第6話マセガキからの招待

入学式の翌日は、美織を保育園に送ってから登校する初めての日。

これが3年間のルーティンになるのだなと思うと、感慨深いものがあった。


教室には既に志岐さんの姿があり、前の席に座る見た目が派手な女の子と会話をしている。

昨日みたいにウザ絡みされる事もなくなるだろうと安堵し、席に座る。


彼女と挨拶を交わすこともなく、やる事もないので寝て過ごそうと机に突っ伏したのだが、見逃してもらえなかった。


「あ、優希君だ。おはよ〜」


挨拶されて、返事もしないのは流石に態度が悪過ぎると思い顔を上げて挨拶だけする。


「嶺田君だっけ?初めまして。鈴木聖音あきねよ、これから1年間宜しくね」


鈴木さんにも義務的に挨拶を返し、これ以上話しかけられない様に再度突っ伏した。


「あっきー、かっこいいからって取ったらダメだからね」

「はいはい、取らないから安心しなって。それに私好きな人いるし……」

「え、そうなの!?私さ、こうやって友達と恋バナするの憧れてんだよね〜。ついにリア充の仲間入りだ〜!!」

「リア充って……あ、そういえば高校デビューだったっけ?こういう事今までなかったの?」

「うん!!初めてだからすごく嬉しい」


いつからアンタの所有物になったんだとツッコミを入れたかったが、せっかくの楽しそうな雰囲気に水を差す程でもない。


「あっきー、それでね。昨日、天使と出会ってしまったんだよね」

「いきなりだね。どういう事?」


昨日・・という単語に身体がピクリと反応してしまう。

勝手に耳に飛び込んでくるだけで、断じて盗み聞きしているわけではない。


「写真見る?」

「うん、見せて。って何この子!?めっちゃ可愛いじゃん」

「でしょー。私の将来・・の妹の美織ちゃん。あいちゃんあいちゃんってすごく懐いてくれてるの」


確かに懐かれてはいたのは事実だろう。

それが物で買収された結果だとしてもだ。


聞き捨てならないのは、将来の妹のくだりの方。

安心してくれ、そんな未来は絶対に訪れないから。


否定したい衝動を抑え、チラリと横目に見るぐらいに留めたのだが、タイミング悪く鈴木さんと目が合ってしまう。


彼女は気まずそうに苦笑いを浮かべながら、察してくれた様だ。


「いいなー。私には弟しかいないから羨ましい。あ、ウチの弟も顔だけはいいんだ」


鈴木さんはそう言ってスマホを操作して志岐さんに渡す。


「え、どれどれ……。うわっ、こりゃ将来イケメンになりそう」

「でしょー、保育園でも結構モテてるってお母さんが言ってた。生意気なんだけどね」


男の子と聞いて、昨日話が出た美織の周りをうろちょろしてる虫をふと思い出してしまった。


「男の子ってそんなもんなんじゃない?」

「そうなのかもね。今日さ、お母さん用事があるから、弟の迎えに私が行かないとなんだよね」

「保育園って近いの?」

「近い近い。ここから10分ぐらい。なんなら放課後一緒に行く?」

「行く行く!弟さん見たい!!」





特に変わった事もなく放課後を迎えた。

幾度となく志岐さんが話しかけてきたのが面倒ではあったが……。


「亜依、帰る用意できた?」

「終わってるよー、それじゃ行こうか。志岐君また明日ね!!美織ちゃんにも宜しくね」

「ああ……また」

「嶺田君、バイバ〜イ。また明日ね〜」

「鈴木さんもまたな」


俺も美織を迎えに行かないと。

ウチのお姫様は、遅いってすぐ怒るからな。

足早に保育園に向かうのだが、そこに思わぬ出会いが待っているとはこの時は考えもしなかった。




保育園の昇降口に着くと、何故か美織が志岐さんにしがみついていた。

その隣には先生と鈴木さん、そして男の子がいる。

朝話していた弟というのはあの子の事だろう。


気づいていて話しかけない訳にもいかず、ゆっくりと近づく。


「美織、迎えに来たぞ」

「にぃに〜、おそい。あいちゃんははやかった」

「ごめんな」


駆け寄ってきた美織を抱え上げた。


「志岐さんと鈴木さんもさっきぶりだね」

「嶺田君の妹さんもこの保育園だったんだ」


まさかの出来事に、鈴木さんもびっくりしていた。


「大介、お姉ちゃんのお友達の嶺田君。ほらご挨拶して」

「すずきだいすけです」


そう言ってぺこりと頭を下げる。

礼儀正しい子じゃないかと感心する。


「大介君初めまして、嶺田優希です」

「みおりちゃんのおにいちゃん?」

「そうだよ。美織の事知ってるの?」


大介君は質問には答えず何度も頷いている。

そう言えば昨日美織が言ってた男の子の名前……なんだっただろうか?


「ぼくのおうちにきてください」

「ん?どういう事?」


大介君からの突然のご招待に困惑していると、志岐さんから助けが入る。


「優希君、あのね。大介君が美織ちゃんと遊びたいんだって」


ああ、お前か……。ウチの美織にちょっかい出してるのは。

自然と目を細め警戒心を強めた。


「流石に美織だけで遊びに行かせる訳にも行かないし、俺が鈴木さんの家に行くというのはどうなんだろ?」

「美織ちゃんがさっき行きたいって言ってたんだよね」


志岐さんが、俺が来る前のやり取りを説明してくれた。


「何より鈴木さんもクラスの男子が家に来るのに抵抗ないか?」

「私は気にしないけど……」


そう言ってチラリと志岐さんを見やる彼女。

何故そこで志岐さんを見たのだろうか?


「うーん。あ、そうだ!!私も遊びに行ったらダメかな?」

「亜依も来るなら変な噂になる心配もないし、いいんじゃない?」


解決策が見つかったとばかりに俺を置いて2人はどんどん話を進めていく。


「美織、大介君のお家に遊びに行きたいか?」

「あいっ!!」

「鈴木さん、帰って保護者に相談したいから返事は明日でもいいかな?」

「もちろん大丈夫」

「即答できなくてごめん」


鈴木さんは気にしてないでと、ブンブン両手を振っていた。


「志岐さんもすまん」

「気にしないで。私が勝手にしてる事だから」


本当は避けたい状況ではあるが、毅然とした態度を取れない自分に歯噛みする。


話も終わり、あとは美織を連れて帰るだけとなったのだが、思わぬ事態が起きた。

美織が志岐さんと離れたくないと駄々を捏ね始めたのだ。


その光景に感動した志岐さんと鈴木さんが美織の頭を撫でて可愛がるものだから、なかなかその場から動けずにいた。


隣を見れば、寂しそうにしている大介君。

美織と仲良くするのを認めた訳ではないからなと念じながら、俺は無言で大介君の頭を撫でるのだった……。

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