17、因果逆転
「抵抗はせず、耐え凌ぐことを選んだ……それが、彼らの出した答えだ」
執行官と団員たちの野次馬を遠目に眺めながら、リューシンは何処か寂しげな声色で語る。
『例えそれがいけないことだと、例えナバラントに利用されていると、心の何処かで分かっていても……それを敢えて口にすることはしないし、行動に移すこともしない。その方が気楽だし、何よりもわざわざツラい思いをせずに済む……まぁ、現代人は皆そんな感じだよねー』
「『公認勇者』は、人々に寄り添う組織でなければならない。彼らが現状を望むというならば……その意志を尊重しなければならない。それが、今の『公認勇者』の方針となっている」
「……なるほどな」
『それに、これは客観的な意見だけどさー。例え偽物だとしても、今が幸せなら……わざわざそれを壊す必要はない。そういう考えも、あることはあるんじゃないかなー?』
大商団の面々は、『今』を受け入れている。
偽物の夫人を仲間に置いておくことも、ナバラントの傘下に下ることも、仇であるキューネを目の前で殺されることも……全てを、受け入れている。
疑惑も、苦痛も、喪失も……胸の奥に呑み込むと、彼らは決めている。
このまま何もしなければ、全てが丸く収まるのだ。
ならば、わざわざ事を荒立てる必要はないのではないか、と。
「……確かに。そこに、ただの部外者がズケズケと入り込む必要はねぇわな」
無心の内に、口の中にあった言葉を、そのまま吐き出す。
目の前で、ニロが取り押さえられ、キューネが殺されそうになっているのを遠目に眺めながら、不意に俺は呟いた。
「……500年前」
「ん?」
「最初に魔王に立ち向かった『勇者』と呼ばれるべき存在がいたんだ。そいつらは魔王の軍勢によって皆殺しにされちまったが……命を落とすその瞬間まで、人々の平穏を祈っていた」
『……最初の、勇者……? つまり、歴史の影に埋もれた……伝説に成り損ねた者たち、ってこと……?』
「対して俺は、勇者として魔王に立ち向かった訳じゃない。単なる私怨で、魔王と戦い続けた。使命だとか、信念だとか、そんな大層なもんは持ち合わせていなかった」
「……」
「だから、正直……気になっていたんだよな。あいつらみてぇに、『勇者』として人々の為に戦うってのは……どんな感じなのかってよ」
「……そうか。それで、君はどう感じたんだ?」
リューシンの問い掛けを受け、俺は一歩、二歩と前に踏み出す。
それからほんの数秒だけ無言のまま軽く息を吸って、この『異様な空気』を呑み込むと、短くそれを吐き出す。
そして、肩越しに『公認勇者』を振り返ると……。
「ワリィな。やっぱし────俺には合わねぇや」
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
場は、ナバラントの『執行官』が支配している。
彼女の漂わせる有無を言わせない雰囲気が、彼女の持つ絶対的な権威が、大商団、警察ギルド、更には公認勇者までをも制止させていた。
そんな中────。
「おい、ミク……?」
歩を進める者が、ただ一人。
勇者の呼び掛けに応えることすらせず、周囲の重苦しい同調の空気に一切阻まれることもなく、しっかりとした足取りで、真っ直ぐに突き進む。
「魔物の襲撃やら、大商団の存続やら、色々と複雑な事情があんのは理解した。だけどよぉ、それら全部引っくるめて考えたとしてもよぉ……」
その重苦しい空気感を歪めるような異様な気配に、団員たちは思わずハッと我に返る。
すると、ゾロゾロと押し込まれるように後退りして『それ』の行く道を開いた。
「結局のところはよぉ、悪いのは全部よぉ……」
「……ぁ……っ! オヤ、ビ────!」
「?」
押さえ込まれたニロの脇を通り抜けた瞬間……地を蹴る。
そして、あっという間に『執行官』との距離を詰めると────。
「────『テメェら』だろうがよォォォォオオッ!!」
力強く握り締められた拳が、一切の躊躇もなく放たれ……。
────執行官の顔面に、炸裂。
あまりにも一瞬の内に。
あまりにも容赦のない一撃を喰らい。
クオネカは、声一つ上げる間もなく殴り飛ばされるのだった。
「ぐッ、ォ……ッ!? 公認、勇者……ッ!? 私に、手を出してッ……民衆が、どうなってもンブッ!!?」
相当の衝撃だったに違いない。
顔面が変形するほどの拳骨を受けながら、クオネカは全身を痙攣させながら立ち上がろうとする。
「──『勇者』だぁ? おいおい……誰だそりゃぁ、笑わせんな。耳の穴かっぽじってよぉく聞きやがれ」
しかし。
すかさず詰めてきた『それ』に、顔面を足裏で踏みつけられ、そのまま地面に思いっきり叩き付けられた。
例え敵とはいえ、普通の人間ならばほんの少しでも躊躇いを見せるモノだが……『それ』は違う。
『それ』は……いいや。
人類と世界の敵対者たる『魔』は、まるで解放感を味わうように、ニタリと嗤ってみせた。
「俺ぁ、『勇者』なんかじゃねぇ。この
前代未聞の暴挙、支配者への冒涜だ。
あろうことか、あのナバラントの、あの『執行官』を殴り飛ばし……その顔面を踏んづけてみせるなんて……。
誰もが顔面蒼白になって唖然と立ち尽くしている中、公認勇者であるリューシンが前に飛び出して、魔王さまに呼び掛ける。
「ミク……っ!」
「礼を言っておくぜ、リューシン」
「なに……?」
「仮とはいえ、なかなか楽しかったぜぇ────お前らとの『勇者ごっこ』はよぉ?」
それは、決別。
相反した二つの意志。
忘れられた勇者と消え去った魔王……いいや、500年の時を経て、初めて対峙する……。
『魔王』と『勇者』────新たな因縁の刻だ。
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