4章

第23話 ソフィーナ・アルベルティ


「では、やはり人語を話す魔物がそんなに近くまで」

 総司令ディオレスを含めた騎士団幹部に今回の出来事を報告したレオとソフィーナは、それぞれ魔物研究所で聴取を受けることとなった。

 一方でアルジャンは大事をとって休養をと治療院に行くことになった。

「では、ウェルホーク村を復興すべく手配を整えよ!」

 その場にいた全員が敬礼をすると、それぞれが目的に向かって動き出した。レオも城の地下にある魔物研究所へと向かう。

「レオ」

 ディオレスに声をかけられてレオとソフィーナは足を止める。

「父上」

「よく戻った。全員無事で……。今日は研究所での報告を終えたら真っ直ぐ帰りなさい。エレナを安心させてやれ」

「はい、父上」


 じめっとしたカビっぽい匂いと埃臭い嫌な匂いが混じった地下室はなんだか魔女でもいそうな雰囲気でレオはあまり好きじゃないと感じた。魔物研究所では日々、魔物の死骸を解剖したり、魔物の素材を使って何か作れないかと研究をする不気味な施設である。

「すみません、レオ・キルマージュとソフィーナ・アルベルティです」

 入り口のドアをノックして声をかけるとしばらくしてから石の扉がギィと開いた。

「ど、ど、どうぞ」

 黒いフードを深く被った女性が怯えた様子でレオに入るように言うと、レオたちは中へと足を踏み入れる。

「魔物研究所、所員のミラージュ・ミルクレアでございます。本日は、えと、あっ……お二人が出会った魔物についての聴取をお願い、されていて」

 おどおどしながらミラージュはそう言うとレオたちをソファに座られて奥へと消えていった。フードを深く被っていて顔は見えないが女性らしい。

「どうしたのかしら」

「どうしたって?」

「ミラージュったら顔を隠しちゃって」

「知り合いなのか?」

「知り合いですかって? わたしたちと同じ学園に通っている同級生じゃない。まぁ、レオとはクラスも違うし目立たない子だけれど……ミルクレア伯爵家は代々この魔物研究所の所長を務める家系よ。任命式でご挨拶しなかった?」

(大量に挨拶したら覚えてねぇ……)

「そうかもしれないな、ソフィーナはよくここへ?」

「えぇ、前線部隊に所属してからは帰ってくるたびにここに来て魔物の報告をしていたわ。ところでレオ、先ほどお父上がおっしゃっていたエレナとは?」

 ソフィーナは、スッと前のめりになってレオに近づいた。

「エレナは僕の第1夫人候補だ。僕が15の頃からうちに……いる子で」

「そう……今度ご挨拶させてね、仲良くしなくちゃ」

「えっ」

「だって、もしも私が第1夫人になったらエレナさんは第2夫人でしょ? その逆だってあるのだし。会うのであれば早い方がいいわ」

 さも当然のように「第1夫人」「第2夫人」と言い放ったソフィーナに、一夫多妻の許されない世界からきたレオは困惑しつつも、少しだけ安心する。

(修羅場にならなそうでよかった)

「ソフィーナは気が早いな、まだ旅は始まったばかりだぞ」

「確かに……私には勇者様と魔物の根絶をするというお役目があるわね。ごめんなさい。でも……」

 ソフィーナはレオの手を取りぎゅっとレオの手を胸に抱き込むように引き寄せる。

「ちょっと、い、い、イチャイチャしない、でください。聴取、はじめ、ますよ」

 ミラージュに注意されて2人はパッと距離を取った。ソフィーナは顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。

「で、では聴取を始めます」



***


「なるほど、人語を操る魔物ですか」

 ミラージュは魔物のこととなると先ほどまでのオドオドはどこへやら、真剣な声色になった。深いフードの奥はレオには見えないが。

「えぇ、私が見たのは少女の姿で……お恥ずかしいことにその後は全く」

 ソフィーナたち前線部隊がウェルホーク村に辿り着いた時、あの少女が出迎えたと言う。ソフィーナはあの少女と首飾りを交換したところまでしか記憶がないとのことだった。

 レオはその後のことを報告する。

「気になるのは、アビー様と言う存在ですね。それがまさか星の魔女の名前……?」

 ミラージュの言葉にレオが答える。

「洞窟の中にいた触手の魔物もリーティアのことをリーティア様と……僕の予想ですが、この大陸にいると言われる星の魔女を中心に我々と同じく上下関係のある組織ができているのではないかと」

(前世のRPGやファンタジーゲームなんかじゃ、敵もボスを中心として組織を作ってるのが普通だしな)

「上下関係、確かに上級の魔物が下級の魔物を操る。ありえる話だわ。けれど、人語を話す魔物ですら初めて確認されたのに……一体何が」

 ソフィーナが考え込む。レオは明らかに自分の転生のタイミングで何か大きなものが動いていると確信する。

(魔女……か)

「けれど、星の魔女らしき名前。人語を話す魔物。これだけでも十分に進展だわ。お二人ともありがとうございます。戻っていただいて大丈夫です」

 半ば、ミラージュに追い出されるようにして2人は魔法研究所を出ると地上への階段をあがり、城のロビーへと戻った。

「アルジャンが目覚めたら、次の任務があたれられるはずだ。ソフィーナはそれまでどこへ?」

「私は訓練に行くわ。レオとエレナさんの邪魔をしてもいけないし。旅の間は私がレオを独占するんだからいいのよ」

「ははは……」

(こうもグイグイされると困るな……)

 控えめなエレナとは対照的にソフィーナは積極的な人である。愛情表現も非常にストレートで大胆。自信あふれる笑顔でレオを見つめている。

「それじゃあ、次の任務までまたね」

 颯爽と去っていく彼女の背中を見送り、レオはアルジャンのいる治療院へと向かうことにした。

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