第21話 北の洞窟


 背中に激戦を感じながらレオは北の洞窟へと足を滑り込ませた。落ちていた松明に火をつけて足速に奥へと歩いていく。

 そして、ポーチの中に入れてあったあの星形鉱石のネックレスを取り出した。昼に見た時とは違って不気味な触手がうにょうにょと蠢いていた。

(やはり、魔法石の原石だ。となれば同じ原石から切り出されたものはすべてリンクしているのは当然。そのリンク機能を使って触手を伸ばしているってことだ)

 レオは持っていた鉱石の触手を火の魔法で燃やしたあと、意識を集中させる。すると、洞窟の奥に大きな魔力。レオはそちらに向かって走り出した。

「アルジャン、死ぬなよ……」

 洞窟の中は、ゴツゴツとした通路になっている。おそらく、この洞窟は鉱石を求めて掘り進められた結果、深くなっていったようだった。奥に入れば入るほどひんやりと温度が低くなり、暗くなっていく。

——ゴン、ゴン、ぐにゅぐじゅ

 何かを叩くような音と、触手が動く嫌な音が響いてきて、レオは足を止めた。ポッカリと開いた広い空間の真ん中に大きな魔法石の原石の岩が、岩だったものがうごめていている。

「おやおや、我が触手を見つけたか。ククク……けれど岩の中に巣食う心臓に到達できるかな?」

 洞窟の中に大きく響く声、それはあの魔法石の原石からだった。

 小さな1階建ての住居くらいの大きさがある岩から無数の触手が伸びグジュグジュと怪しい音を立てている。触手のせいで大岩が揺れゴンゴンと大きく音を響かせ、鉱石のカケラを飛び散らす。

(まずは、触手を燃やして……できた隙間に剣を突き刺すとかか)

 レオは特大の火魔法を展開し、一気に放出した。植物属性の触手に大ダメージを与える火魔法はレオにとって得意中の得意。

「全力だ!」

 さらに火力を強め、レオは腕を前に突き出した。すると、胸に光る緋色の魔法石が煌々と輝き出す。

(これは番犬の証……?)

 魔法石の魔力はその色によって変わる。火魔法は赤系の魔法石、水魔法は青系の魔法石といったように。

 番犬の証であるブローチにはめられて緋色の魔石はレオの火魔法と共鳴する。豪炎となった炎は触手どころか原石そのものを真っ赤に溶かしていった。

「ぐぅぅ……リーティアさまぁ」

 魔物の気配が消えると同時に聞こえた声。

「リーティア……?」

 受け止めたくない現実と、それから友人の危機にレオは再び走り出した。



*** 一方 ウェルホーク村では ***


「くそっ……!」

 アルジャンは防戦一方で全ての攻撃を受け流し、致命傷を与えることはできない。なによりもソフィーナ嬢の攻撃が凄まじく、一撃の範囲も攻撃力も魔物の比にならないものだ。

 幸い、得意な土魔法で土を隆起させて魔法を阻んだり、打ち消したりしながらなんとか耐える。けれど、魔力は尽きもう土魔法は使えない。

 その上、アルジャンの左手はもう使い物にならず肩で息をするだけでズキズキと痛んだ。

(レオなら……どうする?)

 アルジャンは今までの学園生活を後悔していた。いつだってレオと一緒に過ごし、頭が良く優しい彼に頼りきりだったのだ。地頭がよくなんでもこなすレオはいつだってアルジャンの憧れで彼のようになりたいと心から思っている。

(俺が死んでもレオがきっと……)

 一際大きくソフィーナ嬢が詠唱をすると、上空に大きな水が浮かび上がった。そしてその水の周りを緑色の魔力がぐんぐんと巡り大きな風に煽られて無数の氷の刃に変わる。

「複合……魔法?」

 周りを探しても障壁になるようなものはない、アルジャンは死の覚悟をして剣を握り直した。無数の氷の刃が降り注げば無事ではいられないだろう。けれど、剣でいくつかを弾くことができればとアルジャンは考えたのだ。

「うぉぉぉぉぉ」

 アルジャンが死を覚悟して叫んだ時、数メートル先に立っていたソフィーナ嬢が突然意識を失い崩れ落ちるように倒れた。

(まさか、レオが倒したのか⁈)

 アルジャンがホッとしたのも束の間、ソフィーナの頭上にあった氷の刃は行き先を失い彼女に降り注ぐ。

「いけないっ!」

 アルジャンは飛び込んで彼女を突き飛ばし、身代わりになった。身を丸めて頭を守る彼の上に氷の刃が降り注ぐ。背中、腰、足に無数の刃が刺さり、ぐったりと倒れ込んだアルジャンに近づく足音があった。

「レオ……?」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「リーティア、無事かい?」

 少女はアルジャンの顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。震えたような声で「お兄ちゃん」ともう一度彼を呼ぶ。

 それは恐怖からの震えではない。

「っ……っ、あははははははは。星の魔女様! 私、勇者をころしましたよぉ。あははは、あははは。イービル、イービル。こいつの首を刈り取ってちょうだい」

 アルジャンの首にヒヤリとした大鎌が当てられる。リーティアの指先からは透明な魔法の糸が伸びている。それは死神と繋がっておりリーティアの動きに合わせて死神がゆらゆらと動いた。

「可愛い可愛いイービル人形はね。星の魔女様にもらった私だけのマリオネットなの。素敵でしょう? 魔力でできたマリオネットにはどんな攻撃も効かない」

 リーティアは自慢げに語るとボリボリと頬をかきむしった。剥がれた少女の皮の下から木のようなものがのぞく。

「勇者さま以外、みーんな敵だったんだよ? 最高でしょ? 可愛い触手ちゃんは死んだけど……アハハハ。鉱石に触手ちゃんを仕込んで、魔法石がリンクするのを利用して村人たちをずっと操ってたの。でもね、城へ攻めなかったのは勇者を誘き出して殺すため。あの伝令兵を逃したのも、ソフィーナちゃんを囮にしたのも……ぜーんぶ私の考えなの! 星の魔女様! このリーティアに祝福を!」

「うっ……」

「私のこと、一生懸命守ってくれてありがとうね? ユウシャサマ」

 リーティアは、ボロボロと皮を落とした。少女の皮の下は古い木のマリオネット人形だった。カタカタと不気味に口を動かして、緑色の魔法石でできた目がアルジャンを捉える。

「さ、死んで!」

 リーティアが大きく手を振り上げた。魔法の糸で繋がった死神が鎌を振り上げる。

(レオ、ごめん……)

 アルジャンはぐっと目を閉じた。その時、目を閉じているアルジャンにもわかるくらい眩しい閃光が走った。

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