第20話 実態のない魔物


「レオ、レオ!」

 アルジャンの声と体を揺さぶられたレオは目を覚ました。ひんやりと冷たいのは土の上に転がされていたからだ。

 レオたちは村の牢屋に閉じ込められており、びゅうびゅうと隙間風が吹いていた。

「アルジャン、これって」

「多分、お茶に何か入ってたんだ。まさか、そんな」

 アルジャンは悲しそうに俯くとため息をついた。

「アルジャン、行こう」

「いくって、村人が敵なんだぜ。どこにいくんだよ」

「勇者様、いいか。俺らの任務は?」

「ソフィーナ嬢を救うこと」

「だろ? だから、いくぞ。アルジャン、行けるか?」

 アルジャンは力強く頷くと大地に手のひらを当てると短い詠唱する。レオは一歩下がって腕を顔の前で組んで防御の体制をとった。

 次第に大地が隆起しはじめ、ゴロゴロと揺れる。そしてドカンと大きな揺れと共に牢屋自体を隆起した大地がぶち上げた。レオは降りかかる泥や小石を振り払いながら立ち上がると、アルジャンと並ぶように歩いた。

 牢屋から出た2人を包むのは夜空だった。異様な雰囲気に2人は剣を抜く、まるで姿の見えない獣に囲まれて、四方八方から狙われているような感覚だ。

「全員敵……か、レオ、くるぞ!」

 物陰から飛び出してきたのは、あの老人だった。しかし、昼間の優しい表情とは違い、目は血走り歯を剥き出しにしてレオたちを威嚇している。

 老人の後ろには同じように様子のおかしい村人たちがクワやら鎌やらを持ってジリジリと近寄ってきていた。

(ゾンビかよ……)

 さながら、レオは前世でのゲームを思い出した。

「アルジャン、こいつら気絶させるぞ!」

 振り下ろされる農具を避けながらレオが声をかけると、アルジャンの瞳におかしなものが映った。

 それは、星形に加工されたネックレスだった。ただ、昼間見た姿とは違い村人たちの胸に張り付き触手のようなものが村人たちの胸に食い込んでいたのだ。

「レオ、胸の鉱石だ!」

「わかってる!」

 アルジャンに集まる村人たちの胸元を狙って2人は薙ぎ倒していく。鉱石を剣で突くと簡単に割れ、触手がキィィィと鳴き消滅する。すると、村人のぐったりと倒れ、顔色が穏やかになった。

(アルジャンを狙う分、俺は動きやすいな)

 レオは少しだけ余裕が出て、村を見渡した。昼間には10人程度しかいなかったはずがどこからともなく湧き出して数十人になっていた。けれど、騎士として訓練を積んでるレオやアルジャンにとって彼らを倒すことは造作もない。

(リーティアは……確か首飾りをしていなかったはず)

 レオは少女リーティアのことを思い出して、そして最悪の事態に気がついた。

「アルジャ……」

 レオが最悪の事態を伝えようとした時、大きな火炎玉が2人を襲った。レオは剣でなんとか弾き、アルジャンは横っ飛びしてなんとかそれを避けた。

 砂煙の中、凛とした姿が見えた。

「なんだ……今の」

「アルジャン、まずいぞ。ソフィーナ嬢だ」

 煙が風に舞い、2人の前に姿を現したのは紛れもなくソフィーナ嬢だった。藍色ローブ、赤・青・緑・黄色の4大魔法を魔法石をあしらった樫の杖を振り上げている。彼女の首元にはあの麻のネックレス、レオの嫌な予感は的中だった。

 彼女の胸にはあの鉱石が食い込んでいた。鉱石から生えた触手が胸に食い込み鎖骨から首にかけての血管が青々と浮いている。

「まずい、まずいぞ!」

 ソフィーナ嬢の杖からは次々に4種類の魔法が飛んでくる。火炎玉が飛んできたかと思えば水魔法に足を取られるし、大きな岩が降ってくる。風魔法でうまく進めず目を開いているのですらやっとだ。

 防戦一方でいるとさきほど倒した村人たちが起き上がり「ぐぉぉぉ」とアルドに掴みかかった。

「くそっ! 鉱石は壊したのに!」

 レオはアルドにつかみかかった村人を突き飛ばすが、キリがない。その上、ソフィーナ嬢の落石攻撃を避けなければならない。

「多分、本体を倒さないとダメなんだ! アルジャン、実態のない死神みたいな魔物を探そう」

「いるぜ……ソフィーナ嬢の後ろだ」

 アルジャンが指先した先、ソフィーナ嬢を操る人形師のように浮かんでいる大きなボロ布。左には大きな鎌を持つ骸骨の手がチラリと見えた

「ソフィーナ嬢を倒さないと触れないってか。アルジャン、一気に片付けるぞ」

「よし、コッチだ!」

 アルジャンはレオより先にソフィーナ嬢に向かって飛び出していった。村はもう壊滅状態、倒れた木材や家を利用してアルジャンは華麗にソフィーナ嬢の攻撃をかわす。

 一方でレオは正面からぶつかるアルジャンとは違って一度脇道にそれてソフィーナ嬢の横まで一気に走り抜ける。物陰に隠れ、彼女の動きの隙を伺った。

「よし、受けてみろ!」

 アルジャンがソフィーナ嬢と剣の間合いに入ると思い切り突きを繰り出した。当然のごとく、ソフィーナ嬢は杖でそれを弾くが大きくのけぞった。

「今だ! レオ!」

 今度は横から飛び出てきたレオが大きく飛び上がるとのけぞったソフィーナ嬢の胸に剣をガシンと当て彼女の胸に食い込んだ鉱石を叩き割った。レオはそのまま倒れたソフィーナ嬢を端っこへと転がすと、今度は魔物の方に向き合った。近寄ってみると、まさに「死神」といった風貌の魔物はふわふわと黒いボロ布を揺らし大鎌を振り上げた。

(っても魔法も剣も効かないんだよな……どうしようか)

 レオがアルジャンの方をみると彼はソフィーナ嬢の魔法をくらったらしく右肩を押さえ息を荒くしていた。

(考えろ、考えろ……)

 繰り出される大鎌での攻撃を弾き、試しにレオは火の魔法を打ってみるが死神は吸収したのか消滅させたのか全く効かない。

 次に、大鎌の攻撃を避けた後、唯一視認できる骨の腕を剣で叩いてみるがびくともしない。

 今度はアルジャンが土魔法で攻撃するも死神の体を岩が貫通するだけだった。

「レオ、どうする?」

(死神といえば闇……夜にしか現れない。となれば朝まで粘って……いや、消えられたら意味がない)

「アルジャン、ソフィーナ嬢を連れていったん引く……っ!」

 とレオが撤退を提案しようとした時、2人の後方から熱風が吹き、ぐわんとのけぞった。炎の竜巻がいくつも巻き起こっている。その中心にはソフィーナ嬢が手を掲げて詠唱を続けていた。

「くそっ……」

「助けて! お兄ちゃん!」

 隠れていたであろうリーティアが炎の竜巻から逃げ惑い悲鳴をあげた。彼女はソフィーナ嬢の首飾りをつけていたおかげで支配されていなかったらしい。

「リーティア!」

 アルジャンが走り出し、少女を庇うように覆いかぶさった。土魔法でなんとか燃えずに済んだが、少女を庇うために彼は剣を手放してしまっていた。

——北の不思議な洞窟でこうした綺麗なお石様が取れるのよ

 あの鉱石がソフィーナ嬢を操っているのだとしたら? その元凶はあの洞窟にいるのではないかそんな考えがレオの頭に思い浮かんだ。

「そうか……アルジャン。洞窟だ! きっとあの鉱石を掘った洞窟の中に本体がいる!」

「レオ、ここは俺にまかせて洞窟に行ってくれ!」

 アルジャンはそういうとリーティアを安全な岩の影に座らせ、大声を出しながら反対方向へと走った。すると、死神もソフィーナ嬢も村人たちもアルジャンの方へ注目する。

 レオは洞窟に向けて走り出した。

(死ぬなよ……アルジャン)




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る