第2話 はじめての戦闘


「やぁ!」

「それ!」

「おらっ!」


 掛け声に合わせて生徒たちが剣を振るうと、ゴブリンやらツノネズミやらがばさりばさりと崩れ落ちた。

 生徒たちの表情は緊張していて、冷や汗をかいているものもいる。

 魔物たちが絶命すると、現役騎士でありながら講師も務めるネイト先生が魔物の死骸を火の魔法で燃やし、生徒たちそれぞれにアドバイスをしていく。

 ネイト先生は中年の爽やかな剣士で生徒たちから慕われる「お兄さん」的な存在だ。無論、レオもアルジャンも恩師のように慕っている。



 学園からすこし歩いた城壁の外、あまり強くなく知能も低い魔物がウロウロしている一帯に数名の生徒が集められ授業の真っ最中だ。

 セルディナ中央学園では騎士を目指す生徒がほとんどであり、武器種によってクラスが分かれている。

 レオとアルジャンは「剣」のクラス。当然のごとく、2人はクラスの中でも優等生だった。

 

「レオ、少し剣の筋が甘いぞ」

「はい、先生」

「らしくないな、もう一度!」


 レオは飛びかかってくるゴブリンの一撃を避け、振り向きざまに剣をふりおろす。脳天から真っ二つにして、今度はツノネズミの毒唾攻撃をバック転で華麗にかわし火の玉を食らわせた。

 自慢の毛皮に魔法の青い火が燃え移ったツノネズミは一瞬で灰になってしまう。


「うむ、次」


 レオの次に呼ばれたのはアルジャン。

「うぉぉぉぉ!」

 レオとすれ違うようにアルジャンが前線に出ると、ゴブリンに向かって走り出した。アルジャンはゴブリンとの距離を一気に詰めると恐ろしい形相で切り伏せた。そそのままの勢いで近くにいたツノネズミを叩き潰す。


「よし、次」


 戻ってきたアルジャンは先ほどまでの殺気はどこへやらニコニコと笑っていた。レオはその変わりようをみて大変驚いたが、脳内の記憶がじんわりとその理由を彼に理解させる。


 この世界ではアルジャンのように「魔物」に対して強い憎しみを抱いている人が多い。魔物はこの世界においての「絶対悪」であり憎むべき存在なのだ。

 日本という平和な国に生まれ育った礼央には全く理解できない感情だった。それどころか、ただ倒されていく魔物が可哀想だと感じるほどだ。


「レオ、今日少しおかしいぞ?」

「そうかな」

「いつもの優しいレオだけど、魔物を倒すスピードが遅かったような」

(記憶や知識は脳内で補正されても感情までは補正されないのか)

「あぁ、少し昼食を食べすぎたかな」

 笑って誤魔化すレオを見てアルジャンは心配そうに眉を下げた。とはいえ、殺したいほど憎むなんていう経験のない礼央にとって「殺気」を出すのは非常に難しいことである。

「ならいいけどさ……」

「なんだよ、その顔」

 アルジャンは親友の変化に気がついたのかじっとレオを見つめた。その純粋過ぎる瞳に困惑しながらレオは目を逸らす。

「なんか、レオ……お前やっぱり」



「危ない!」


 アルジャンが何か言いかけた時、ネイト先生の怒号が響いた。直後、爆発音と共にネイト先生と1人の生徒が後方に吹っ飛ばされ、城壁に打ち付けられた。

 砂煙の中、うっすらと見える大きな影は先ほどまで生徒たちが相手にしていた魔物とはモノが違うとレオがみてもすぐにわかった。

 大人の男性よりも一回り大きな体に大きな羽、凶暴な爪はひどく尖っていて、真っ黒の嘴は血に濡れている。


「まずい……ボムコンドルだ!」


 ボムコンドルは鳥型の魔物でその大きな巨体から放たれる「爆発玉」と呼ばれる火球が強力な魔物である。


「なんで……こんなところに」

 腰を抜かした生徒がボソリとつぶやいた。レオは城壁近くに倒れているネイト先生が負傷していること、一緒に飛ばされた生徒が気絶していることを確認し声を上げた。


「避難! すぐに応援を呼んできてくれ!」

 叫ぶと同時に、レオは剣を抜いて走り出した。無論、ネイト先生たちとボムコンドルの間に割って入るためだ。

「レオ!」

 アルジャンもそれに続く。他の生徒は散り散りに逃げ出し、砂煙が収まる頃にはレオとアルジャンだけがそこに残されていた。


「ギャオオオース」


 ボムコンドルは大きな羽をバタつかせ、唾を飛び散らせながら威嚇をし大空高く舞い上がる。

「でも、なんであいつが」

「多分、ツノネズミでも狩りに来たんだろう。アルジャン、応援が来るまで粘るぞ」

「わかってるよ」

 レオは上空から一気に加速して落下攻撃を仕掛けてくるボムコンドルの一撃を剣で受ける。

 ガシンと剣が折れそうになるくらいの攻撃を何度も受け流し、もう片方が一撃を加える。しかし、ボムコンドルの羽毛はちょっとやそっとでは傷つかない。

「くそっ、レオ! こいつ……この野郎っ!」

 アルジャンの一撃も歯が立たず、ボムコンドルはまた上空へと舞い上がる。

「弓があれば……」

 ボムコンドルの分厚い羽毛は斬撃や魔法にはめっぽう強く、奴を攻略するためには弓矢が必要である。しかし、レオとアルジャンは剣のクラス。もちろん弓矢など持ち合わせていない。


(剣も魔法も効かないなら……)


「アルジャン、あいつを引きつけてくれ!」


 レオは転生者ならではの柔軟な思考を持っていた。その上「一度死を経験した者」にしか持てない大胆さも持ち合わせている。


——つまりは、最強なのだ。


「ぐっ!」

 アルジャンの剣にボムコンドルの爪がガシリと食い込んだ。ボムコンドルはアルジャンの剣を奪い取ろうとバサバサと大暴れし、アルジャンはそれに抵抗する。


 アルジャンはボムコンドルを引きつけつつ、親友の方に視線をやって、たいそう驚いた。なぜなら、レオはあろうことか剣を地面に捨て、こちらに向かって全力疾走をしていたのだ。


「レオ?!」


「この野郎!」


 レオは怒号と共にボムコンドルの背中に飛び乗り、首にガシッと腕を回す。ボムコンドルは「ぎゃおぎゃお」と唸りながら無茶苦茶に羽や足を動かし抵抗する。

 しかし、レオは絶対に離れない。ボムコンドルが暴れようが喚こうが彼は手を離す気はなかった。

 ボムコンドルは飛び立とうとするもレオの重さでうまく飛び上がれず、バタバタと地面を蹴った。


「鳥の締め方はこうだ!」


 レオは興奮したボムコンドルの胴体にしっかりと足を回ししがみつくような形で体を固定すると、奴の首をがっしりと掴み思いっきり握り込む。

 そのまま雑巾を絞るように両手を逆向きに捻る。

「ぐぎぎぎぎぎ」

 バサバサと舞う羽毛、一段と抵抗が激しくなるが普段からのトレーニングのおかげでレオの腕はブレない。ボムコンドルは頭を上げ苦しそうに嘴を開くが声も火球も出すことはできない。

 ぐりん、と骨が外れる感触ののち、レオはボムコンドルから手を離して受け身の体制をとった。一気に力を失ったボムコンドルがゴロンと地面に転がり、同じく地面にへたり込んだレオの近くに羽毛がふわりと舞った。


「やった……」

「レオ、すごいよ! ボムコンドルを素手で倒しちゃった!」

(パワーこそ正義……だったのかもしれない)


 レオは極度の緊張状態からの解放で体から力が抜けていたが、城壁側に倒れているネイト先生を見て、一気に表情を凍らせた。

 先に目を覚ましていた生徒がネイト先生の腹から溢れ出る血を必死に止血していたのだ。


「ネイト先生!」


 レオとアルジャンは彼らの方へと駆け出した。


 

——火、水、土、風。4大魔法。


 逆を言えばそれ以外の魔法を操ることはできないのだ。

 つまり、この世界に「治癒魔法」は存在しない。レオの脳内補完でその事実をしって絶句する。


(魔法がある世界でそんなことってあんのかよ!)

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