第7話 転生者、人気者になる


「お忘れ物はないですよね? あっ、ランチはいつも通り学園内のリストランテで?」

 セイディはレオのバッグの中を入念に確認しながら言った。

「あぁ、友人たちと食べるよ」

「かしこまりました。もし、何かあれば学内から伝言鳩でんごんばとを飛ばしてくださいね」

 とセイディはレオのバッグの中に小さな拳くらいの茶色い鳩を入れた。伝言鳩の首にはキルマージュ家の家紋が彫られたチャームがついている。この鳩は益鳥モンスターで1分程度の言葉を丸々暗記して伝えることができる。

「ほら、マルセル。レオ様と一緒にね」

 マルセルと名を付けられた伝言鳩はクルクルと鳴いた。マルセルはレオが生まれた時に、母親の親戚筋からプレゼントととして用意された。それ以来、レオとはほとんど片時も離れず過ごしている。

「行ってくるよ」

「はい、いってらっしゃいませ」


 玄関を出て、門まで少し歩いてから外に停めてあった馬車に乗った。昨夜と同じ御者と黒くてでかい馬。

「ぼっちゃま、おはようございます」

「おはよう。今日も頼むよ」

 レオが馬車の中に腰掛けると御者が扉をバタンと閉め、しばらくしてから馬が歩き出した。ガタガタ、ゴロゴロと乗りごごちは最悪であるが、石畳を歩くよりは幾分かマシだとレオは思うことにした。



***


 学園の校門前で馬車を降りると、転生者のレオでも学園内の様子がおかしいことに気がついた。校門前では女生徒たちが立ち並び、レオに熱い視線を向けていたのだ。レオが一歩足を動かすたびに黄色い歓声が上がり、失神してしまう子もいるようだった。

「レオ様〜!」

「きゃー!!」

「みてみて、こっち見てくれたわ!」

「ほら、ボムコンドルを1人でお倒しになって瀕死のネイト先生を救ったんですって」

「しかも、治癒魔法を使うことができるらしいわ!」

「かっこいい……」


 レオは少し良い気分になって、女生徒たちに向かって手を振ってみる。すると、まるで強風でも吹いたかのように彼女たちは大袈裟にリアクションをした。顔を見合わせて抱き合うもの、大声をあげて喜ぶもの……。

(なんか、アイドルにでもなった気分だ)

 転生前は、良い人止まりであったためこんな経験をしたことがなかった彼は少し浮かれている。

 この学園に通っている女生徒はみな、貴族令嬢である。その中でも当主になるような子や王族の遠縁、女騎士の候補などこの国の次世代を担う令嬢たちなのだ。

 まだ婚約者のいないレオは彼女たちにとって「良い夫候補」である。無論、自由恋愛をすることは少ない世界ではあるが、本人たちが深く愛し合っている場合は柔軟に両家が対応をすることもある。

 

 つまり、ここに集まっている御令嬢たちのほとんどはレオを虎視眈々と狙っているのである。


「おはよ〜」

 のんびりした声の主はアルジャンだ。

「おはよう」

「今日は一段とすごいな」

 アルジャンは女の子たちを横目で見つつ困ったように笑った。レオは「そうだな」と言いつつも優越感に浸っている。

(前世では俺が羨む側だったんだよなぁ。やっぱ、一番になれるのって二番よりもずっとずっと最高だ)

「あ、そうそう。ネイト先生今日から復帰できるらしいぞ。レオの治癒魔法、すごいんだな……なんか、お前が遠くにいっちゃう感じがするよ」

「やめてくれよ、俺は衛生騎士志望なんかじゃないぞ。きっと勇者に選ばれて魔物をこの世からなくして見せるんだから」

 アルジャンは強く頷いた。

「だよな! 絶対に俺たちの代でこの戦いを終わらせよう」

「そういえば、勇者っていつ頃わかるんだろうな?」

 アルジャンは眉間に皺を寄せて首を捻った。

「確か、お城の保管庫にある『勇者の書』に名前が浮かんできたものが勇者って肩書きを得るんだったよな。確か、先代の勇者が死んでから数日から数年で文字が浮かび上がるって」

 勇者というのは、この世界で唯一「魔物の核」を壊せる力を持った者だと言われている。その勇者は「勇者の書」と呼ばれる古い書物に名前が浮かび上がることでその存在を確認することができる。

 勇者の書は城の保管庫に厳重に完備され、勇者が死ぬと担当者が毎日新しい名前が浮かび上がっていないかをチェックする。

「先代の勇者ってたしか……レオのお父さんの親友だったよな」

「あぁ、そう聞いたよ」

「遠征先で強力な魔物に……勇者って言ってもめちゃくちゃ強くなるとか不思議な力に目覚めるとかじゃないんだよな」

 アルジャンは心配そうにいうと、レオの顔をじっと見つめた。

「なんだよ?」

「勇者になったらさ、魔物の核を探すために大陸中の魔物を倒さなきゃいけないんだろ? そうなったらさ、危険だし……。なぁレオ、もしもお前が勇者になったら俺を同行者に選んでくれよ」

(俺が転生してきた理由はきっと、勇者になって魔物の核を壊し、この世界を救うためだ。だから、治癒の魔法も……)

「あぁ、もちろん」

 アルジャンがパッと犬のように笑顔になる。しかし、レオの気持ちは複雑だった。彼を同行者にするというのは死の危険を彼に追わせるということなのだ。


「レオ様〜!」


 校舎の窓という窓から女子生徒たちが顔を出しレオに手を振っている。


「あぁ、困ったな……」

 レオは後頭部を掻いた。

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