21、【魔王】VS 公認勇者 ──拮抗──





 【魔王】の【歪み】は、現在サクディミオン全域に及んでいる。

 その【力】の影響は人間だけでなく、建物や遺跡などの建造物、森や山などの自然物、更には空気や大地までをも歪ませ、そして破壊してしまう。

 もはや、世界規模の暴虐行為だ。

 ナバラントとは明らかに異なる、力に物を言わせる明白な支配活動。


「……む?」


 捨て置けない。

 これは、公認勇者に対する挑発行為だ。

 私は手にした得物、釣竿にも扱える極細の長刀を手に握り、一気に【魔王】との距離を詰める。


「──ッ!」


 振り抜いた刀は【魔王】を斬り付ける寸前で、火花を散らしながら見えない【何か】に弾き飛ばされる。

 透かさず二斬目を振り下ろすと、次は【魔王】の身体をすり抜け、刀の刃先が折れもせずに直角にへし曲がっていた。

 反射的に後ろに飛び、へし曲がった刃に指先を添えながら【歪み】を放出すると、長刀は元に戻った。


「……その姿……随分と奇怪なものを見た気分だ」

「奇遇だな、私も同じだ」


 まるで鏡合わせで喋っているかのようだ。

 私である筈なのに、私では無いような……上手く言葉で言い表すことは出来ないが……何とも、不愉快な感覚を覚える。


「リューシン……リューシン、か。まったく、どこまでも哀れな男だ。この期に及んで、まだ戦いに縛られているとは」

「……? 何の話をしている?」

「覚えがなければ、知る必要はない。どうせお前は、今ここで私に殺される。何百年の月日が経とうと、勇者などという肩書きを授かろうが────たかが人間風情では【魔王】はヤれん」

「──!?」


 突如、周囲を取り巻く【歪み】が強くなる。

 ここまで騙し騙しやっていた【歪み】を相殺させるやり方では、ダメージをカバーし切れなくなってくる。

 【魔王】の圧に押し負け、腕が、脚が、弾き飛ばされるように捻られ、途端に、絶体絶命の危機に追い込まれる。


「く……ッ」

『──リューシンッ!!』

「忘却の果てへ消え去れ────勇者ごっこも、これで終わりだ」


 【魔王】の【歪み】が、暴風のような勢いで迫る。

 圧力も、勢力も、一個人では到底対処し切れない【歪み】の襲撃。

 これは……万事休す、か……?

 そう、思った矢先のことだった。



「────何が勇者ごっこだって?」



 突如、視界を横から薙ぎるように────青い光線が走る。


 それは、〖水〗の塊。

 何層に折り重なって生成された巨大な〖水の龍〗が、幾度も螺旋を繰り返し、一つの激流となって【歪み】を丸々と呑み込む。

 【歪み】を消すことは叶わないが、その進行を押し留めていた。

 その事実には、流石の【魔王】も眉を潜める他なかったようだ。


「む……?」


 そして、〖水の龍〗と共に戦場に降り立ったのは、一人の少女。

 彼女はどこまでも反抗的な目付きで、私と【魔王】の姿を睨み付けている。


「────エーフィーか……!?」

「何ダラダラとやってんだよ、先輩。私を差し置いて勇者になった奴が────こんな古臭ぇ悪人に、屈し掛けてんじゃねぇッ!!」


 エーフィー。

 以前にナップス村の一件で、公認勇者の名の元に観察対象に指定された彼女が────吼える。

 その確固たる意志に呼応するように、彼女の周囲に無数の〖水龍〗が顕現。

 それらは大地に轟く雄叫びを上げながら、次々と【魔王】に襲い掛かっていった。


「彼女は謹慎処分中じゃなかったのか、エス?」

『緊急事態だからねー、助かったでしょー?』

「……あぁ、大助かりだ……!」


 エーフィーの扱う〖水魔術〗はサクディミオンにおいてもトップクラスだ。

 悪人は一人残らず断罪する……という、人と比べて多少過激な思想を持っている彼女だが、味方となればこれほど頼りになる人材はいない。

 彼女の放つ怒涛の〖水魔術〗は、瞬く間に【魔王】の姿を呑み込んでいく。



「────〖溺れろ〗ォォッ!!」



 思わず悪寒を覚えるほどの粗暴さと、デタラメな〖魔力〗の暴発だ……しかし、【魔王】の沈着ぶりは健在だ。

 我ながら、怖くなってくる。

 あんな大洪水と大奔流を、顔色一つ変えず、片腕を動かす程度で捌き切っているのだから。


「ぐッ、くッ……! あの勇者もどきのあの澄まし顔ォッッ、クッッソうぜぇェェッッ……!!」

「君ほどの〔魔力〕でも押し返せないのか……!?」

「煽ってんのか……ッ!? この程度のことッ……ちょっと前に経験済みなんだよ……ッ!!」


 彼女の魔力は、以前にも魔王さまの【境界線】と対峙している。

 その経験が活きているのか、〖魔術〗が【歪み】に干渉しているように見受けられる……が、それでもほんの僅かな誤差に過ぎない。

 【歪み】の勢力を押し返せるような気配は感じられなかった。


「相変わらず凄まじい魔力だが……このままでは、二の舞だ。せめて、あともう一押しあれば……」

『そう言うと思って────【もう一人】連れてきた!』

「……『もう一人』?」


 その時、地上を見下ろす天で雲が弾け────一つの人影が現れた。

 空の上に浮遊し、腕を組み、仁王立ちで立つその人物は、地上の私たちへ向かって、全世界に轟かせるような一言を投げ掛ける。



「状況は察しました────私に、お任せ下さいっ!!」



 その声を聞いた瞬間、即座に『彼女』の正体を察した。

 だが、『彼女』がこうした前線に出てくるのは始めて見る。てっきり、戦いが嫌いなタイプの人種だと思っていたが……あの意気揚々とした言動を見る限り、そういう訳ではなさそうだ。


「……よく『彼女』が動いてくれたな……?」

『君やエーフィーと違って、素直で良い子だよあの子はねー。そして、君の【歪み】やエーフィーの〖魔術〗と同じ様に……』


 天のシルエットが、空中で反転。

 頭と脚の向きを反転させ、真っ直ぐに【魔王】の姿を睨み付けると、グッと拳を握り締める。

 そして。


『〔武術〕という技において────あの『公認勇者』の右に出る者は居ない』


 まるでそこに壁であるかのように宙を蹴り、一気に急降下。

 大気との摩擦で身体を燃え上がらせ、固く握り締められた拳を引き絞り、風圧と、熱量と、衝撃波────まさしく隕石の如き、天体級の一撃が振り下ろされた。



「────〔メテオ・パンチ〕ぃぃぃィィィッ!!」



 隕石の一撃は、【魔王】の脳天へ。

 エーフィーの〖水魔術〗を巻き込み、一つの巨大な拳圧となって直撃。

 それは辺り一帯を吹き飛ばす暴風雨に匹敵するほどの、超衝撃波となって襲い掛かる。

 これが、生身の人間が出せる一撃なのか……?


「〖魔術〗に〔武術〕か……ふん、小賢しい。そんなもの────【歪み】の前では下民の浅知恵に過ぎん」

「……!」

「マジか、こいつゥ……ッ!」


 いや、それでも……【魔王】の【歪み】は押し切れない。

 渦のように唸る〖水魔術〗と、天から降り注ぐ〔隕石の拳〕に挟まれながらも、中心に立つ術者を守っている。

 守っている……そう、『辛うじて』守っている。

 先ほどまでの勢力差とは明らかに違う……確実に押し込み始めている……!


「……負けてられないな」


 ここまでお膳立てをして貰っておいて……今更、命が惜しいなどと言ってられない。

 これは、『公認勇者』の意地とプライドを懸けた戦いだ。


 ここで────決める。


 私は得物の長刀を握り締め、【歪み】と、〖水魔術〗と、〔拳圧〕が容赦なくせめぎ合う危険地帯へと飛び込んでいった。

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