第2話3歳児、お菓子に屈する
学校を出ると足早に美織を預けている保育園へ向かう。
幸いにも高校の近くに保育園があり、ゆっくり歩いても徒歩で10分程度の距離だ。
これならお姫様の機嫌を損ねる事もないだろうと思っていたのだが、現実はそんなに甘くない。
「にぃに、おそい」
「優希君、怒らないであげてね。ほら美織ちゃん、大好きなお兄ちゃんがお迎えに来てくれたんだから笑顔笑顔!!」
「吉野先生、いつもありがとうございます。美織、帰ろうか。ほら先生に挨拶して」
迎えに行くと美織はいつもこう言ってくる。
昔からのやり取りなので気にしてはいないのだが、引っ越しに合わせて保育園も変わった事もあり、まだ見慣れていない吉野先生は苦笑いを浮かべていた。
無言で手を差し出すと慌てて靴を履く姿を微笑ましく思いながら、先生に一礼して踵を返す。
「にぃに、あのね。ともだちできたの」
「そっか、よかったな美織。男の子?それとも女の子?」
「おとこのこ」
保育園の正門を目指しながら、保育園の出来事に耳を傾ける。
ふーん、早速悪い虫が付いたか。
美織は幼いながらも、容姿が整っている。将来必ず美人になるであろう事は保証されていた。
なんせあの人の娘なのだから……。
ただ、両親を早くに亡くしたせいなのか人見知りする点は心配ではある。
そんな事を考えながら保育園の門を出た矢先、突然声をかけられた。
「うわ〜、可愛い。優希君の妹さん!?私はお兄ちゃんの友達の亜依だよ!!ね、ね、お名前は!?」
何故ここにいる?という疑問が頭を
「おい、怖がってるからそんなにがっつかないでくれ」
「あ、ごめんなさい。あまりにも可愛くてつい……」
「……はぁ、分かってくれたならいい……」
反省の意を示し距離を取った彼女にこれ以上言うのは酷だろう。
だが冷静に考えればこれってストーカーってやつじゃないか?
あまり関わりを持たない方がいいだろうが、変に刺激して話が拗れるのも避けたい。
「美織、こっちのお姉ちゃんはお兄ちゃんのクラスの人だ。挨拶できる?」
とりあえず事勿れ主義路線で行く事を決め、挨拶を促したものの、美織は繋いでいた手を離し、右足にしがみつく。
そして身体を半分だけ出し、いかにも警戒していますといった態度をとる。
「みねた……みおり、さんさいです」
あ、警戒してても挨拶はするのか。
よく出来たと褒める意味を込めて、そっと頭を撫でる。
志岐さんはその場で屈み、目線の高さを美織に合わせた。
「美織ちゃん、初めまして!!私の事は亜依ちゃんでもお姉ちゃんでも好きに呼んでくれていいからね」
満面の笑みを浮かべそう返していたが、美織は俺の後ろに隠れてしまった。
その様子を目の当たりにして、志岐さんは「ありゃりゃ」と言いながら寂しそうな笑みを浮かべる。
「人見知りする子だから、悪気はないんだ」
「大丈夫、ちょっとしか傷ついてないから。いきなり知らない人に話しかけられたら困惑するよね」
「…………」
ちょっとなら言わなきゃいいのにと思う。
案外めんどくさい性格、いやどう考えてもめんどくさい性格をしてるのは間違いないらしい。
「それでなんでここに居るんだ?クラスの集まりは?」
「優希君行かないって言ってたから、私もパスしてきちゃった」
「あ、そう」
「えー、そこはもう少し掘り下げて話をするところじゃないの!?」
めんどくさい事になりそうだから、話を打ち切ろうとしたのに、この人は空気が読めないらしい。
「にぃに……」
いつの間にか身体を半分出して不安そうにしている美織を考えると、立ち話はこれぐらいにしておくべきだろう。
「この後予定があるから、もういいかな?」
強引に話を打ち切り、美織の手を繋ぎ直す。
志岐さんの横を通り過ぎ様として……
「美織ちゃんまたね!!あ、そうだ。美織ちゃんお菓子好き?ほら、動物さんの形をしたビスケットだぞ〜」
美織の足がピタッと止まった。志岐さんが鞄から取り出したお菓子の箱に視線は釘付けである。
「おかし……」
「美織、知らない人から物を貰ったらダメだっていつも言ってるだろ?」
「あいちゃん、にぃにのともだち」
そう言って上目遣いで見上げてくる。こういう時だけ頭の回転が早い
「はぁ〜」
今日何度目になるか分からない溜息を吐き、白旗を揚げる。
「美織、ちゃんとお礼を言ってから貰うんだぞ。志岐さんもありがとう」
言葉とは裏腹に志岐さんにジト目を向けると、さっと目を逸らされた。
どうやら物で買収した罪悪感はあるらしい。
「ありがと、あいちゃん」
「ふわっ、可愛い!!この子どうしたら
「なるわけないだろうが……。ふざけた事ばかり言ってるからもう話しかけて来ないで欲しいのだが?」
冗談で言ったつもりだろうが、
「ご、ごめんなさい」
ただならぬ空気を察したらしく、志岐さんは真面目に謝罪をしてきた。
結果として変な空気が漂い始めたが、それは思いも寄らぬ行動により直ちに霧散する事となる。
美織が俺の手を振り解き、志岐さんの足にしがみついたのだ。
「にぃに、めっ」
「…………」
「にぃに、めっ」
何故こうなる?いや、確かに声が低くなりはしたが俺が悪いのか?思わぬ援軍を得た志岐さん。
彼女は目を輝かせながら、美織の頭を撫でようと手を伸ばしては引っ込めるという、まぁ分からなくもない行動を繰り返していた。
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