第3話 転生者、異能に目覚める
「クソ……。ネイト先生!」
レオの呼びかけにも応答できないくらいに衰弱している彼は大量の血を流している。どうやら爆発の前にボムコンドルの一撃を食らっていたらしい。
「早くしないと……死んじまう」
アルジャンが悲鳴に近い声をあげるとバッグに入れていた薬草を手ですりつぶし傷口に当てる。あまりにも原始的な方法に驚愕したレオは必死で頭を巡らせた。
(火の魔法で傷口を焼いて止血するか? いや、でも傷の範囲が広すぎる)
「レオ、手伝って……」
アルジャンはボロボロと涙をこぼし、消えそうな声で言った。ネイト先生はもうほとんど息をしておらず、流れる血も弱々しい。
それは彼の命がもう長くないことを物語っていた。
「くっそ!」
レオはやけくそになってネイト先生の腹に手を当てた。ぬめりと生暖かい血が手にまとわりつき、嫌な香りがレオの鼻をつく。
(俺は転生者だぞ……治癒魔法とかそんなもん簡単に使えてくれよ!)
レオの記憶から恩師への気持ちがだんだんと強くなり、じんわりと彼は掌に熱を感じた。
「救護は、応援はまだかよ! レオ、俺先生が死ぬなんて嫌だ」
アルジャンが泣きそうな声で言った。
「絶対死なせるもんかよ」
レオはぐっとネイト先生の傷口に手を当てたまま、目を閉じる。
(治癒魔法って確か、アニメやゲームの中じゃこんな風に……)
魔力の全てを掌に集中させ、それ以外の全ての五感を遮断する。だんだんと周りの音が小さくなり、感覚が鋭敏になってくる。
すると、目を閉じている彼の真っ暗な視界にぼんやりと消えかかったような光が浮かんできた。
それは次第に人型になり、横たわっているネイト先生の形に変化した。ちょうど彼の腹あたり、傷口があった場所には黒く影が入り、そこからふわふわと薄青色の光が
(そうか、これが……先生の命)
レオは溢れてしまっている光を元に戻すように、黒い影を魔力の光で覆うように魔力を注いでいく。
「——レオ、すごいよ」
アルジャンの声にレオは目を開いた。ぎゅっと目を閉じていたからか、彼の視界はぼんやりとして目の前の光景を理解するのに時間がかかった。
ネイト先生の傷口に当てていたレオの手は淡い光を帯びていて、傷口は塞がりつつあった。先ほどまで虫の息だったネイト先生はゴホゴホと咳き込み、意識を取り戻している。
「おい、レオが! みて、先生を治してる!」
アルジャンをはじめとして周りにいた生徒たちも駆けつけた救護班、応援にきた騎士と講師たちは目を丸くしていた。
それもそのはず、レオはこの世界に存在するはずのない「治癒魔法」を使っていたのだ。
***
奇跡の覚醒で先生を助けたというのに、レオは王宮の魔術研究所に連行されひん剥かれて色々と調べられ、げっそりしていた。
それもそのはず、この世界には存在しない「治癒魔法」を使用した初めての人間なのだ。
しかし、魔術師のお偉いさんたちが夜中までレオの魔力を調べたが、結局治癒魔法が使えた理由も、彼らはレオが「転生者」であることにすら気が付かなかった。
深夜遅く、もう国中の人々は寝静まっている。夜鳥の声が静かに響き、城の中には夜勤の騎士が蝋燭をもって見回りをしている。
「キルマージュ侯爵、これにて御子息への調査は終了になります」
研究員の男がそう言ってレオの父親に敬礼をした。レオの父親であるディオレス・キルマージュ侯爵は険しい表情で顎髭を整える。
「うむ、お主たちが我が息子に『魔女と契約をした可能性がある』などと言い出した時はどうしてやろうかと思ったが」
「父上、僕は大丈夫です」
「そうか、我が息子はこの国、いやこの世界中で初めて治癒の力を開花させたのだ。2度とそのような扱いをするでないぞ」
セルディナ王国騎士団、魔術騎士団長および総司令の肩書きを持つディオレスの言葉に研究員の男性は震え上がった。
ディオレスはかつて窮地に立たされた戦場で、強敵ドラゴンを倒した経験を持つ猛者である。その栄光は国中に知られており、この王宮で彼の名を知らないものはいないだろう。
「レオ、研究所の前に馬車を停めてある。先に家に帰りなさい。私はこの者たちに話があるのでね」
研究員がブルっと身震いをした。
「はい、父上」
レオは先ほどの研究員を真似て敬礼をすると、研究所をあとにした。
(——魔女……か)
真っ裸にされて羞恥に悶えながら、魔力の流れを検査されている時にレオは研究員たちが「星の魔女」の話をしているのを聞いた。
世界各地に出現する魔物の中でも知能があり人型に近いものは強い力を持っている。
その中でも「魔女」と呼ばれる存在は世界にある5つの大陸にそれぞれ1人ずつ存在すると言われている。
魔女はその名の通り、魔物の上位種であり人間の敵であることは確かだがその全てが謎に包まれているせいで憎しみの対象というよりは恐怖の対象となっている。
国に飢饉が起きれば「魔女の呪いだ」と嘆いたり、精神をおかしくしてしまったものは「魔女狂い」などと呼ばれたり……。
この世に起こる奇妙だったり理由のない出来事は魔女の仕業だと考えられることも多いのだ。
セルディナ王国のあるセルディ大陸のどこかには「星の魔女」が住んでいる。レオも歴史の授業で習った程度でありここ数百年、魔女を見たものはいない。
「ぼっちゃま、おかえりなさいませ」
御者に挨拶をしてレオは馬車に乗り込んだ。馬車が動き出すとガタガタゴロゴロと乗りごごちは悪く、レオは尻がジンジンと痛んだ。おまけに馬が糞をしたせいで嫌な匂いまで漂って、彼は深くため息をついた。
(転生初日は散々だったな)
落胆した彼だったが、心の中はちょっとした優越感に満ちていた。転生してすぐ強敵を倒し、その上この世界では存在しない異能に目覚めたのだ。
「きっと、この物語の主人公は俺なんだろうな」
彼はボソッとつぶやいた。
前世では「いい人止まり」だった彼がそう易々と主人公になれるほど異世界転生は甘くないと、彼はこの後知ることとなる。
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