第9話語られる過去

「多分気になってると思うんだけどさ、俺達は親が居ないんだ」


 そう切り出して、襖の閉まっている和室の方に一瞬だけ視線を向ける。


「うん、前に美織ちゃんが言ってたね。なんとなくそうなのかなって思った」


 和室の方を同じ様に見た後、志岐さんが相槌を打った。


「俺の実の母は小さい頃に他界してさ。それから父さんが男で一つで育ててくれた。小学5年の頃かな?そんな父さんが再婚したのが母さんだった。綺麗で優しい人でさ……母親の温もりを知らずに育った俺は本当に幸せだったよ」


 幸せだったあの頃に想いを馳せる。あの頃を思い出したのはいつぶりだっただろうか。


「でも、そんな幸せは長くは続かなかった。俺が中1の時に2人揃って死んだ。いや、心中したという方が正しいか……。そしてその原因の一端は俺にあるんだ」

「「……………」」


 それを聞いた2人は、はっと息を飲んだ。予想通りニュースか何かで耳にした事があったのだろう。


「新聞にも載ったからな、もしかしたら2人とも聞いたことあるかもな。当時の俺は社交的な性格じゃなかった事も災いして、同級生や先輩から心無い事を言われたよ。そして大人からの無責任な同情も散々あった……」


 その当時を思い出しながら、グラスの水を一口だけ飲む。


「とにかく現実から逃げたくて、登校拒否になった。産まれてすぐの美織を、家でずっと見ていた。今思えば、自分を肯定する為に役割が欲しかったんだと思う」


 美那さんと一緒に慣れない育児に奮闘していたな……。3年程経った今も昨日の事の様に覚えている。


「そんな俺を見捨てずに心を砕いてくれたのが美那さんだった。美那さんって母さんの双子の妹でさ。母さん遺言状に美那さんに俺達の後見人になって欲しいって書いてたんだ。酷い話だよな」


 俺の一人語りに一切相槌を入れることもなく、2人は真剣に聞いてくれている。


「身内の贔屓目もあるかもだが、2人から見ても美那さんって美人だと思うだろ?」


 俺の突然の問いかけに驚きながらも、2人は勢いよく何度も頷いて肯定してくれた。


「俺達の世話をしないといけないからって、彼氏も作らず仕事ばかり……。たまの休みは俺達に使っている。金食い虫のガキを押し付けられた美那さんを思うと今でも申し訳なくなる」


 こちらを心配そうに見ている2人には申し訳ないが、ここまで話したからには最後まで聞いてもらうつもりだ。

 本当はここまで話す気はなかった、だけど美織のあの幸せそうな顔・・・・・・・を見て終わりにしないといけないと思った。


「それで2人に言いたい事はここからだ。俺と美織は周りから受け入れられない、だからもう関わらないで欲しい。さっきも言った様に理由は話せないけど、そういうものだと納得してくれ」

「そんなのおかしいよ。どんな理由があったにせよ私達は気にしないよ!!ね、あっきーもそうでしょ!?」

「もちろんよ!!」


俺の求める返事はそんな気休めなんかじゃない。


「そんな簡単な話じゃないんだ……。それに俺は恋愛みたいなくだらない事・・・・・・に時間を使う気はないんだ」


2人が本当の事を知れば、そんな事は言えないはずだと分かっているのにもう一歩が踏み込めない。これ以上は、他人に簡単に話せる範疇を超えてしまうからだ。


「そう言ってくれる2人の優しさも、本当に迷惑なんだ。頼むから俺達に関わるのはやめてくれ」

「…………」


俺の本気が伝わったのか、2人は何も言えず俯いている。

どれだけ時間が経過しただろうか?


「そんなのヤダよ……。私のこの気持ちはどうなるの?」 


 それだけ言うと志岐さんが出て行った。追いかけようと立ち上がったものの、大介君が居ることに気づいた鈴木さんは静かに腰を下ろす。


「もう少し言い方とかあったんじゃない?」

「すまん……。でも、一目惚れとか言ってたからこんなクソ野郎の事はすぐに忘れるよ」

「それ本気で信じてるの?馬鹿じゃない?亜依ってそこまで単純じゃないからね」

「どういう事だ?」

「私が勝手に言えるわけないでしょ?そんな辛そうな顔してアンタの方がよっぽど馬鹿よ」


 延々と罵られるのかと思っていたが、タイミングを計った様にリビングの扉が開いた。


「今2人とも寝たから戻ってきたのだけど…状況から察するに出て行ったのは亜依ちゃんね」

「亜依が心配なので私も帰ります」

「聖音ちゃん、今寝たばかりだから起こしちゃったら大介君ぐずるんじゃないかな」

「あー、確かにそうですね。でも亜依が……」


 自分が原因なのは百も承知だが、志岐さんが気になるのは同意せざるを得ない。


「私が追いかけるから、気まずいだろうけどもう少し居てくれない?」

「美那さん、それじゃお願いして良いですか?」

「折角来てくれたのに嫌な思いをさせてごめんなさいね。それじゃ行くけど、優希……あなた本当にこれでいい・・・・・・・・の?」


 それだけ言い残して、美那さんは外に出ていった。互いに無言で気まずい空気だけが流れる。


「飲み物入れるから、大介君が起きるまで美織の部屋に居たらどうだ?」

「色々言いたい事はあるけど、そうするよ。私が口を挟む事じゃないけど、亜依の事ちゃんと考えてあげて」

「…………」

「ダンマリですか。本当にこんな男のどこが良いんだか……。お節介ついでに私から一つだけ教えてあげる。嶺田君と亜依って入学式の前に会ってるからね。私から言えるのはここまで」


 そう言って彼女は飲み物を受け取りリビングから出て行った。

 俺と志岐さんが以前に会った事がある?大介君が起きるまで考えてはみたものの、結局思い出す事はなかった……。

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