第26話 海の魔物 デビルシースラグ


「では、洞窟にそのような魔物が」

 村長は困ったように唸った。なんでも村の漁場の近くにある洞窟に大きな魔物が棲みついたらしい。

 その魔物は水陸どちらでも生活ができるようで漁船を見つけるとぬるりと海に出てきては船に張り付いて沈めるのだという。

「ソフィーナ、聞いたことあるか?」

「えぇ、以前かなり遠くの国で似たような魔物の目撃情報を聞いたことがあるわ」

 彼女は持っていた手帳を開くとペラペラとめくっていく。レオが横目で覗くとそこには魔物のスケッチと特徴やら弱点やらが事細かに描かれていた。

 彼女が学園の中で1番に前線部隊に選ばれた理由がわかったような気がした。表向きにはしていないが、彼女は誰よりも努力をしていたのだ。

 レオは自分がいかに驕っていたかというのをまたわからされたのだった。

「これだわ、デビルシースラグ」

 ソフィーナの手帳を村人たちが覗き込むと、1人生きて帰ってきた手負いの男が「よく似ている」と答えた。

 デビル・シースラグというのは、大きくて色とりどりのナメクジだった。ウミウシという生き物の魔物版である。レオは前世でもウミウシという生き物をみたことがなかったため想像がつかなかったが、

「水性魔物ながら属性は雷。近寄るものは感電し、木製の船は燃やされる……」

 水系の魔物に対して、大体「雷」は有効である。一方で「火」は無効。そんな属性的な有利不利があるのだとすれば、水と雷属性という反する2つの属性を持つ魔物は強い。


「しかも、奴は追い込まれると深い海の中に潜ってしまい、こちらは手も足も出なくなるのです」

「以前、戦いを?」

「はい、まだこの村に活きの良い男たちがいた頃、モリで応戦したことがありました。ですが、手傷を負った奴は深い海の中に潜り込み逃げてしまうのです」

 ソフィーナは手帳に書き足しながら首を捻る。

「だとすると、洞窟の中で短期決戦をしかけるのが良いかもしれないな。ソフィーナ、水魔法と風魔法を融合させて氷魔法を使えたよな?」

「えぇ、洞窟内にある海への水穴を塞いでしまいましょうか」

「じゃあ、俺はその間に魔物の気を引きつけるよ」 

 アルジャンが胸を張ると村人たちが「おぉ」と歓声をあげる。

「あとは、魔法以外の攻撃で斬りつけまくる……だな」


 戦いの方向性を決めたレオはすっと立ち上がると即座に準備を始めた。アルジャンもソフィーナもそれに続く。


「なんだか、勇者はアルジャンだけど。レオは智将と言った感じね。格好いいわ」


 ソフィーナにそう囁かれてまんざらでもなく喜んだレオだった。



***



「ここが『海穴の洞窟』なのね」


 レオたちの前に口を開けているのは非常に大きな洞窟だった。村の入江から少し歩いた先にある磯部、上の方は崖になっていて登ることは難しそうだった。


「アルジャン、まずはソフィーナの氷魔法の展開を待って、お前は奴をできるだけ海に繋がる穴から遠ざけるように動いてくれ」

「わかった」

 アルジャンは力強く頷いたが、レオは彼をまた囮にすることに心苦しさを感じる。

「で、逃げ道を塞いだ後はどうするの?」

「多分、だけど。俺の予想ではデビル・シースラグは氷魔法に弱いはず。体が濡れているからな。そこで、俺とアルジャンの剣に氷魔法を付与して欲しいんだ」

(本当は火の魔法と風の魔法で乾燥させる方が早いけど、洞窟の中でそれしたら最悪一酸化炭素中毒で俺たちがイカれるかもしれないし)

 レオはそんなふうに考えつつも至って冷静なまま、作戦を2人に伝えた。ここのところ、この世界での知識と元のレオ・キルマージュの記憶のようなものが入り混ざって、中に入っている「吉田礼央」の思考がより鋭くなっていた。

 前世ではエンターテイメントとしてファンタジー作品やゲームが豊富だったこともあってこういうふうに「吉田礼央」時代の知識が魔物攻略の糸口になっていくのだ。


「じゃ、入りますか」

片手にランプ、片手に剣を持ってアルジャンが先頭を歩く。

洞窟の中は、潮風の匂いが漂っていて足元はゴツゴツした磯辺のようで時折

深い水溜りがあって足を取られそうになる。

 洞窟の中では、コウモリ型の魔物や変形スライムに襲われつつもレオたちは簡単に倒して進んでいく。

 その中でも圧倒的にソフィーナの魔法が有利でレオは彼女の万能型な攻撃魔法に感動を覚えるほどだった。彼女はほとんどの魔法を詠唱なしで即時で発射できるのだ。レオやアルジャンは中級魔法以上からは詠唱や発動までの時間が少しかかるため、その分スキが生まれやすくなる。

(もうちょっと、努力しないとな)

 レオは最後のスライムを切り倒し、剣をブンと振って体液を取り払った。

 

 すると、今までとは違う嫌な雰囲気と共に、クラゲのようなキラキラした美しい何かが洞窟の奥で蠢いた。


「くるぞ!」


 そうレオが叫ぶと、洞窟の奥から電撃を帯びた水球が飛んでくる。なんとか避けたアルジャンだったが、水球が当たった地面はビリビリと嫌な音を立てていた。

 深海にいるクラゲのように七色に光っている大きな奴。形はナメクジでベースの色は青色、そこに黄色の斑点が入っていてなんとも気色が悪い。その上、地面と接しているビラビラした部分と頭の上の2本の触手のような目がギラギラ光っている。

 大きさも見上げるほど大きく、2階建の住居くらいはあって一つ間違えればレオたち3人を一気に押し潰せてしまうほどだ。


「ソフィーナ、あいつの後ろに大きな穴がある。そっちへ頼むぞ」

「了解、すぐにやってみせるわ!」


 ソフィーナは氷魔法の詠唱に入り始めた。


「アルジャン、加勢するぞ!」

「おうよ!」


 海への穴とは逆方向にアルジャンは走ると、土魔法で泥団子を奴に飛ばして挑発をした。



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