第4話『Side A』

待ちに待った高校入学の日。

身だしなみの最終チェックを行う為、もう一度鏡の前に立つ。


「亜依〜、さっきから何回鏡を見てるの?いい加減にしないと遅れるわよ」

「分かってるって、お母さん。これで最後だから急かさないでってば」


鏡を覗くと、そこにはまだ慣れない自分の姿が映っている。

中学時代の地味な私はそこにはなく、明るめの髪色のいかにもギャルといった雰囲気である。

化けたなと自分でも思う、手伝ってくれた従姉妹の千夏ちゃんには感謝しかない。


「よし、最終チェック完了!!お母さん行ってくるね!!」

「本当に送らないで大丈夫?」

「うん、平気平気。これから3年間通うんだから早めに慣れないとだし」

「でも、入学式の今日ぐらい……お母さんも式に出る為行くんだし……」

「大丈夫だって。それじゃまたあとでね」


渋るお母さんを振り切り、勢いよく玄関から飛び出す。

向かうは最寄り駅。

全く心配性だなお母さんは。あんな事があったのだから仕方ないか。


正直なところ、電車通学にはまだ抵抗がある。

あの時の出来事を思い出すと、怖かった思い出と嬉しかった思い出が蘇り複雑な気持ちになる。






高校の合格発表を見に行った帰り道、私は人生で初めて痴漢に遭った。

幸いにも近くに居た男の子がすぐに助けてくれたおかげで、スカートの上からお尻を触られるぐらいで済んだけど、本当に怖かった。


そんな彼は、泣きじゃくる私を終始気遣ってくれる優しい人だった。

お母さんが迎えに来てくれる迄の間に色々話した。

どうやら彼も合格発表を見に行った帰りらしく、この春から私と同じ高校に通うとの事だった。


「心配しなくても今日の事は誰にも言ったりはしないから。高校に入学しても接点があるかも分からないからお互い名乗らずにおこう」


彼の言う通り、私達が入学する高校は生徒数が多い事で有名だ。

毎年新入生は1000人に届きそうな数であり、学校で見かける事はあったとしても接点があるかどうかは確かに分からない。

本当に気遣いの出来る人だと思った。

空気を読む事が苦手な私に少しお裾分けしてもらいたい。


会話していくうちに、落ち着きを取り戻していった私は、今更ながら彼の容姿にドキドキしていた。


儚げな感じが漂う、格好良い人だった。

痴漢された事のある女の子をどう思うだろうか?

やっぱり嫌だよね……そんな事を考えているとチクッと胸に痛みが走った気がした。


その後しばらく会話した後、お母さんが迎えに来てくれた事をきっかけに解散となった。

お母さんが、お礼をしたいからと彼に名前や住所を尋ねたけど、彼は頑なにそれを拒否した。


「亜依、彼もう見えなくなったわよ。いつまでそうしてるの?」

「あ、ごめん」

「彼の事好きになっちゃった?でもあの子は辞めておきなさい」


彼の後ろ姿をずっと目で追っていたせいで、私の気持ちが親にバレてしまった。


「べ、別に好きになんてなってないもん。深い意味はないんだけどさ、参考までに聞きたいのなんだけど……なんで辞めておけなの?」

「ふふっ、そんなにムキになって否定しなくてもいいのに。あの見た目であの性格よ。周りの子は放ってはおかないわ。それにあなたオシャレとか興味ないっていつも言ってるし、親の私から見ても…ね。1%の可能性すら見出せないわ」


娘に対して、あんまりな物言いだと思うものの、確かに私の見た目は地味で、自分を磨く努力なんて今までした事がない。


「お母さん……私綺麗になりたい」


自信のなさと恥ずかしさからつい小声になってしまったが、どうやらお母さんの耳に届いた様だ。


「そうね…千夏ちゃん覚えてる?この春からこっちの大学に通う為に、上京してくるから。千夏ちゃんオシャレさんだから相談してみれば?」


ここ最近ずっと会ってない従姉妹の千夏ちゃんか……。

私は藁にもすがる思いで、その夜久しぶりに彼女に連絡を取ったのだった。






こうして私の見た目は大きく変わり、今に至る。

電車では何事もなく無事学校に到着し、安堵の溜息を漏らす。


校門を入ってすぐの掲示板に貼られたクラス分けを確認し教室へ向かう。

教室の黒板には席順が貼られており、自分の席を確認した。


せめて近くの席の人には挨拶でもしておこうと隣を見た瞬間、私は神様に感謝した。

なんと、私がこの学校で一番会いたかった人が座っていたからだ。


話しかけるか悩んでいるうちに、彼は机に突っ伏してしまいチャンスを失ってしまった。


入学式が終わったら話しかけようと心に決め、私は彼以外の周りの生徒に挨拶を始めた。

彼に私の名前が届く様にと願いながら。






、イケメン君!!私の名前は志岐亜依!!」」


さあ、ここから始めよう。私は絶対にこの恋を実らせてみせる……。

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