18、赦さねぇ
執行官が大ダメージを受けた影響なのか、是正部隊の動きがピタッと停止した。
その隙に拘束を振りほどいたニロが、慌ててキューネの元に駆け寄って、その身体を抱き起こす。
「キューネ……っ! 大丈夫……!?」
「ニロ、さん……オヤビン、さん……」
「引っ込んでな、これ以上負う必要もねぇ怪我を負いたくなきゃな」
俺は肩越しに視線を向けてから、二人にそう促す。
頭から血を流してはいるが、重傷にまでは至っていない。確か、魔物は身体能力だけでなく回復能力にも優れていると聞いた……早々に処置すれば問題なく回復するだろう。
「だが、『てめぇ』はそういう訳にはいかねぇ────なぁ、団長さんよぉ?」
「……!」
グリンッと首を回して向けてやった視線の先には、オールダム夫婦の二人が立っている。
俺の呼び掛けに、オールダム団長は微かに前のめりになって眉にシワを寄せた。
どうやら、詰問を受ける覚悟は出来ているようだ。
「俺もまだまだ甘ぇ、すっかり騙されちまったぜ。あの一見貫禄ありそうな言葉の数々が、見栄っ張りの戯言に過ぎなかったとはな。それもこれも、てめぇらの嘘を隠す為の口実だったんだろ?」
「言い掛かりだ、戯れ言なんかではない。全ては大商団を守る為の……」
「その手段とやらが、ナバラントの要求を呑んで属下に加わることか? 違ぇよ。てめぇは、ハルの偽物を使っておままごとをやりたかっただけだろうが」
流石に攻め過ぎた発言だったか……周囲の面々がギョッと目を大きく見開くと、団長は夫人を庇うように前に足を踏み出しながら怒りに顔を滲ませた。
「な、なんて、酷い言い種ッ……偽物だとか、おままごとだとか……貴方には人の心が無いんですか……ッ?」
「お前……ッ!! 彼女を冒涜するのは私が許さな……ッ!!」
「────冒涜してんのはどっちだ」
団長の反論を、即座に遮る。
思わぬ口撃に驚いたのか、彼は直ぐに言葉を詰まらせた。
「受付の嬢ちゃんから聞いた。ハルがやりたかったのは、『誰かの安らぎになるような居場所を作ること』だったんだろ? 対して、てめぇらのやっていることは何だ? そもそもの原因となったナバラントの言いなりになって、その居場所をナバラントに差し出そうとしているんだぞ」
「……なに……?」
「あなた、お願い……これ以上、あんな暴言に耳を傾けないで……」
何か良からぬ流れを察したのか、夫人が団長の肩を揺すり始める。
それは、『あっち側』である執行官クオネカも同じだった。
彼女は鼻血を垂れ流しながらフラフラと立ち上がり、人形のように立ち尽くす『ネクローシス』へと指示を飛ばす。
「ぐ、くッ……誰かッ、彼女を黙らせなさい……ッ!」
彼女の言葉に反応し、紅ずくめの兵隊はピクッと全身を震わせて一斉に駆け出す。
しかし。
「────そうはさせない」
突如、ネクローシスの面々が見えない【何か】に押し倒されるように、次々と思いっきり転倒。
精鋭の戦闘部隊とは思えない無様な光景に驚愕の顔を浮かべるクオネカの前に、ユラリと陽炎のようにリューシンが立ち塞がったのだ。
「公認勇者ッ……ナバラントに反抗するというのですか……ッ?」
「……その問答に、何の意味がある?」
「なんですって……?」
「今のままでは、駄目なのだとしたら……行動しなくてはならない。変えなければならないのだとしたら……まずは、私たちが変わらなくちゃならない。ただ、そう思っただけだ」
「何を、訳の分からないことを……!」
……まったく。
決別の言葉を投げ掛けたというのに、勇者ともあろう者が魔王を助力しようとは……甘ちゃんというか、とんだお人好しというか。
どうやら、今は背中を心配する必要性はなさそうだ。
「あろうことかてめぇらは、そこの偽物を偽物だと知りつつも、本物のように接してやがる。ハルの亡霊を、まるで足蹴にするみてぇにな。その行為こそがまさにハルに対する冒涜なんじゃねぇのか?」
「……足蹴だと……!? 私は、そんなこと……!」
「ダメよ、あなた……! 彼女は私たちを貶めようとしているだけ……! あなたは、私のことを大切にしてくれている……! 私は、分かっています……あなたの優しさは、充分に伝わっているから……!」
俺の非難に負けじと、夫人も声を上げて団長を説得する。
俺からの非難は実に煩わしいだろう……夫人の擁護はとても耳障りが良いことだろう……可能ならば、いつまでも愛する妻の言葉に耳を傾けていたい筈だ。
だから、俺も彼らの心に突き刺さるような不協和音を発し続ける。
それが、もはや人として決して誉められた行為ではないと認知していてもだ。
「もう一度、よく考えてみやがれ。自分の人生を懸けてまで、パートナーと、仲間たちと作り上げた居場所を、敵に差し出すなんて……何よりもハル自身がそんなことを望むと思うか?」
「彼女、自身が……?」
「あなた……! よく見て、私はここに居ます……! どうか、惑わされないで……私は、充分に幸せです……だから……」
一見すると、夫人は必死に団長の心を繋ぎ止めようとしている。
だが、俺には分かる。
あの必死の形相は、他人を気遣うようなモノではなく────自分自身の安全を守ろうとする自己防衛の為に過ぎない、ということを。
「仮にだがよぉ。もしも俺が彼女と同じ立場だったとしたら……最愛の人に、そんな裏切りをされたとしたら────」
「お願い……あなたは、そのままでいて……」
このまま、あの偽物を逃がしてはならない。
気付けばそんな想いが、胸の奥から溢れ出てくる。
まるで、別人が俺の身体に移ったかのように。
次に口を開いた、その一瞬だけ……。
────多分、俺は俺ではなかった。
「「────『私』は、例え煉獄に焼き尽くされようとも『貴方』を赦さねぇ」」
自分でも、声が二重になって聞こえた。
意識の半分が途切れたような、妙な感覚を覚えたが……それは、直ぐに元に戻る。
その違和感を……目の前の団長も、同様に悟ったようだ。彼は、俺の顔を見ながら、恐る恐るといった様子でこう呟いた。
「…………ハ、ル……?」
「──っ! どう、して……」
生憎、俺は亡霊の類いは信じていないが……まさか、な……?
だが、その一連の僅かな光景は団長にとっては強い衝撃を与えたらしい。
唖然と立ち尽くす団長の隣で、夫人が顔を手で覆いながら膝をついて泣き崩れた。
「ひどい……どうして、こんなにも、一番近くに居る私のことを、信じてくれないの……? こんなの、こんな、の……ひどい、酷過ぎる……ぅっ、ぅっ、ぅぅ……っ」
「……!」
嗚咽を漏らす夫人の姿を、団長は直立したまま見下ろす。
痴話喧嘩中のような、何とも気まずい光景に見えるが……その時ばかりは違った。
団長の瞳に浮かんでいたのは、哀れみなどではなく────微かに、疑惑の色を帯びていたからだ。
「──愚策だったな。俺の考えるに、ハルって人間は涙で訴え掛けるような女々しい女じゃねぇ。どうやら……そんなテンプレみてぇな感情表現は、夫にとっては違和感丸出しだったみてぇだ」
そして、そうやって一度綻んだ感情は留まることなく、更に不信感を増長させていく。
下手な芝居を打てば打つほど、違和感ばかりが目についてしまう。
一度は夫人を信じると決めた団長の心にも、迷いが生じているのは目に見えていた。
この状況。
ドツボにハマったのは────【ヤツ】の方だったみたいだ。
「変装だけは完璧だが、演技は三流以下だったな。それとも────【てめぇ】に人間の演技はちっとばかし難しかったか?」
「ぅぅぅ……ひどい……ひどい……みんな、ひどいっ……ぅぅぅゥゥゥゥっ……」
場に響くのは、夫人の啜り泣く声ばかり。
団長はもとより、周囲の団員たちも、どうすればいいのか分からないといった様子で、ただただ沈黙していたのだが……。
「ひっ、ひんっ……ぅぅぅっ…………………………………………ィひッ」
異変。
妙な嗤い声が、夫人の口から漏れ出る。
あまりにも奇妙な音を聞き、誰もが眉を潜めて固唾を飲む。
どうやら────遂に、本性を現したようだ。
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