22、【魔王】VS 公認勇者 ──反撃──
私は、ずっと私を探していた。
何の為にこの世界に現れたのか……何の為に生きていくべきなのか……その意味を、その理由を……ずっと探し続けていた。
その真実が、今暴かれようとしている。
実は、500年前に世界を支配していた人物であり……勇者と敵対していた【魔王】その人である、ということ。
記憶が蘇った訳ではない。
自分が【魔王】だと確信を得た訳ではない。
だが、もしもそれが真実なのだとしたら……私は、どうすべきなのだろう?
『公認勇者』という肩書きを持って活動すること自体、おかしいのではないだろうか……?
そもそも、そんな罪深い過去を抱えながら、この世界で生きていること自体……間違っているのではないだろうか……?
だとしたら、私は……。
「────下らねぇことでメソメソしてんじゃねぇよ」
わりと深刻である筈の悩みをミクは……いいや、魔王さまはバッサリと『下らない』と切り捨てた。
「犯した過去はどうやっても変えられねぇし、それはお前が死ぬまで付き纏う『呪い』みてぇなもんだ。どんだけ擦り落とそうとしても、絶対に消し去ることは出来ねぇ」
分かっている。
だから、悩んでいるんだ。
だから、苦しいんだ。
もしかしたら、私の存在そのものが……迷惑なのかも知れないから。
そうでなくとも……いつかまた、自分が自分でなくなってしまうかも知れないから。
「そんなことをいつまでも嘆いてて、それが何になる? ただ痛みに耐えて、ただ苦しみに耐えて、それが何になる? どんなに綺麗事を並べたところで……結局、そんなもんは何の意味も成しちゃくれねぇんだよ」
まるで、悪魔……いいや、死神のように……私の苦悩を全否定してくる。
茶化すにしても、限度があるというものだろう。
流石に不満が爆発しそうになって、魔王さまの方へ視線を向けると……彼女の顔つきは、これまで見たことも無いくらいに真剣そのものだった。
「人生ってのは、『戦い』だ。弱り切った者や、逃げ出した者は、容赦なく蹴落とされ、切り捨てられていく。人は、所詮は一人だ。だから、俺たちは戦い続けるしかねぇんだ。痛みも、苦しみも、過去も、全て己の身に抱えて、ただひたすらに前に突き進むことでしか、生きることは出来ねぇ」
己の過去を思い返すように、どこか迫真性のある語り口調で…………あぁ、そうか。
それが、彼女の人生なのか。
500年前の戦いから現代まで、彼女はそうした『戦い』の人生の中を、今も尚生き続けている。
『戦い』の色素が薄い現代人では、到底辿り着きようがない人生観だと……そう思った。
「その選択を、俺たちは常に強いられているんだとしたら……お前はどうすんだ? 人生を生きるのか、人生に死に絶えるのか────お前は、どっちを選ぶんだ?」
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
即ち。
今、この場において私の出来ることは……ただ一つだけだった。
〖力〗と〔力〕と【力】が荒れ狂う乱気流の中へ飛び込み、全身が押し潰されそうになる圧力を懸命に耐え忍びながら、【魔王】へと距離を詰める。
今、【魔王】は〖水魔術〗と〔拳圧〕を凌ぐのに力を注いでいる。
懐に入るのは、今しかない……!
「────その『行為』に、何の意味がある?」
「──!?」
やはり幾ら外側押し込んでいるとはいえ、【魔王】の周囲は【歪み】の圧力が桁違いだ。
アッサリと全身が押し潰されそうになり、思わずその場で膝を付いてしまう。
「幾ら覚悟を決めたとて、幾ら野心を持ったとて、雑人は所詮雑人。野望を抱くだけ抱き、大いなるを実現し得ない凡人……それらの示すモノなど、虚無に過ぎない。全てが絵空事に過ぎない」
「……ッ!」
圧倒的かつ強大な力の前に、小さな意志など無意味。
ここまで抱え続けていた迷い、葛藤……様々な負の感情が、この土壇場で私の心を蝕み始める。
自分が、あまりにも小さい。
自分ごときでは、敵う筈がない。
本物の【魔王】とそこからこぼれ落ちた『似非者』……その差は、考えるまでもなかった。
「お前も同義だ。あるのは【魔王】の『ガワ』だけであり────お前自体に意味など無い」
【魔王】の言葉に、偽りはない。
それが正しいからこそ、私の心に強く鋭く、容赦なく突き刺さってくる。
だからこそ、痛いに決まっている。
だからこそ、苦しいに決まっている。
だからこそ……。
────このまま言われっぱなしではならないと、私の心が叫んでいる。
「────だとしても、だ」
「……なに?」
「例え、私自身に意味が無くとも……それでも、私はここに居る。弱くても、ちっぽけでも、お前という【魔王】に異を唱える私は……確かに、ここに居る」
「矮小な異議など、居ても居なくても同じだ。吹けば飛ぶ埃のように、意味もなく消え去るだけだ」
「確かに、な。私も、お前を倒せるなどと思い上がっているつもりはない。ならば、せめて命懸けで抗い、そして証明する……そうするしかないんだ……!」
倒せなくてもいい。
越えられなくてもいい。
ただ、あの驕り高ぶっている【魔王】に一矢報いることが出来れば、それでいい。
渾身の力を全身に込めて、飛び出す。
絶え間なく襲い掛かる【歪み】に対して────自身の【歪み】をぶつかり合わせて、その影響をほんの一瞬だけ相殺する。
「なに……?」
「今の私は、【魔王】の『ガワ』などではない……この世界とそこで生きる人々を守る為に、その想いと使命を背負って戦う────『公認勇者』だ」
命を絶つことは不可能。
だが、『公認勇者』が総出で【歪み】の中に切り開いたほんの僅かな『隙』は……いいや、そこに確かに現れた『隙』は……一太刀を振り下ろすチャンスを産み出した。
絶対に、無駄にはしない。
限界ギリギリにまで足を踏み出し、制限時間一杯にまで距離を詰め、そして……。
前に突き出された【魔王】の右腕を────渾身の一太刀の元に斬り飛ばした。
「……ッ!?」
「この世に仇なす【魔王】よ────我らの『名』を、しかとその身に刻み付けておけ……!」
────成った。
絶対的支配者に対する、最初の反撃。
この一撃は何よりもデカイ……私たちは、【魔王】の存在を否定する決定的な一歩を踏み出したのだ。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
『っっしゃぁーっ! ナイスリューシンーっ!!』
「……チッ、いいところ持っていきやがって……」
「……ふぅ……流石ですね、リューシンさん」
公認勇者の面々に歓喜の色が広がる。
何事も一番最初に何かを成すのが最も難しいと言われるものだが……彼らは、見事にやってのけた。
しかも、【能術】というポテンシャルの差があるにも関わらず、それを成し遂げたのは……まさしく偉業と言えるだろう。
だが、現実はそれだけで済む程単純ではない。
「…………『ガワ』風情とそれに連なるゴミどもが、下らない真似を……」
【魔王】が動く。
右腕を失い、そこからボタボタと黒い血が滴り落ちていたが……ギュリンッと断面が萎むように【歪み】、一瞬で流血が止まる。
直後、周囲の【歪み】の圧力が激増。
一番近くに立っていたリューシンがその圧力に呑み込まれ────全身をへし折られながら、吹き飛ばされた。
「ごッ、は……ッ!?」
「リューシンさん……!?」
「チィ……ッ!」
事態の深刻さを察したエーフィーが再び〔水龍〕を放とうとした。
しかし、【魔王】がそれを一睨みするだけで────彼女の腕は、何重にも捻り曲がってしまう。
「ぐッ、ぁぁ……ッ!!」
それは、なにも彼らの落ち度ではない。
彼らはただ、踏み込み過ぎただけなのだ……【人間の理解が及ばない領域】へと。
故に、その代償を受けただけ。
限りなく『死』に近い代償を受けながら、未だに息があるのは、流石は公認勇者と言うべきなのだろう。
だが、少なくとも……これ以上は普通の人間、『公認勇者』ですらも入り込む余地は無い。
「覚悟は、していたことだ……だから、すまない────後は、頼む」
リューシンが命からがらに滲み出した言葉に応えるように……【魔王】の目の前に、人影が立つ。
人間には太刀打ち出来ないならば、ここから先は【魔王】と同じ【怪物】の時間。
黒い長髪を棚引かせ、その髪の間から赤い瞳を煌めかせ、不敵に嗤って見せるのは、現世に蘇ったもう一人の『元勇者』……。
────【魔王さま】だ。
「────任せとけ、リューシン」
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