 なかなか難しい問題だと思った。結婚すれば、自分の子供を産む事になるだろう。

 連れ子と自分のお腹を痛めて産んだ子供を同じように愛するのは簡単ではないと思う。


「美那さんは後悔されているのですね……。もしも自分に子が産まれて、連れ子を平等に愛せるかと言われたら難しいのかもしれません」

「そうよね……もしも亜依ちゃんが過去の私の立場だったらどんな判断をすると思う?」


私がその立場ならどんな判断をするだろうか?


「実際になっていないので確実とは言えませんが、私だったら子供が居るか居ないかは関係ないと思います。好きな人と一緒に居たいかどうか?自分に問いかけるのはそれだけです。ただ……」

「ただ……?」

「出来たら連れ子に、自分が実子と同じぐらい愛されていると思ってもらえる様に努力したいとは思います」


 私の答えを聞いた美那さんが、両手で口を覆った。そんなに驚くような事を言っただろうか?自分の発言に特別な事はなかった気がする。


「亜依ちゃん、最後にもう一度だけ聞かせて。こんなつらい思いをしても……まだ優希の事は好きかしら?」

「はい……まだ好きです、優希君が初恋なんです。遅いと思うかもしれませんが、中学の私は今とは違って地味でそういうのには無縁でしたから……」


私の答えのどこが美那さんの琴線を刺激したのか分からないが、凄い勢いで両肩に手を置かれた。


「亜依ちゃん、詳しくは言えないけどあなたを信じるわ。ただこれだけは覚えておいて。仮にこの恋が成就したとしてもきっと後悔すると思う・・・・・・・・・・


 後悔が確定する恋愛というものがいまいちピンとこない。だけど諦めたくない。


「それでも構いません」

「よく言ったわ、私はあなたに全面的に協力する。ただ事実を知って、もしも受け止められないと思ったらその時は私達に遠慮せずに身を引いてね。これだけは約束よ」


そう言った美那さんの求めに応じ、指切りをした。


「それでは早速…………って感じでいくわよ」

「それを私がやるのですか!?」

「これぐらいで驚く様じゃこの先が思いやられるわ。いい?恋愛は戦争なの。卑怯と言われてもやったもん勝ちなんだから」


 こうして私は、美那さんという最強とも言えるカードを手に入れた。ただ、この人だけは敵に回してはいけない……心底そう思うのだった。

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