3章
第17話 舞踏会と初めての任務
舞踏会宮殿は豪華絢爛でとても広い会場だ。
ずらっと並んだ食事にお酒、ステージ方では踊り子が舞い音楽隊は美しい旋律を奏でている。
「レオ〜! あっちにすごいうまいご飯があってさ!」
一足遅れて会場にやってきたレオとエレナは両手に肉を持ったアルジャンに迎えられた。任命式を終えてすっかり緊張がほぐれたらしい。
「おぉ、そうか」
「レオたちは食わないのか?」
「挨拶回りが終わったらな」
と離しているうちに一人目がレオに声をかける。見たこともない男女だが風貌からしてどこかの上級貴族だろう。
「レオ・キルマージュ殿、エレナ嬢」
順に挨拶の握手を交わしそれから男はディオレスと親交のあるスレッチ伯爵夫妻だと名乗った。
「レオ殿の代になっても引き続きよろしくお願いいたします」
「僕たち共々未熟者ではございますが……」
形式的な挨拶をして、スレッチ夫妻が去っていくと次から次へとディオレスと親交のあった・ある・したい貴族たちがレオたちに挨拶をする。
エレナのために水をもらいに行こうにも一歩歩くごとに呼び止められ、初めて見る貴族たちに自己紹介をされ笑顔を振りまく。
先ほどまでは「史上初めての騎士と衛生騎士」という勇者よりも目立ったことで少し喜びを感じていたが、そんなレオに群がる人たちの邪推な視線に嫌悪感を感じるようになり始めた。
(これが貴族社会……大変なんだな)
レオは横にいたエレナに目をやると、彼女は気丈に振る舞っている。転生者のレオと違って幼い頃から貴族社会に生きている彼女は慣れっこだ。
アルジャンの方を見ると楽しそうに食事を取っているが、周りにはあまり人はない。
(平民の出身だからか……それとも……?)
「失礼します」
レオは長い自慢話をしていた男爵にそういうとエレナの手を引いてアルジャンの元へと歩み出した。
「レオ様?」
「少し腹がすいたよ」
「まぁ」
「アルジャン、どれが美味かった?」
アルジャンはレオを見つけて嬉しそうな顔をする。彼は口の端にソースをつけ、わんぱくな子供のようだった。
「おい、口。勇者様、ちゃんとしてくれよ」
アルジャンは胸ポケットに入れていたハンカチで口元を拭った。
「あそこにあるチキンが美味かった。あとフルーツがとても甘くて」
「エレナ、何か食べられそうか?」
「いいえ、遠慮しておきます」
レオはしょんぼりとコルセットを撫でながら俯いたエレナを見て、彼女を抱きしめるように腕を回すとそっとコルセットのリボンを緩めた。
「まぁ、ディノアお母様にお叱りを受けてしまいますわ」
「母上のやり方が悪かったんだ。さ、少しいただこうか」
レオは近くにいた使用人に「彼女のために料理を」と頼んでプレートにいくつかの料理を少しずつ盛り付けさせた。
「レオ・キルマージュ殿。エレナ殿。お待たせいたしました」
使用人から皿を受け取って礼を言うついでにレオは
「今夜、急病で参加できなかったお方がいてね。料理を包んでくれないか」
と頼むと使用人は少し不思議そうに首を捻ったがレオが「勇者様のご家族に」と付け足すと急いで裏へと走った。
レオたちはその後も挨拶も程々に食事を楽しんで舞踏会の時間を過ごした。王族たちは区切られた奥のスペースにおり、レオはシノアとレックスの視線を何度か感じてそちらに敬礼したが、さすがにそこへ入ることはできなかった。
「エレナ、少し踊るかい?」
「まぁ、是非」
なんて、体が社交ダンスを覚えてくれていることを祈りながら誘ったレオはエレナの手を取った。朝から飲まず食わずだったからか随分顔色がよくなっていて、より一層美しくなっている。
一方でアルジャンは母へのお土産を抱え、独身御令嬢たちに囲まれ困っているようだった。女っけの彼はレオに「助けて」と視線を送ってくるが、レオは愉快で見えないふりをする。
「アルジャン様、いいんですの?」
「いいんだ、勇者様は女の一人や二人いた方が」
ゆるくエレナの腰に手をあてて、片方の手は握り合い額を寄せ合って音楽に合わせてゆっくりと足を動かす。
「本当に仲がよろしいんですね、ふふふ」
「まぁ、そうかもな。アイツにはかなわん」
レオは少し諦めのついたような微笑みを浮かべると、エレナはそっと彼に頬を寄せた。
「なんだか、少し前からお人が変わられたようだわ」
「そうか?」
「えぇ、まるで別人のよう」
レオは背筋がヒヤリとする。別人どころか、異世界からやってきたのだ。不思議なのは吉田礼央の体のままやってくる「転移」でもなければ、赤ん坊として生まれる「転生」でもないことだ。
ある程度まで成長したレオ・キルマージュという青年の中に転生した形なのだ。たとえば、これが有名なゲームの中であったり本の中のキャラクターであれば理解できそうなものだが、レオ・キルマージュという人物をレオは知らない。
「そうかな?」
「エレナは……今のレオ様も、お慕いしていますわ」
いい雰囲気になっていたと言うのに、大きな音を立てて大扉が開いたせいでエレナとレオはぶつかっていた視線を外す。
出入り口の大扉の方は慌ただしく、周りにいた近衛兵や貴族方が顔を見合わせたり口々に何かを話している。
「アルジャン」
レオは、嫌な気配を感じてエレナを後ろに隠しつつアルジャンに声をかけた。アルジャンもレオの声色に気がついて駆け寄ると、手土産をエレナに渡しいつでも戦闘が取れるような体制になる。
「なんだ? おかしな雰囲気だぞ」
「あぁ、遠く見えないが……大扉から何かが入ってきたみたいだ。それに、近くの人たちの表情が……あれは!」
貴族たちの山をかき分けて、こちらへ向かっていたのはボロボロになった伝令兵だった。動かなくなった片足を引きずり鎧はほとんど剥がれ落ち、左腕は食いちぎられたのか存在せず、血の染みた包帯で応急処置がされていた。
「どいてくれ!」
レオは伝令兵が目に入ると人々をかき分けて彼に駆け寄る。伝令兵は総司令ディオレスの前でついに倒れ込んだ。レオは彼をなんとか受け止めて床に寝かせる。
「伝令……伝令……イルゴマール地方ウェルホーク村……部隊は全滅……ソフィーナ様は魔物に連れ去られ……」
「もういい、わかった」
レオは、両手を彼の体にかざすと目を閉じて回復魔法を展開する。その瞬間、「おぉ」と周りが声を漏らした。淡い光がレオと伝令兵を優しく包み、兵士の怪我がゆっくりと治癒していく。
一方でレオはさまざまな場所から流れている彼の命を必死に繋ぎ止めながら魔力を費やしていく。腕も、足も胸も頭も……兵士の命の光をこぼさないように。
しばらくすると、伝令兵は意識を失い静かに呼吸を繰り返した。くらり、とふらつくレオを総司令が支える。
「衛生兵、彼を治療院へ」
「はっ!」
レオの掛け声に白衣風の騎士服を着た衛生兵たちがゾロゾロとやってくると担架に伝令兵を乗せて出ていった。野次馬からは拍手と歓声が上がり、アルジャンとエレナは心配そうにレオを見守っていた。
「初任務だ。勇者御一行。明日、イルゴマール地方ウェルホーク村へ向かい、ソフィーナ・アルベルティを奪還せよ!」
総司令の言葉にレオとアルジャンは跪いた。
二人が勇者パーティーとして初めての任務は「仲間を助け出す」というものになったのだった。
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