第3話触れられたくない事
「それでなんでこうなってるんだ?」
「美織ちゃんが望んだから?」
「ふんふ〜ふっふ〜♪」
車道側から見て、俺ー美織ー志岐さんと並んで歩いていた。時折、前から来る人とすれ違いそうになると、俺はそっと美織の後ろにズレる。
そう……美織と手を繋いでいるのは志岐さんであって、俺ではないからだ。
「あいちゃん、みてみて」
「うわー、上手に描けてるね。お兄ちゃんと……美織ちゃんと……あれ?あともう1人?」
「うん、みなちゃん!!」
話題は、保育園で描いた絵。聞いた事のない名前に、志岐さんは誰だと目で訴えてくる。
「一緒に住んでる叔母さんだよ」
「あ、そうなんだ!!優希君達は叔母さんとも住んでるの?」
ああ、めんどくさい。
どうせ親と兄妹、そして叔母さんで住んでいるとでも考えているのだろう。
人の家庭の事情も知らずにこうして無責任な問いかけをしてくる志岐さんに対して、これ見よがしに溜息を吐いてみせた。
「あんたデリカシーないってよく言われないか?」
「え!?な、なんでそれを知ってるの!?」
高校デビューとか人前で恥ずかしくもなく言えるぐらいだから薄々勘づいてはいたが、どうやら図星だったらしい。
いちいち傷を抉るみたいな大人気ない真似をするつもりはないが、中学の頃はさぞかし友達が少なかった事だろう。
「まあ、いいや。先に言っておくが、アンタに家庭の事情を話す気はない。だから詮索しないでもらえるか?」
「…………ご、ごめんなさいっ」
触れてはいけないナイーブな問題だと気付いたのだろう。素直に謝る彼女の姿に少しだけ溜飲が下がる。
「あいちゃん、みおりね?パパとママいないんだ……」
そう言って眉尻を下げる美織。その言葉にチクっと胸が痛んだ。
突然のカミングアウトにどうしていいのか分からない志岐さんは、あたふたと慌て始めた。
美織、個人情報をそんな簡単に喋るものではないぞ……と言ってやりたかったが、出かけた言葉を飲み込む。
「そういう事だからこの話はこれで終わりでいいか?」
「うん……本当にごめんなさい。治したいとは思ってるんだけど、いつも余計な事を言っちゃうんだ。そんな自分が嫌で、見かけを変えたらって思ったんだけど……ダメだったみたい」
見かけを変える事で、自信が持て明るくなったりするぐらいならあるかもしれない。
だが、空気を読む力がいきなり備わる訳ではない。
本気で落ち込む志岐さんを、心配そうに美織が見ている。
本当になんなんだマジで。幼児に心配されるとか情けなさすぎるだろう……。
「まぁ、いきなりは無理にしても意識し続けていれば少しずつ変わっていくんじゃないか?」
柄にもなく、ついフォローを入れてしまった。
「ありがと……」
小さな声で呟かれたお礼の言葉を聞かなかった事にして美織に意識を向ける。
「美織、今日のご飯は何食べたい?」
「えっとね、えっと……」
そう言って首を傾げながら……ビスケットを口に放り込む。頭の中で、お菓子は食べなくていいから返事をくれと祈るが本人はどこ吹く風である。
「オムライスがいいです!!」
美織はしっかり咀嚼した後、ようやく答えてくれた。
「オムライスね、了解。志岐さん、俺達このままスーパーで買い物して帰るから。お菓子ありがとう、それじゃまた」
そう言って美織の手を左手で掴み歩き出そうとしたが、またもや美織が動かない。
「あいちゃん、バイバイなの?」
「そうだよ。志岐さんはこの後用があるから、ここでバイバイだよ」
「やっ!!」
そう言って美織は俺の手を振り解き、志岐さんの後ろに隠れる。 普段はこんな我儘を言う子じゃないのだが……一体どうしたのだろうか?
娘の早すぎる反抗期に一抹の寂しさを覚える。
「美織、わがまま言うんだったらいつもの描いてあげないぞ?」
「にぃに、いじわる……」
美織はオムライスに動物の絵を描いてあげると喜ぶ。特にお気に入りなのはウサギだ。
オムライスを選ぶ理由の殆どが絵である美織にとっては、何より耐え難い仕打ちだろう。
「それじゃ志岐さんの手を離して」
名残惜しそうにしながら、今度は志岐さんと繋いだ手を離す。
「それじゃ」
「うん、優希君、美織ちゃんもまたね」
「あいちゃん、バイバイ」
別れの言葉を告げ、彼女を置いたまま歩き出す。騒がしかった1日が漸く普段の落ち着きを取り戻した様な気がした。
彼女は何故俺に構ってくるのだろうか?どうせ大した理由なんてないのだろう。
雑念を振り払う為に軽く頭を振り、美織の話に耳を傾けスーパーへ向かうのだった……。
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