第22話 3人目の仲間


「ぎゃぁぁぁぁ! 熱い! 熱い!」

 アルジャンが目を開くと、目の前でリーティアが火だるまになって手足をバタつかせていた。

「アルジャン!」

 リーティアの動きに合わせて死神が無茶苦茶に動く中でレオが瀕死のアルジャンを抱え上げて安全地帯へと避難する・

「レオ……」

「くそ、何やってんだ馬鹿野郎!」

「俺……」

 レオはアルジャンをソフィーナ嬢のそばに寝かせると、剣を抜き刀身に火魔法をかけて青い炎を宿した。燃え移った火をなんとか消して煙を上げているリーティアに向かってゆっくりと歩いていく。

「リーティア、終わりだ」

「リーティアは終わらない、星の魔女様のご加護があるんだもの!」

 リーティアは後ろに飛び上がると死神の懐に入り込み、その体を巨大化させた。人3人分ほどの大きさに変身する。けれど、レオには関係なかった。

 木でできたリーティアの体をレオの炎の剣が貫き、切り離し、燃やして溶かす。

「ぎゃぁぁぁ! 熱いよ! 熱いよ! 助けてアビー様……死にたくない、死にたくないぃぃぃ」

 木を擦り合わせるような引っ掻くような甲高い悲鳴を上げてリーティアはレオに命乞いをする。しかし、レオは飛び上がり最後の一撃を彼女に与えた。

 四肢を切られ燃えたぎるリーティアの脳天にレオの剣が刺さると悲鳴がぴたりと止み、その頃には空が明るみ始めていた。


「アルジャン!」

 レオは友の元へと走り寄り、すぐに回復魔法を展開する。

(まずい……)

 アルジャンの命の灯火は消える寸前で、レオは必死に魔力を注ぎ込んだ。それでも彼の傷を塞ぐには足りず、レオは近くに転がっていたソフィーナ嬢の樫の杖を握り魔法石の魔力を借りながら回復魔法を注ぎ続ける。

「死ぬな……ダメだ、ダメだ」

 命を繋ぎ止めるために必死になるもアルジャンの命の光はこぼれ続ける。

(あの時、撤退を指示していれば。一緒に洞窟へいけば)

 そんな後悔がレオを襲う。2体の魔物を倒しレオ自身も満身創痍でもう魔力が底を尽きようとしている。しかし、アルジャンの傷を塞ぐにはまだ足りなかった。

「クソッ! アルジャン死ぬな! ふざけんな! まだ魔力くらい、あるだ……ぐっ」

 魔力の使いすぎでレオ自身も吐血し激しく咳き込んだ。

「レオ、もういい……俺が死んだら、レオが勇者に」

 アルジャンがそう呟くと、最後の力を振り絞ってレオの手を振り払う。その時、澄んだ声が響き、レオを優しい魔力が包んだ。

「魔力転移……?」

 レオの視線の先には藍色のローブをきた女が立っていた。目を覚ましたソフィーナがレオに魔力転移の詠唱を行っていたのだ。

 みるみるうちに魔力が漲ったレオは回復魔法を最大限に展開する。アルジャンの傷が塞がり、それでもまだ止まらない。

「みんな治してくださいな、騎士様」

 ソフィーナが柔らかく微笑むとレオはさらに力を強め、回復魔法の領域が広がりソフィーナも村人たちもみるみるうちに傷が塞がっていく。

 ウェルホーク村を包む優しい光は朝日と溶け合いふわりと姿を消した。レオは寝息を立てる勇者のそばに腰を下ろして安堵のため息をついた。

 旅立つ前に前任の騎士だった父が「勇者は他の人間のために自らを犠牲にする、いわば囮になる。そんな存在のようだ」と言ったことをレオはやっと理解できたような気がした。

「レオ・キルマージュ殿」

 ソフィーナは魔力転移をやめてレオの方へ歩み寄ると敬礼をしてみせた。

「助けてくださり、感謝申し上げますわ」

 レオは今まであったこと、ソフィーナも操られていたことを告げると彼女は深く謝罪し再度レオに感謝を伝える。

「ソフィーナ嬢、少女に化けた魔物。その上鉱石のネックレスに触手が潜んでいたなど予想もしなかったことです」

「ソフィーナでいいですわ。だって私たち……もう仲間でしょう?」

「さっきの、魔力……ありがとう」

「いえ、当然のことですわ。レオ様」

「レオでいいよ」

 ソフィーナは水色の長い髪を揺らした。異世界に来たレオにとってみると不可思議な色で非常に魅力的にうつる。藍色のローブは彼女の瞳に合わせて仕立てられたのかとても似合っていた。

「レオ、貴方はこの世界の希望ですわね」

「帰って報告しないと。それにソフィーナの勲章ももらわないと」

 レオは眠ったままのあるじゃんを抱え上げると立ち上がった。ソフィーナもその後に続く。

「けれど、本当にレオが勇者のパーティーに入ってしまったなんて。嬉しいような、寂しいような」

 ソフィーナが少し悲しげに言ったのでレオは首を捻る。

「どうして?」

「あら、忘れてしまわれたのですか? アルベルティ侯爵家とキルマージュ侯爵家は幼い頃から縁談の話があがっていたじゃありませんか。けれど、我が両親が私を勇者のパーティーメンバーにするため正式には縁談を組まずに……」

 レオは必死に過去の記憶を辿る。

 アルベルティ侯爵家は代々伝わる魔道騎士の家系でそのほとんどが勇者パーティーに所属したことがあるという優秀な血筋である。そのうえ、キルマージュ家と同じく侯爵の爵位を持ち同じ年頃の男女がいるとなれば縁談の話は自然とあがってくる。

「あぁ、そうだったな」

 レオは過去の記憶をまた一つ取り戻す。アルベルティ家とキルマージュ家は旧知の中で、ソフィーナがやっと生まれた力を持つ令嬢であること。そして、彼女こそがレオの婚約者第1候補であったこと。

 ただ、同じ家系から勇者または勇者パーティーのメンバーは選ばれない傾向にあるためソフィーナとの婚約は避けるべきだとアルベルティ家が判断したこと。

 そして、幼い頃ソフィーナがレオのことを慕っていたこと。

「レオが騎士様でよかった」

 ソフィーナはじっとレオを熱く見つめた。

「そうかな」

 レオは恥ずかしくなって目を逸らすと「帰りますか」と城に向かって歩き出した。この世界では一夫多妻制が許されている。勇者をアルジャンに譲っている分、このくらいは欲張ってもいいのではないか、とレオは貪欲さを取り戻していた。

「これからは堂々と貴方の隣を歩けますわ。ふふふ」

「そんなふうに笑うんだな」

「どういう意味ですか? レオ」

「いや、学園にいた時は麗人って感じでとても冷たい印象を受けたからさ。多分、アルジャンもそう思ってるはずだ」

 確かに、レオもソフィーナとの過去の記憶を取り戻す前は学園の中でみた冷たい印象の彼女だったので正直驚いていた。

「それは……本気で勇者になるために私も頑張っていたのです。残念ながら魔道士でしたけれど」

「君が魔道士で嬉しいよ、俺は、すごく心強い」

「レオがそう言ってくれるなら、私もそれでいいのかもしれませんわ」

 ソフィーナが微笑むとレオは心臓が高鳴った。それは単純に彼女が美しかったからとか、死闘の後で体がおかしな興奮をしていたからとかではなく何か、心の奥底で動くものを感じたからだ。

(もしかすると、本物のレオはソフィーナを愛していたのかもしれないな)

「これからよろしく」

「はい、レオ様」

 ソフィーナはそっとレオの頬に口づけをして恥ずかしそうに小走りで城門に向かっていった。その姿があまりにも可愛らしくてレオは心臓が握りつぶされそうになる。

——俺には、エレナという人がいるというのに……!

 ちょっとの罪悪感を抱えながらもレオはいわゆる「ハーレム」を作れるんじゃないかという邪な気持ちの間で揺れるのだった。

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