第15話 問題児の王女様
「レオ様、何か心当たりが?」
マルセイはレックスを抱いたまま不安そうにレオに聞いた。レオはそっと胸につけられた緋色のブローチに触れる。
「これ、昨夜王女殿下からいただいたものなんですが……おそらくこれは王女殿下の持つ指輪の魔法石とリンクしているかと」
「あぁ、『王女の番犬の証』!」
レオはそっと緋色の魔法石に触れると目を閉じた。ひんやりした魔法石から流れる魔力が伝わってくるがレオの指先からのみだった。そのままレオは魔法石に集中すると東の方から同じ魔法石の気配を感じ取ることができた。
「東の方ですね。少なからずこの建物の外……心当たりはありますか?」
マルセイは、首を捻る。
「城の東側は建物もないですし……第3王宮は南西側……行ってみましょう」
二人は第1宮殿から出ると東へと歩き出した。マルセイが近衛兵の騎士服をきているおかげでどこの門番もレオとマルセイを快く通してくれる。
「マルセイさん、本当に心当たりありません?」
「あの、レオ様。その僕のことは呼び捨てで構いません」
「いや、でも」
「総司令の御子息で勇者様のパーティーの一員の方にそう……敬語を使われるとなんだか変な感じがして」
「ですが、騎士としてはあなたの方が歴が長いはずですよ。それに父は関係ないので」
「ははは……けど、この件で僕はついにクビになるかも……ハハハ」
「そんなこと言ってないで探しますよ」
マルセイはレオよりも少し年上なところを見ると5〜7歳ほど先輩だろう。王宮付きの近衛兵らしく物腰やわらかで、女性と言われたら間違えてしまうくらいには中性的な男性だ。
城の東側は確かに住居らしき建物はなかった。管理された庭園か続き、噴水や石のベンチなどが置いてある。ただ、魔法石の魔力からしてシノア王女に確実に近づいてはいた。
「彼女はいつもこんな感じなんですか?」
「違うと言ったら嘘になりますが、その……自由なお方です」
「城外まで言っていないといいけど」
「シノア様は、3王女の中でも一番と言っていいほど成績も優秀で魔力にも優れたお方。幼い頃は正義感も強くまっすぐなお方でした」
「マルセイさん、なんで過去形で話すのですか?」
マルセイは足を止めて腕の中にいるレックスをそっと撫でた。
「つい昨年に、王位継承権が発表されましたよね。我が国の王位は年功序列ですから、必然的にシノア王女は他の王女様たちよりも低かったのです。それから、問題行動が目立つようになって……僕は彼女の近衛兵なのになんの言葉もかけられませんでした。彼女が誰よりも努力をしていたのを見ていたというのにです」
日が暮れ始め、人のいない庭園には淋しい風が吹いていた。マルセイは俯いて悔しそうに唇を噛み締める。
「それ以来、塞ぎ込むようになって……やっとレックス様が宮殿にやってきて彼女が明るくなったと思ったのに……こんな」
「塞ぎ込んでいたんですか?」
「あぁ、『父上は私を見てくださってなかった』とそうおっしゃっていました。まだ、12歳にしてもう高等部の勉強まで終えられ、魔法石の研究に参加するために昇格試験を受ける予定もやめてしまって」
レオはシノアがいわゆる「天才」か「秀才」かとにかくデキの違う人間であると知ってかなり驚いた。昨日であった彼女からはそのような雰囲気を感じなかったからだ。
「この先だ」
ひたすら東に進んでいくと、鉄の格子の門に突き当たった。見たところ、使わなくなったバラ園のようで、手入れがされていなかった。
「ここは……今は亡き王妃様が愛していた花園です」
「行きましょう」
棘だらけの鉄の格子の門をそっと開けると、魔法石がじんわりと熱くなった。レオは彼女がここにいることを確信する。
「あっ、レックス!」
レックスがジタバタと暴れるとマルセイの腕から飛び出し、一気に花園の中へとかけて行った。レオとマルセイも必死で彼を追う。
花園の中は枯れた植物の残骸と支柱や植木鉢が寂しく残っていて、中央にある噴水は水が流れておらず、真ん中の女神像は朽ちてしまっていた。
レックスが走った先、噴水を超えた先にはアーチ型の支柱が残っていて、その下のベンチに少女が座っていた。
「シノア様!」
マルセイが大声を出すと、シノアは涙を拭って「私は戻らないわよ!」と威嚇する。足元では何もわかっていないレックスがブンブンと尻尾を振っていた。レックスの首輪は彼女のそばに置いてあり、彼女が近衛兵たちに探されないために意図的にレックスの首輪を外したのが見てとれた。
「シノア様、心配したんですよ!」
「マルセイ口の聞き方に……」
「また、魔物のいる場所に行ったのかもって……お願いですから、お願いですからもうこんなことは」
「でも、どうしてここがわかったの? ここは私とお母様だけの場所」
マルセイはそっと振り返るとレオの方を向いて手を伸ばした。
「シノア様の番犬様ですよ」
「あぁ、レオ……」
レオはそっとシノアの隣に腰を下ろすとその手の中にあった勇者の勲章をそっと手に取る。
「どうして、こんなことを?」
レオは心から欲しかったその勲章を手にして、皮肉な気持ちになりつつもぐっと気持ちをこらえて冷静に彼女の返答を待つ。
「勇者はふさわしいものがなるべきだから。あんな、古い本に惑わされずになるべき人がなるべきだから」
シノアは大人っぽく見えたがまだ13歳の子供である。
「シノア様……」
「レオのこと私、調べたの。貴方は人を救う唯一の異能を使うだけでなく、学園での成績もあの人よりも優秀、お家柄もお人柄も良い。なのに、あんな古い本一つのせいで……。だから勇者の勲章はレオ様がつけるべきだって思って……」
シノアは大粒の涙をこぼしながらそう叫ぶとレオの手をぎゅっと握った。レオはただじっと彼女が言い終わるまで待っていた。
「だめよ……だめよ。どうしようもない理不尽で頑張っている人が報われないなんて絶対にダメ……なの」
(あぁ、自分と俺を重ねているんだな)
レオはシノアの手を振り解くと、ベンチから一度立ち上がって彼女の前に跪いた。そして、頭を下げる。
「シノア王女殿下。お言葉ですが、僕は勇者となるべき人間ではございません。正しくは、僕よりもふさわしい人間が……いただけのこと。それに、僕には勇者にはない証がございます」
そういってレオは顔を上げると胸に輝く緋色のブローチを指差した。
「それ……」
「えぇ、騎士どころか、歴代の勇者にシノア王女殿下の番犬の証を持ったものはいないでしょう? それだけで僕は勇者よりも価値のあるものを持っているとそう思っていますから」
子供を諭すように、シンプルかつ直接的にレオは伝えた。そうすることで、レオ自身も自分が勇者に選ばれなかった事実と向き合うことができた。
謙虚という父の言葉にレオが初めて向き合った瞬間であった。
その時、分厚く重厚な拍手と足音が聞こえ三人は振り返った。そして、唖然とする。
「国王陛下⁈」
驚いたマルセイとレオは跪いて最敬礼をし、ぐっと頭を下げる。セルディナ王国を統べるセルディナ4世がそこに立っていたのだ。あろうことか、近衛兵の一人もつけずにである。
「おやおや、妻との思い出の場所に落としてしまうとはワシも歳になったか」
セルディナ4世はレオが握っていた勇者の勲章を取ると自身のポケットに滑り込ませた。
「陛下……」
「お父様」
「それにしても、シノア。お前は優秀な番犬を手に入れたようだね。3王女の中でも一番優秀なお前らしいことだ。さて、シノアこれから父と共に任命式に参加してくれるね。先に戻っていなさい。マルセイ、娘をよろしく頼むよ」
「陛下……私の名を……?」
驚きつつも言われた通り、レックスを抱えたシノアを支えつつマルセイは花園をあとにした。そして、残されたのはレオとセルディナ4世のみ。
「レオ・キルマージュ。顔をあげなさい」
「はい、陛下」
セルディナ4世は、優しい笑顔でレオを見つめるとそっと手を伸ばし、緋色の魔法石を撫でた。
「これは、あの子が初めて削り出した魔法石でね。あれは8歳の頃だったか、妻がとても喜んでね。ブローチに加工させたんだよ」
セルディナ4世は少しだけ寂しそうに笑った。レオは急いで胸のブローチを外そうとするも、セルディナ4世はそれを止めると
「それは、彼女が君に与えた証だ。外してはならないよ」
「はい、陛下」
「まさか、王位継承権のことをあの子が気にしていただなんて。てっきり、あの子は妻に似て上に立つよりも好きなことをやっていたい性分なのだと思い違いをしていたようだ」
レオは思わず
「陛下、いつから……」
と疑問を口にしてしまった。するとセルディナ4世はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、厳格なおじさまの顔を崩した。彼のグレーの髪が夕焼けに染まり、風に揺れる。
「実は、ワシも昔は脱走癖があってね。よく変装して城外に逃げ出して、じいやに怒られたものだよ」
「まさか、最初から……」
(きっと今頃、父上は『陛下までいない』と頭を抱えているだろうな)
「君はさすがディオレスの息子といったところだ。謙虚でそれでいて芯がある。我が国の騎士としてふさわしい。娘のことをありがとう」
レオはセルディナ4世の感謝の言葉を受けて再び最敬礼の体制をとる。
「セルディナ王国の騎士として当然の振る舞いでございます」
「君はディオレスに似てお堅い男だね。そうだ、セイディは元気かい?」
セイディという言葉にレオは一瞬戸惑った。なぜならレオの知っているセイディはキルマージュ家で使用人しており、国王陛下の知り合いだとは到底思えなかったからだ。
「セイディ……キルマージュ家の使用人の彼女でしたら今日も元気でした……陛下」
セルディナ4世は優しい微笑みを浮かべると「そうか」と満足げに頷いて踵を返した。
***あとがき***
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