第18話 エレナとレオ


 レオはその後すぐにエレナを連れて屋敷に戻った。というのも、前線部隊のほぼ全滅という緊急事態にパーティーどころではなくなりすぐに解散となったのだ。

「おかえりなさいませ、ディノア奥様、レオ様、エレナ様」

「私は部屋に戻るわ。じいや」

 ディノアは早々にお付きの執事を呼ぶと部屋へと向かう。

 メイドのセイディはレオとエレナに挨拶をするとにっこりと微笑んだ。レオは、国王陛下が彼女の名前を知っていたことを思い出し、セイディをじっと見据える。

「れ、レオ様?」

「セイディ、君は国王陛下にお会いしたことがあるかい?」

 セイディは不思議そうに首を傾げると「いいえ」と答えた。

(そうだよな)

「そうか。セイディ、君はエレナの方についてやってくれ。僕は明日の準備をしないと」

「はい、かしこまりました。エレナ様、お部屋でコルセットを外しましょうか」


 レオは自室へと戻って着替えたあと、入浴を済ませる。その間に軽めの夕食を用意させ、食堂へと向かう。

 その間、ディオレスも戻ってきたようで彼はレオに声をかけた。

「レオ、ついに明日から任務だ。良いか、お前は勇者パーティーの二つの役目を与えられているんだ。必ず……いや、父親としては『生きて戻れ』と言わせてくれ」

 総司令としての顔が少し緩み、ディオレスは目を細める。

「はい、父上」

「勇者の勲章についている虹色の魔法石について、だが……あれには特殊な力がある」

「特殊な力?」

 運ばれてきたパンとチーズ、肉のスープを食べつつディオレスは続ける。

「あれは、あの魔法石は魔物を引き寄せる力を持っている」

「魔法石が魔物を引き寄せるのは、通常というか……」

「いや、あれは特別な代物でな。俺も最初は驚いたよ。城壁を一歩出ると魔物が勇者に向かって襲いかかってくるだろう。つまり……いやこれは俺の感想だが、勇者は他の人間のために自らを犠牲にする、いわば囮になる。そんな存在のようだと……」

 ディオレスの瞳に悲哀の光が宿ると、レオは先代勇者が彼の友人であったことを思い出し、自分とアルジャンを重ねた。

「そんな……」

「騎士は、民だけなく勇者を守る存在だ。レオ、お前は……お前には失ってほしくない」

「はい、父上」

 レオは父の表情や声色を感じ、ついこの前まで「1番」だとか「2番手」だとか気にしていた自分が恥ずかしくなった。そして、自分に与えられた使命の重さにやっと気がついた。

「必ず、すべての魔女を倒し魔物の核を壊し……アルジャンと共に生きて戻ります」

「あぁ、とはいえしばらくの拠点はこの国になるはずだ。一つ一つ、任務をこなしなさい」

「はい、父上」

「あら、私にも良いかしら?」

 まるで空気でも読んだみたいに良いところで食堂に現れたディノアは使用人にそう伝えると息子を愛おしそうに見つめた。

「ディノア、これから私もレオも忙しくなるだろう。家のこととエレナを頼むよ。きっと、不安に思っているはずだ」

 ディノアは「そうね」と心配そうに眉を下げると運ばれてきた食事に口をつける。

「母上、エレナのことですが僕から少し提案が」

 レオの提案を聞いてディノアとディノレスは顔を見合わせる。そして、それを承諾した。


エレナは結局、部屋に戻ったまま食堂には現れなかった。



「入るよ」

 寝室にレオが入ると、いつもはついているはずの柔らかいランプの灯りもアロマの香りもしなかった。ただ、ベッドに座って肩を震わせているエレナの姿があった。

「エレナ?」

「レオ様……」

 レオはそっと彼女の前に跪くと彼女の手を握る。レオは転生前の記憶を辿ってみる。

 エレナと初めて出会った時、レオはとても綺麗な子だと思った事。エレナの人柄に触れてとても好きだと思った事。けれど、勇者を目指すものとして騎士を目指す元のして命を落とすことでエレナを悲しませないために彼女を必要以上に愛するのをやめた事。

(だから、レオはエレナを公娼として割り切ったような接し方をしてたのか)

「僕は生きて戻る。心配いらない」

「わかっています、けれど……」

 レオを見つめるエレナの瞳には涙がたっぷりと溜まり、窓から差し込む月明かりに反射して幻想的なほどに美しかった。

「僕は信じられない?」

「信じています。けれど……」

 レオはエレナの手をきゅっと握るとじっと彼女を見つめた。転生前、自分のために泣いてくれる女性など母親以外にいなかった彼には初めてのことだが転生前のレオ・キルマージュの気持ちと今のレオの気持ちが折り重なったように溢れ出た。

「先ほど、エレナを僕の夫人候補にするように二人に掛け合ってきた。もちろん、返事はOKだ」

「えっ……」

 突然のことにエレナは言葉を失って目をパチクリとさせた。

「僕たち貴族は政治のために相手が用意されて、しばしば断れないことがある。だから、候補……にはなってしまうけれど。それでも、エレナとずっと一緒にいるためにそうしたいと思ってる」

 実際、両親に話した時も同じようなことをレオは言われていた。ディノアが王族の血を引いていることから同じようにキルマージュ家よりも爵位の高い家から婚約の打診があれば断るのは難しいかもしれない、と。

 レオにはこの世界での政治についてよくわからなかったが一旦、前の世界の中世をベースになんとか落とし込んで「妾ではなく候補」にエレナを昇格したいと伝えたのだった。

「けれど、エレナは子爵家の」

「関係ない。僕がそうしたいんだ」

(多分、本物のレオ・キルマージュもそう言うはずだ)

 レオの言葉にエレナは泣きながら笑顔になって「はい」と答えた。転生前の人生もいれて初めての告白(?)に成功したレオは胸を撫で下ろした。

 レオは転生する前のレオ・キルマージュの記憶を取り戻すたびに、どうしても不思議な気持ちに襲われる。


——レオ・キルマージュの魂はどこにいったんだ?




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