第14話 任命式と紛失


 任命式の会場、第1王宮の広間に着くとレオとエレナはすぐに奥へと通された。一般の貴族たちとは違い、控室のような場所に足を踏み入れる。

 すると、そこにはすでにアルジャンが座っていた。彼はガチガチに緊張し、今にも吐き出しそうなほど真っ青な顔で震えていた。

「アルジャン」

「レオ!」

 レオを見ると安心したのか彼は少しだけ笑顔になる。

「アルジャン、こっちはエレナだ」

「初めまして、エレナ・シャンディールと申します」

「初めまして、アルジャン・フレイベです。えっと、例の奥さん……」

「まだ、奥さんじゃないけどな」

「レオから綺麗な人だって聞いていたからさ」

「まぁ」

 ちょっと強めにレオの背中をエレナが叩く。レオは転生前のレオがかなりエレナを自慢していた記憶を取り戻して彼は少し恥ずかしくなった。

 そのままエレナをエスコートして先に席に着かせるとレオはアルジャンの隣に腰を下ろした。

 豪華な待合室は学園の1講義室ほどの広さがあり、テーブルには銀のグラスと水差し、軽食とフルーツが盛り付けられている。

「エレナ、何か飲むかい?」

「お水を少し……本当に少しいただけますか?」

 レオがテーブルまで動くとそばにいた使用人が「変わります」と声を上げた。レオは「彼女に少し水を」と伝え、席に戻る。

「アルジャン、お前はやめとけよ。任命式で吐くぞ」

「うぅ……だよなぁ」

「大丈夫、任命式が終わればその後、軽食が振る舞われるパーティーが開かれるから……そんときにしとけ」

「だよなぁ……緊張する」

 扉の外のあいさつの声が聞こえ、ドアが開く。次に入ってきたのはレオの両親であるディオレスとディノアだった。

「総司令!」

 アルジャンとレオはビシッと立ち上がって敬礼をする。式典用の騎士服に着替えたディオレスの迫力は圧巻だった。着けきれないほどの勲章が胸に輝き、彼の右胸には勇者パーティーの「騎士」の証である勲章が輝いている。

「まさか、これを息子に託す日が来るなんてな」

「ちょっとアナタ」

 ディノアがぱしっとディオレスの手を叩いた。ディオレスはまずいとばかりに口髭を触り「聞かなかったことにしてくれ」と呟いた。

(俺は衛生騎士ではなく騎士枠……ってことか?)

 レオは少し疑問を抱きつつも父に恥をかかせないために聞かなかったフリをする。

「まぁ二人とも楽にしなさい。ともかく、おめでとう。私は一旦別の控え室に回るが……後ほど」

 ディオレスがそそくさと出ていくと、ディノアはアルジャンに声をかけた。

「アルジャン君、お久しぶりね。お母様は今日……?」

「母は体調が悪く、来られませんでした」

「そう……きっと、貴方が勇者に選ばれたんですもの。王国から治療院に入れないか手を回してみましょうね。困ったことがあればレオや私に相談なさい」

「ありがとうございます」

「母上、何か飲まれますか?」

「そうね、エレナと同じものを」

 レオは先ほどエレナに水を入れてくれた使用人に合図をして用意をしてもらう。前世では「レディーファースト」に知識のなかったレオだが、なんとか貴族らしい振る舞いをしていた。彼の体になんとなく染み付いているだけで自信はなかったが、母やエレナの反応をみて問題ないと安心する。

 

 4人とも席についてたわいもない話をしつつも、ピリッと緊張した雰囲気の中、突然ドアの外から慌ただしい声が聞こえた。

「こ、こらっ!」

 ガリガリと扉を引っ掻くような音、押し開けるタイプの扉が外からの力でガタガタと動く。

「何かしら」

 使用人がドアの外を確認しようと少しだけドアを開くと、ぬるんと茶色くて小さい生き物が勢いよく入り込んでくる。

「レックス?」

 茶色い子犬は一目散にレオの足元に駆け寄るとキャンキャンクンクンと鼻を鳴らし、ブンブンと尻尾を振った。

「あら、こんなところに犬……?」

 エレナが不思議そうに子犬を見ながら言った。ディノアも「何事かしら」といいつつエレナのドレスが汚れないように席を立たせた。

「あぁ、これはシノア第3王女殿下の愛犬です」

 レオはレックスを抱き上げて膝に乗せると背中を撫でで落ち着かせた。

「あぁ、この子が昨日の……まだ子犬だったんだなあ。かわいいなぁ」

 アルジャンがレックスを撫でた時、レオは違和感に気がついた。レックスがあの首輪をしていないのだ。首輪をしていないレックスは半ば綺麗な野良犬のようであった。

「王女殿下の近衛兵によれば脱走癖があるんだってよ。番犬にって城にやってきたのに冒険家だったとは」

 ワン! と元気よくレックスが返事をしたものだからその場の4人はクスクスと笑った。程なくして、シノア王女の近衛兵が待合室にやってくる。

「申し訳ございません。シノア王女殿下がお色直しにその間にレックスが逃げ出してしまい……シノア王女殿下も全然戻らないし……式典準備も時間がかかっていて」

「あの、レックスの首輪はどこへ?」

「レオ・キルマージュ殿! そういえば……レックス、お前首輪をどこへやったんだい? シノア王女殿下と一緒にここへきた時にはしていたんですが……」

 近衛兵とレオは顔を見合わせて首を捻った。レックスのことだから逃走中にどこかに引っかけでもしたのかもしれない。

「シノア王女殿下の指輪の魔法石とリンクしていたはずなので、彼女が戻ればすぐに見つかるかもしれませんね」

「あぁ、また怒られる……」

 レオは苦労しますね。と近衛兵に声をかけて彼を出口まで送った。部屋の外はなんだかおかしいくらいに慌ただしく、ただならぬ雰囲気が漂っていた。

「何か、あったんですか?」

「あぁ、なんでも勇者の勲章が見つからないとかで、てんやわんやですよ。シノア様もいなくなってしまうし。レックスが見つかっただけマシか……いや、マシじゃないか」

 近衛兵ががっくりと肩を落とし、レックスをしっかりと抱き込む。

「勇者の勲章がねぇ……、時間がかかりそうなら首輪探しを手伝いましょうか」

「レオ様……」

「えっと、貴方は……」

「第3王女付き近衛のマルセイと申します」

「マルセイさん、レックスが通った道順を思い出せます?」

「はい、こっちです」

 廊下に出て慌ただしい人たちとすれ違ったり追い越されたりしながら首輪を探す。かなり豪華な首輪だし、魔法石があしらってあるので魔力を感じるはず。しかし、全く見当たらない。

「ありませんね」

「はぁ……また怒られる」

「コイツ、あのキメラ相手にあの怪我で済んでたんだし相当すばしこいですよ。仕方ないです」

「うぅ、痛み入ります」

 マルセイと話しながら控え室の方へ引き返そうとした時、何やら指示を飛ばしているディオレスが目に入った。

「君たちは第2宮殿を、お前たちは第3宮殿だ。城中を探せ」

「父上? 何か?」

「あぁ、レオ。シノア第3王女殿下と勇者の勲章が消えた。王女は昨日より勇者はふさわしいものに渡すべきだと王に直談判していてね。困った……」

(なるほど……あの王女さんのことだやりかねないぞ)

「父上、僕も殿下を探します」

「わかった。無理はするなよ、そこの。犬を抱えた君」

「マルセイと申します!」

「マルセイ、君は見たところ近衛兵団の所属と見た。彼のサポートを頼む。君の権限があれば王宮のほとんどに入ることができるだろう」

「はい、総司令!」

 レオとマルセイは敬礼をし、王族控え室へ向かうディオレスの背中を見送ってから顔を見合わせた。






 




 


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