第19話 ウェルホーク村


「いってまいります」


 城門を出る勇者一行は歴代で最少人数。騎士と衛生騎士が兼任。魔術師は不在。さながら、2人は訓練にでもいくように並んで城門を出た。

 2人はできるだけ、恐怖心を抱かないように振り返らず城門が締まる音を背中で聞いた。訓練用とは違う鎧に剣、戦うことに特化した最小限の荷物。軍の精鋭部隊や前線部隊とは別に動く勇者一行。


「アルジャン、くるぞ」

「わかってる!」


 勇者の勲章は魔物を誘き寄せる魔力を持っている。魔除けの魔法がかかった城壁の外に出れば、その辺にいる魔物が目の色を変えてアルジャンの周りに集まり唸り声を上げた。

 レオとアルジャンは飛びかかってくる、スライムや下級の混合獣キメラを倒しながら目的地であるウェルホーク村へと向かった。

  学園でもトップクラスの成績の2人にとってこの辺りの魔物を倒すのは造作もないことで余力を温存しながら、しかし1匹でも多くの魔物を倒した方が良いと判断して悉く薙ぎ倒した。

「アルジャン、走るぞ」

「わかった」

 剣を持ち、利き手ではない方は魔法を放ちながら駆け抜ける。半液状の魔物スライムの群れはレオの火魔法で蒸発し、飛行型混合獣はアルジャンの風魔法でバラバラに吹き飛んだ。

 レオ自身も驚いたが、厳しい訓練の成果もあってか体力が尽きることなく2人は半日近くこうして走り続け、気がつけばウェルホーク村が見えてきていた。ウェルホーク村は頑丈な囲いの壁に囲まれていて、つい昨日まで前線部隊がいたこともあって、外壁には魔物避けのワナなどが仕掛けられていて、物々しい雰囲気だった。

 


*** 数時間前 ***


 レオの応急処置により命を取り留めた伝令兵スミスはウェルホーク村での任務失敗についてこう報告した。


「ウェルホーク村はとある魔物の出現により、半壊状態になっておりました。それは、夜だけに現れる【死神】と呼ばれる恐ろしい魔物にございます。剣も弓も効かぬ体を持ち、顔はなくまるでぼろ布が浮かんでいるような……しかし大鎌を振り回し騎士たちの命を……」

 スミスは失った腕を見つめ悔しそうに「私も」と呟いた。

「スミス殿、どうしてソフィーナ嬢は連れ去られたと?」

 レオの質問にスミスは少し考え込んでから

「今夜に星の魔女への贄にすると、そう言っていたような気がします」

「贄……、スミスさん。他に何か思い当たることはありませんでしたか?」

 アルジャンが質問するとスミスは思い出したように

「昨夜は走っても走っても足が進まず、腕を切り落とされ、村からだいぶ離れた頃に足がまともに動くようになりました。もしかするとあの魔物は何か空間魔術のような騎士たちの動きを弱くするような魔法を使うのかもしれません」


*** *** ***



「もしかして、勇者様?」


 ウェルホーク村の入り口でレオたちに駆け寄ってきた少女はボロボロのフードを被り、土まみれのスカートの裾はほつれ、四肢は痩せてしまっていた。


「あぁ、そうだよ。アルジャンだ。こっちはレオ」

 アルジャンは少女の背丈に合わせるようにしゃがみ込むとにっこりと笑った。

「あのね、お姉ちゃんが」

「お姉ちゃん?」

「ソフィーナお姉ちゃん。これをくれた人」

 ルビーがあしらわれた首飾りを指差して少女は悲しそうに笑う。ソフィーナ嬢は戦場以外では慈愛に満ちた人間らしいとレオは察した。

「僕たちはソフィーナお姉ちゃんを助けにきたんだ」

「じゃあこれ、お守り」

 そういって少女がポケットから取り出したのはクリーム色の鉱石を星形に加工した石に麻紐を通しただけの首飾りだった。

「これは……?」

「これはね、ウェルホーク村に伝わるお守りなの。今は魔物の巣になってしまってるけど、北の不思議な洞窟でこうした綺麗なお石様が取れるのよ。村人みんなが生まれた時にもらえるものなの。今はほとんど取れなくなっちゃったけど……」

 レオとアルジャンは首飾りを受け取って腰につけてあるポーチに入れた。というのも、首まで覆う鎖帷子を装備しているからだ。

「おやおや、リーティア。その方々はもしや」

「おじいちゃん、勇者様が助けにきてくれたよ」

 リーティアが駆け寄った老人はフードを脱ぐと、傷だらけの顔を見せた。ウェルホーク村は近くの洞窟で取れる不思議な鉱石を加工して生計を立てている村だ。彼も衰えてはいるものの筋骨隆々でその面影は新しい。

「勇者様、わが村はもうおしまいです。先日、前線部隊とソフィーナ様が……」

「ソフィーナ嬢が連れ去られたと聞きましたが」

 レオの言葉に老人は「とりあえず、我が家へお越しください」と踵を返した。村にはほんの10人と少しくらいしか人はおらず閑散としている。

 住居の数を考えれば、どれだけの村民が死んだのだろうと考えるのも恐ろしいほどでレオとアルジャンは顔を見合わせる。


 老人は村の奥にある一際大きいな住居のドアを開けると2人に入るように促した。リーティアはその周りをちょこまかと動き回る。

「おじいちゃん、リーティアお茶をいれてくるね」

「あぁ、リーティア。よろしく頼むよ」

 手入れがされていないからか、昔は綺麗だった名残のある民家に入ると、レオとアルジャンは小さなダイニングセットの椅子に座った。かけたカップに入れられた紅茶が置かれる。

「ある日、夜になるとあの魔物が現れるようになったのです」

「姿を持たない魔物……ですか」

「はい、前線部隊の皆さんが剣や弓、魔法で応戦するも全て無意味でございました。そして、ほとんどの騎士を殺戮した後ソフィーナ様だけを連れ去り、こう言ったのです」


——星の魔女様の贄にする


 紅茶は渋く時間が経ったような味がした。

「魔物の居場所は?」

「それが……夜になると村の付近に突然現れるのです。どこからやってきてどこへいくのか……ソフィーナ様はどこへ」

 レオは前世、つまりは現代日本にいた時のことを思い出し考えた。仮に、ファンタジーゲームなどであれば「実態を持たない系」の敵はどこにいるだろうか。レオは知る限りのアニメやゲームを思い出す。

「なぁ……レ、オ」

 アルジャンが額を押さえ、ぐらりと揺れる。

「アルジャン……? だいじょ、うぶか?」

 アルジャンを心配しようとしたレオの視界が歪んだ。ぐらり、椅子から落ちる体を支えることもできず、レオは倒れ込む。うっすらと見える視界には死んだような顔の老人とリーティアの姿が映った。

(盛られた……か)

 レオは意識を失う寸前にRPGゲームのあるある「村人が敵」を思い出したのだった。






 

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