第5話忍び寄るマセガキ

志岐さんと別れた後、スーパーで買い物を済ませて夕飯の準備を始める。

終盤に差し掛かった頃、玄関のドアが開く音がした。


「ただいま〜」


リビングのソファに座っていた美織が立ち上がり玄関に向かう。


「みなちゃん、おかえりなさい」

「お出迎えありがとね美織。手を洗ってくるね」

「あいっ!!」


美那さんが洗面所で手を洗い、2人仲良く手を繋いでリビングに入ってきた。

お迎えの際は、美織は1人で先に戻ってくる事はせず、廊下でいつも待っているのだ。

そんな行動が、美那さんの琴線に触れているらしく溺愛されている。

こうして並ぶと美女と美少女、本当の親子の様に見える。


「優希、ただいま〜。仕事疲れたぁ〜。今日のご飯は〜!?」

「美那さんお帰り。夕飯はもう少しで出来るから、テーブルでゆっくりしてて。あと今日は美織のリクエストでオムライスだけど大丈夫?」

「オムライスいいじゃん。美織の大好物だね、やったじゃん」

「うんっ!!あ、みなちゃんあのねあのね。きょうね。あたらしいおともだちできたの!!」


早速、今日の出来事を話し始める美織。我が家のいつもの光景だ。


「へぇ〜、良かったね美織。その子はどんな子なの?」

「んと、ゆみちゃんはかっこいいっていってる」

「もしかしてなの?」


美那さん、声のトーンが落ちてるって。

せめて取り繕うぐらいはしなよ……美織は気付いてないけど凄い顔してるぞ?


「うん、だいすけくん!!こんどうちにおいでって」


マセガキが……。ウチの美織にちょっかいかけるとか◯されても文句言えないなと内心で毒づく。


「マセガキが居るのね……。ちょっと優希、この近くに保育園ってあったかしら……?」


まさか転園させるつもりか!?

大人気ない事を言う美那さんを見て、頭が冷えた。

過激な事を言って美織に嫌われない様にしないとな……。


「美那さん、そんな事言ってると美織に嫌われるぞ?」

「あら、それは気をつけないと」


そう言って2人で笑い合う。

美織は俺達の会話の意味が分からない様子で首を傾げている。


今はこうして笑い合える様な関係になったが、美那さんにはかなり苦労をかけている。

20代後半にも関わらず、俺達の後継人になったせいで未だに独身なのだから……。


俺と……そして美織を、彼女はどんな気持ちで見ているのだろうか?時折そんな考えが頭を過ぎってしまう。


母さんと美那さんは一卵性の双子だった。

3年前、13歳の俺と産まれてすぐの美織を残し母さんは25歳という若さで他界した。

母さんは父さんの再婚相手で、物心がつく前に生みの親を亡くした俺にとって、初めて出来た母親という存在だった。

過ごした期間は2年間と短かったものの、に愛されてはいた。


「みなちゃん、あとねあとね!!あいちゃんともともだちになったのっ!!」

「お友達2人もできたの!?美織やるじゃん」

「うん!!あいちゃんはにぃにとおんなじクラスなんだよ」

「………えっ!?ゆ、優希の友達なの!?」 

「友達と言うか……なんか理由は分からないが気に入られたみたい」


聞かれて困る事ではないが、つい苦笑が漏れてしまう。


「大丈夫だよ美那さん。別に仲良くなる気はないから……」


心配そうにこちらを見ている美那さんを安心させる為に言ったつもりだが、逆効果だったらしい。


「にぃに、あいちゃんとなかよしじゃないの?」


あちらを立てればこちらが立たずの状況に、俺も苦笑いを浮かべてしまう。


「美織、志岐さんの事好きか?」

「うん!!あいちゃんおかしくれるからすきっ!!」

「そっか。にぃにと志岐さんは大人だから……いきなり仲良しにはなれないんだ。でも仲良くなれる様に善処・・するよ」


お菓子に釣られる美織が少し心配ではあるが、どこぞの政治家の様な言い回しで話を打ち切る。

美織には理解出来ないだろうが、嘘はついてないという免罪符を得た気になった。


「美織、オムライス出来たから持って行くの手伝ってくれるか?」

「おむらいす〜」


の贔屓目を抜きにしても、パタパタとこちらに駆け寄ってくる姿が愛らしい。


「「「いただきます」」」


食事中、美那さんから入学式に参加できなかった事を何度も謝罪されたが、そんな事を気にする必要なんかない。

血の繋がりもないまで、自分の働いたお金で養ってくれているのだから。


この過保護ながらも優しい叔母のおかげで、今の俺達がいる。

『謝罪しないといけないのはあなたではなく俺達の方だ』と……。


なぁ、母さん。のせいで美那さんの人生滅茶苦茶になってるぞ。

恨みがましく、襖の閉められた和室の方を見やる。


「にぃに、おむらいすおいしいねっ!!」


美織に話しかけられ意識をこちらに戻す。

願わくばこのにはいつまでも笑っていて欲しい。


この笑顔を曇らせてしまうかもしれない事実を、いつか打ち明ける日は来るのだろうか?

知らぬが仏という言葉がある。知る事は美織の為になるのだろうか?

未だに答えは見つからない。

もう何度繰り返したかすら覚えていない自問自答を振り払い、食事に意識を向ける。


取り繕う事が苦手な俺には、終始話し続けてくれる美織の存在がありがたい。

でも、話に夢中でオムライスが全然減ってないのは……親として注意すべきかどうか悩んだがこのままにする事にした。

何故なら申し訳なさそうにしていた美那さんが笑ってくれているのだから……。

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