5章

第29話 エルフの都へ


 レオは初めての一人旅に心を躍らせていた。

 エルフの都は地図上でもかなり離れたところに存在するようで、馬車を乗り継いで向かうことになっていた。異世界に転生したとはいえ、移動は魔法でも飛行機でもないようだった。

(もう少し成長したら移動系の魔法を覚えられるといいんだけど)


 2日ほど馬車に揺られてレオは尻が取れるんじゃないかと思うくらい痛くなったり、乗り物酔いで視界がぐるぐるしたりと彼はかなりの苦労を強いられた。

 しかし、到着した場所に降りた途端、そんなことはどうでもよくなるくらい彼は素敵な気持ちになった。


「す、すげぇ……」


 目の前に広がるのは美しい花畑、それは見渡す限りずっと続いている。色とりどりの蝶が舞い、甘い香りが漂っている。木々は花が咲いているものや果実を実らせているものがほとんどで、その枝では小鳥が歌っている。


「レオ・キルマージュ殿。こちらへ」


 景色に感動していたレオに声をかけたのは背が高く、褐色の色の肌を持った戦士風の女エルフだった。尖った耳に美しい容姿はレオの前世で多く創作された「エルフ像」によく似ている。


「はい、ありがとうございます。えっと、あなたは?」


「私でございますか、我々エルフ族に名はございません。といっても私のようなこのエルフの都の宮殿に住む王族は別ですが。長い時間を生きる私たちに名前などいらないのです」


「それは、失礼しました」


「いいえ、人間とエルフとでは文化が違うと言うだけですから。私のことは門番とでもお呼びください。このエルフの都を訪れるものたちを案内する役目も仰せ使っております」


「門番さん、よろしくお願いいたします」


 門番はそれ以降口を開くことはなかった。それが「人間嫌い」なのか「彼女は役目を全うしているだけ」なのかはレオにはわからなかった。

 ただ、彼女は一度も笑顔を見せなかったのでいわゆる「歓迎ムード」でないことだけは理解できたのだ。


(俺にだけ依頼してくる任務ってなんだよ)



 花畑をしばらく進んでいくと、街が姿を現した。街、と言ってもレオが住んでいるレンガや石でできた比較的近代的なものではなく木でできたログハウス的な建物や藁の家、ツリーハウス。さまざまだがどれも自然とよく馴染んでいるものだった。


 ただ、レオを怖がってなのか住民は姿を見せず庭先の犬が吠えている。


(やはり、人間とエルフはあまりに仲が良くないのかもしれないな)


 レオは前世で嗜んだファンタジー作品の諸々を思い起こしながら、人間が一方的に美しいエルフを害したり、価値観を押し付けるような描写を想像した。この世界の人たちはどうだろうか、そんなふうに思っていた時だった。


「レオお兄ちゃん!」


 藁でできた小さな家から飛び出してきたエルフの少女がレオに駆け寄ってくる。止めようとした門番の腕をさらりとかわして、彼女はレオに飛びついた。


「わっ……」


 レオはなんとか受け止めて少女の顔を見たものの、全く見覚えがなかった。少女は雪のように白い肌と不釣り合いな赤い瞳と赤い髪をもつ一度見たら忘れないような見た目だが、記憶を巡ってもレオは彼女を思い出せなかった。


「あれ……レオ、お兄ちゃん?」


「こらっ」


 母親らしき同じ髪色のエルフがやってくるとレオから引き剥がすように少女を抱き上げるとごめんなさいの一言もなく家へと引っ込んでいった。

 レオはそんな無礼よりも頭の中にある疑問が浮かんでいた。


(一度、レオが訪れた場所のはずなのにどうして思い出せないんだ?)


「申し訳ありません。レオ・キルマージュ殿。まだこの都には人間に……あなたのように武器をもった人間に警戒心が強い物が多く。無礼にお詫びを」


「いえ、大丈夫です」


「そうですか、では行きましょう」


 振り返ると、あの家から先ほどの少女が悲しそうな顔でレオを見つめていた。





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