第11話 転生者、受け入れる


「はぁ、戻るの嫌だなぁ」

 黒焦げになった混合獣の死骸からゆっくりと黒い煙が上がっている。レオの近くには焼き肉が焦げたときのような匂いが漂い、荒地の上空には黒い烏が何匹も飛び回っている。

 残りの授業をすっぽかし、歩み寄ってくれたアルジャンを無碍にしてしまった。友人と気まずくなった時、時間はあかない方が良いのだ。開けば開く分だけ溝は深まっていく。これはレオが転生前に何度も経験したり、周りで起きるいざこざをみて理解している事だった。

「ん? 光ってる……」

 そんなレオの目に飛び込んだのは小さな魔法石が散りばめられた犬の首輪だった。魔法石の記憶を遡りながらそれを拾い上げる。

 不思議な雰囲気の女の子シノアは王女で、その犬を助けたことを思い出して彼は落胆した。それでも自分は勇者ではないのだと、心が強く締め付けられて痛いほどで彼はぎゅっと首輪を握る。

 心では「アルジャンとの関係を改善して勇者の右腕となり勇者以上の功績を上げる」という答えは出ているのに、彼の体がうまく動かない。まるで本音では拒否しているようだった。

「はぁ、嫌だなぁ」

「何が嫌なんだ、レオ」

 聞き慣れた声が突然してびっくりしたレオはバッと剣を持って振り返った。そこには、彼の父であるディオレス・キルマージュが立っていた。

「父上……」

「シノア王女からの知らせを聞いてな。シノア王女の話じゃ、下級の混合獣とみたが……こんなにも時間がかかるものだったかな」

「すみません、父上」

「優秀な我が息子であれば、すぐに学園に戻っているかと思ったが。それは私の思い違いか? 我が息子はこんなものに手惑うほど弱かったか」

 ディオレスはレオの隣に腰を下ろすと、息子にも座るように促した。レオは緊張しつつも従う。

「何を拗ねているんだ、レオ」

「父上……」

 ディオレスはふっと静かに微笑むと息子の肩をポンと叩いた。レオは厳格な父の初めて見る顔に少し驚いた。

「俺も悔しかった。当時、我が友人が勇者に選ばれた時、どうして自分ではないのかと深く悩み、友人を恨んだりもした。君と同じだ」

「そう……ですか」

「君はどうかね。今は総司令ではなく父として聞いている」

 レオは少しだけ沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

「悔しかったです。僕は多分……特殊な魔法を使える人間で、アルジャンより成績も良く、魔物を根絶したい気持ちだって誰よりも強いと思っていました。何よりも、アルジャンが勇者になったことを誇らず僕に申し訳なさそうにしているのが許せなくて……」

 ディオレスは息子の話を否定せずに最後まで聞くと、怒るわけでも慰めるわけでもなくただじっと息子を見つめて

「勇者について、君はどういう存在だと思うかね?」

「勇者、ですか?」

「あぁ、聞かせてくれ」

「勇者とは……勇者の書に選ばれし人で、魔物の核を壊すために英雄となるべく資格を持った者、でしょうか」

「それは、学園での授業そのものの解答だな。では、君はどんな人が勇者になるべきだと思う?」

 勇者といえば、転生者であるレオにとって複数のイメージがある。レオの前世は平和だったこともあり様々なエンターテイメントがそれぞれの形の「勇者」を描いていた。だから、レオはいろんな勇者を知っていた。けれど、そのどれもに共通していることは一つだけであった。

「主役であること……でしょうか。誰からも愛され、注目され、そして活躍をする。補助をされる側であるというか」

「なるほどな……、それは正解であり不正解だ」

「不正解、でしょうか?」

「あぁ、歴代の勇者の中には戦いにすぐれないものも多くいたという。だが、君のいう主役であったことは間違いないだろう。常に勇者とは注目の的であり、補助側であっても功績のほとんどが勇者の名で書き記されている」

「そう……ですか」

 やはり、優秀ではない勇者の影に名を隠されたものが多くいたということだ。それはレオに転生前の「常に2番手のいい人」であった自分自身を想わせた。

「けれど、先ほど君が言った『注目』以外のことは勇者でなくても成し遂げられることではないか? 誰からも愛され、そして活躍をすること。これはどうかな?」

「父上のように、でしょうか」

「私が愛されていたかはディノアに聞いてみないとわからないが、多少の活躍はできたかもしれないな」

 ははっ、と笑ったあとにディオレスはレオをじっと見据えた。レオは父の優しい表情にぐっと涙を堪える。父はそれを察したのか話を続けた。

「友人……パラドとは学園では親友でありライバル同士であった。まぁ、私は自分の方が強いと自負していたがね。今の君のようにね。そして、パラドは言ったんだ。『勇者にふさわしいのはディオレスだったのに』とな。その時の悔しさは今でも忘れられないよ」

 ディオレスは言葉とは裏腹に名残惜しそうに空を見上げた。

「けれど、勇者に選ばれた彼と一緒に魔物を倒しに行き、困りごとを解決していくたびにあることに気がついたんだ」

「あること……ですか?」

「あぁ、パラドには俺にはない優しさと謙虚さがあったんだ。その優しさに俺は何度も助けられ、そして気がついたんだ。勇者は彼にしかできなかったと、自分ではダメだったと」

「どうしてです? 父上は総司令にもなられた……」

「それだ。私は驕ってしまっていただろうと気がついたんだよ。勇者となり脚光を浴びれば己の力に甘んじて横暴になる。自分は凄いんだ、偉いんだと驕る。けれど、勇者という稀有な存在に周りの人間は逆らうこともできず……あとはわかるな」

 独裁という文字がレオの頭に思い浮かんだ。

「そう言われると、僕も優しさや謙虚さはなかったように思います」

「強くなる過程で、優しさや謙虚さは邪魔になることがある。強さを求めるものにとって欲深さはとても大事なものだからな。けれど、強さ=勇者ではない。アルジャン君はどうかな?」

「アルジャンは誰よりも優しいやつです」

 レオは父の言葉で初めて自分がいかに驕っていたかを思い知らされた。異能が使えるようになったこと「自分が勇者に選ばれて当然」だと思っていたこと。その上、親友を祝福すらできない器であったこと。

 それに比べて、アルジャンはレオが異能に目覚めた時にまるで自分のことのように喜びレオを祝福した。その上、勇者に選ばれた後も彼は態度を変えずそれどころかレオに気を遣っていた。

「正直、俺も悔しいよ。レオ。息子にも父親と同じ道を進ませてしまうとは……。我が教育が悪かったのだろう」

「父上そんなことは……」

(俺が転生者だったからかもしれない、もしかすると元の体の主であるレオはもっと優しく育っていたのかもしれないな……)

 転生者であるレオは申し訳なさを感じつつも、父の言葉のおかげでやっと覚悟ができた。

「父上、俺は確かに勇者の素質はなかったのかもしれません。けれど、国のため世界のために活躍をしたい。その思いは確かです。勇者に負けないくらい優しく強く僕はそういう騎士になって見せます」

「そうか、では期待をしているぞ」

 ディオレスはそういうと息子の頭をポンと撫でて立ち上がった。

「父上、あの……」

「勇者でなくとも、一番にはなれる。それを俺は知っている。レオ、君は君が成し遂げたいことを素直に信じなさい」

 大きな父の背中がだんだんと遠くなっていく。それとすれ違うように伝令の騎士がレオの元へと走ってきた。

「レオ・キルマージュ殿。シノア王女殿下がお呼びです。王宮にて待つと、お怪我はないようで」

「あぁ、すぐに向かいます。少し身なりを整えてから。ですからこれを」

 レオは近くに落ちていた王女の靴と魔法石の首輪を渡すと一旦、自宅へと戻ることにした。



 

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