2章

第8話 転生者、落胆する

 

 昼下がり、レオとアルジャンは授業を終えて、学園の中庭で休んでいた。というのもどこに行ってもレオ目当ての御令嬢たちが集まって全くと言っていいほど気が休まらなかったのだ。

 この中庭は植物園になっており「虫」が多いため、御令嬢たちは近寄らないのだ。

「けど、レオったらすごいよな。異能に目覚めちゃうんだから」

 アルジャンは羨ましそうにレオの肩を小突いた。レオは、転生前の記憶から自分が一番であることにかなり優越感を抱いていたし、素直にその言葉が嬉しくて笑顔になる。

「けど、俺らの目的は魔物の根絶。だろ?」

「そうだな〜、俺ももっと強くならないと。ほら、アルベルティにも認められたいし」

 アルベルティというのは人の名前である。レオは転生後の記憶をたどり思い出した。淡い金色の髪の美しい女騎士ソフィーナは俺たちと同じく「勇者」を目指す麗人で、レオやアルジャンよりも先に前線へ行く許可の出た同級生だった。

 彼女はレオたちと同級生だったが、学園に姿を表すことはほとんどない。レオはソフィーナのことを思い出すと、なんだか胸にモヤモヤした気持ちを感じるようになった。

(多分、これは恋だろうか。けど今の俺は別に好きじゃないからモヤモヤするんだ)

 違和感の正体が、転生主の恋心だとわかり、複雑な気持ちを抱きつつもレオはぐっと気持ちを押し込んだ。

「別に、同級生に認められてもしょうがないだろ。俺たちが認められたいのは勇者の書だろ? 全く」

「けどさ……」

「ほら、少し休んだから今日の夜にでも……」

 レオがアルジャンを招待しようとした時、中庭に下級生が入ってきて大声を出した。

「勇者の書が! 勇者の名前が浮かんだって。来てください」

 そういって、栗毛色の頭の下級生が手を伸ばしたのはレオではなくアルジャンだった。

「えっ……? 俺?」

 困惑するアルジャンはレオの方をみつつも下級生に引っ張られて中庭をあとにする。レオもまた困惑したまま、その場に立ち尽くした。

(俺はまた、主人公じゃなかったっていうのかよ)

 吉田礼央という男は、異世界に転生して自分はアニメやゲームの主人公枠になったと錯覚をしていたがそうではなかった。

「俺は……どこまで行っても2番手なのかよ」

 レオはぐっと地面を蹴った。握り込んだ拳からは血が滲み、彼は自分自身の悔しさを受け入れることができなかった。



***


 一夜にして新しい勇者の誕生は国中に広まった。庶民の血を引くアルジャン・フレイベは貴族だけではなく庶民たちの間でも大きな話題となり、それはもう大層な盛り上がりようだった。

 学園も城も勇者の話題でいっぱいになり、アルジャンは時の人となっている。レオはそんな彼のそばにいることができなくて、まだベッドの中にいた。

「どうして俺は……いつも主人公になれないんだ。2番目なんだ」

 この世界では唯一の異能に目覚め、人を救い……それでも勇者に選ばれたのは違う人間だったのだ。何よりも彼を苦しめたのは勇者に選ばれた人間が「親友」であることだった。

 前世ではずっと誰かの2番手だったレオにとって、この世界でも同じような運命になることはどうしたって避けたかった。

(俺はずっと、自分の嫉妬心を隠して良い人をしていた。ずっとずっと悔しかった。俺だって一番になれるって思ってたのに……なのに)

 心の中に何かドス黒いものが広がって行く感覚と、それを制するように自分自身を奮い立たせるような正義感がぐちゃっと混ざって彼の目からは涙が溢れていた。


「レオ、入りますよ」


 ディノアはドアをゆっくりと開け、ベッドの中で丸まっているレオに声をかける。


「貴方はキルマージュ家の時期当主。勇者に選ばれなかったことを悔いている時間はございません。勇者に選ばれたからと言って異能を得るわけでも特別な才能が開花するわけでもございません。勇者に選ばれなかった者がすべきことは『勇者を越える強さを持つこと』です。貴方の父のように勇者が死した後も戦い続けられる騎士になることです」

「わかっています」

「なら、どうして貴方はまだベッドの中にいるのかしら。私は息子をそんなに弱い男に育てた覚えはございませんよ。良いですか、レオ。貴方のなすべきことは?」

「魔物をこの世から根絶すること」

「よろしい。エレナ、我が息子の準備を手伝ってやりなさい」

「はい、ディノア様」

「お母様とお呼び」

「お母様」

 エレナがディノアにお辞儀をし、彼女が部屋を出るとエレナはゆっくりとレオのベッドに腰掛けた。

「レオ様……」

「今は何も話したくない」

「わかっておりますわ。レオ様以上に私もディノアお母様も勇者に選ばれるのはレオ様だと思っておりましたわ」

「あぁ……けれど違った。俺は父上と同じく勇者の右腕にしかなれない存在だ」

「悲観なさらないで、勇者様は死にお父上は今もご健在。それはどういうことかお分かりになりますか?」

「どういう……?」

「本当に強いものは肩書きとは違ったものだということですわ。レオ様が欲しかったのは肩書きなのですか?」

「違う、けれど……一番になりたかっただけだ」

「レオ様は一番でございます。エレナにとって……ですけれども」

「そうかよ……、わるかったな。2番手の男で」

「レオ様……」

 エレナはレオの気持ちを汲み取ったのかしばらく黙ったまま寄り添い、そして口を開く。

「レオ様、3代目勇者様のお話はご存じですか?」

「3代目? あの最弱と言われた勇者様か」

 レオの脳内に幼い頃の記憶が蘇る。3代目の勇者は「史上最弱」と言われた男だった。彼は力こそ弱かったもののその人柄で最強のパーティーを引き連れ、先代も先々代も成し遂げなかった獣王を討伐した人だ。

「えぇ、もしかするとレオ様が勇者の書に選ばれなかったのはそういうことなのかもなんて……。3代目勇者様の右腕は勇者様の親友で伝説の騎士。彼の功績はずっとずっと語り継がれていますわ。だから、だからうまく言えないけれど……」

「勇者よりも強くなれば良い……か」

 ベッドから起き上がったレオは泣き出しそうだったエレナをそっと撫で、強い視線を窓の外に向けた。

「レオ様?」

「俺は一番になる。やりたいようにやらせてもらう。ありがとうエレナ。学園へ戻るよ」




 


 

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