第二章 来演

「つまらない」

 これが王子の口癖でした。

 力こそ全て。それがこの国のルールであり、その申し子とも呼べる彼は、強すぎるがゆえに、己に向かってくる敵全てに飽いていました。

 世界中の強者に戦いを挑み、勝利し、他国に戦いを仕掛け、勝利し、そして今、自国の強者たちを相手にして、それでもなお──

「つまらない」

 王子は飽いていました。

 目の前に倒れる無数の敵を前に。

「ハッ……強すぎるだろ……」

「ここまでとは……私の計算外です……」

 強さに老若男女は問わない。向かって来るのが屈強な男だろうと、屈強な女であろうと叩きつぶす。それが彼の主義でした。

 エラの姉たちも、王子に膝をつかせることは叶わず、ただ地面に突っ伏していました。

 もちろん彼女たちが弱いわけではありません。ただ王子が強すぎるのです。一度も負けたことが無いほどに。

 幼い頃から戦いの英才教育をその身に叩きこまれた王子は、最後に敗北したのがいつだったかも忘れていました。

 退屈。

 負けない。勝ち続けてしまうという、常人には到底分からない、彼の退屈。

「毎日毎日……もううんざりだ」

 全力を出すことも、まして負けることもできず、ただただ勝つだけの日々。

 その日も何も変わらない、いつも通りの日常でした。

 力自慢も、賢者も、戦士も、兵士も、何でも願いを叶えるという話に釣られたならず者も、いつもこうして彼の前に膝をつく。

 何も変わらない。いつもと同じ。

「……誰だ、あいつは?」


 そして、王子にとって何も変わらない一日が終わりました。


 倒れている戦士たちのもっと向こう、お城の入り口に誰かが立っています。

 ローブを深く被っているので顔は見えませんが、背格好は少女のように華奢きやしやでした。少なくとも屈強な戦士にはとても見えません。

 燃え尽きたたきぎのような灰色をしたローブの少女は、ゆっくりとこちらに歩いてきます。

「貴様、何者だ!」

「止まれ! ここは第一王子主催の武闘会だぞ! 貴様のような子供が来るところではない!」

 やはり少女だったのか、武闘会に似つかわしくないと判断した二人の衛兵が彼女を止めます。

 それに伴って、王子が一通り挑戦者たちを叩きのめし、静寂が支配していた城内に困惑が侵入してきます。

「私、武闘会に参加したいの」

 小さな困惑はやがてどよめきへと変わります。

 声の主は間違いなく少女。か細く繊細な声、小柄な体躯たいく、どれを取っても、こんな場所に来るような人間ではありません。

 呆気あつけに取られながらも、衛兵たちは少女を止めます。

「お嬢ちゃん、ここは戦う方の武闘会なんだ。踊る方じゃないんだよ」

 衛兵の一人は先ほどよりも優しく、まるで子供扱いしている口調で諭しますが、少女は一歩も下がろうとはしません。

「親切にどうもありがとう。でも心配しないで。私は間違えてここに来たわけではないの」

「いい加減にしろ! 貴様のような子供が戦えるわけが無いだろう! すぐにこの場から立ち去──」

 もう一人の大柄な衛兵が無理やり外へ追い出そうと、少女の肩を掴んだその時。

「れ?」

 視界はくるりと一回転し、気づけば彼は地面に叩きつけられていました。

 途端に城内の全ての注目がその少女に注がれます。

 少女が大男を投げた。

 戦いに精通している城内の戦士たちは、その所作だけで彼女がただの少女ではない、戦士であるということを理解しました。

「あれが王子様なのね……お姉様たちもあそこに、まぁ、あんなにボロボロだわ……流石さすが王子様、やっぱりすごくお強いのね……!」

「ッ! 何をごちゃごちゃと!」

 倒された衛兵が起き上がろうとした瞬間、少女はうつ伏せになった彼の背中を掴みました。

 浮いている。

 それだけのことしか掴まれた衛兵は理解できていませんでした。まさか自分がこんなか弱い少女に片手で掴み上げられているなど、夢にも思わないでしょう。

「ごめんなさい。私、武闘会は初めてで。小さい時からずっと憧れていたけれど、実はマナーもルールもよく知らないの」

「き、きさま……なにを……!」

「だからこれは私なりの挨拶あいさつというところかしらね」

 お城の奥、王子は直感しました。

 今、あの入り口で衛兵を片手で引っ掴んでいるように見える少女は、自分に話しかけているのだと。

 ローブの奥の瞳と目が合っているのだと。

 アレを、こちらに投げてよこす気だと

「受け取ってください!」

 小石を投げるかのように、少女は大男を王子に向かって思い切り投げました。

 人が宙を舞う。それも鳥のように速く。

 お城の中にいる者は皆驚愕きようがくし、目の前で起きていることに反応できません。

 一人を除いて。

「フッ──」

「あがっ……!」

 飛んできた自らの部下を、何のためらいも無く剣で切りつけ退しりぞける、王子たった一人を除いて。

「そこにいるローブの者! こちらへ来い! この私が相手をしてやる!」

 王子は自分が高揚しているのを感じていました。

 久しぶりに出会う強敵。もしかしたら望みを叶えてくれるかもしれない。

「今、何が起きた……?」

 呆然とするもう一人の衛兵。そんな彼に少女は優しく語り掛けます。

「衛兵さん、もう行っていいかしら?」

「あ、あぁ……」

「どうもありがとう! 衛兵さんも巻き込まれないように離れていた方がいいわ!」

 そう忠告し、まるでピクニックに出掛けるような軽い足取りで、少女は戦いへと繰り出します。

「貴様は何をしにここに来た? 貴様は何を望む? 名誉か?それとも富か?」

 剣を構え、王子は問います。

 目の前にいる少女を見定めるために。

「私の望みはたった一つよ」

 少女も続いて剣を──向こう側まで透けて見えるガラスの剣を抜き、堂々と答えます。


「あなたと踊りたいの!」


 エラは笑いました。

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