16、支配者は嗤う



 セントラル・ナバラントは、これまで人々の安心と平和を守る為に、あらゆる生活の基盤を築き上げてきた。

 生活インフラ、医療機関、魔術管理、教育機関、治安維持、政治活動……それらを『ギルド』の名前の元にナバラントが統括し、運営する。

 そうして、このサクディミオンは継続してきた。

 故に、今や人々は皆理解している……。


 ────自分等はナバラントの元でしか生きていけない、と。


「理解して頂けましたか、皆さん? 最後の最後、人々の安全を守ることが出来るのは『勇者』等という古臭い連中ではありません────私ども、セントラル・ナバラントなのです」

「あゥ……ッ!?」


 団員たちが見守る中、地面に横たわる魔物の顔面を踏みつけて、その力関係を見せつける。

 それだけで、大抵の民衆は竦み上がって何も出来なくなる……そうなる程に、今やこの世界においてナバラントの地位は磐石なものへと仕上がっているのだ。


「あぁ、ご安心下さい。オールダム大商団がナバラントの傘下に加わった暁には、商売の利益向上、旅先の安全管理、あらゆる面において援助させて頂きます」


 まぁ、正直のところ。

 こいつらの安全とか命とか……。



 ────どーーでもいい話だ。



 体裁だけ整え、取り込んでしまえば、後は彼らにはどうすることも出来ない。

 テキトーな援助と、耳障りの良い言葉を投げ掛けておき、彼らの莫大な利益だけを搾取していく。

 どうせ、誰も反抗することは無い。

 変化を恐れる民衆が、中枢組織に反旗を翻すなんてあるわけがない。



 だって、下民なんて────どうせ、全員馬鹿なのだから。



 馬車馬のように働かされ、稼いだ資金や利益を搾取されていても、陰口だけ叩くばかりで、だーれも反抗しようすらしない。

 こんなにも、馬鹿で、間抜けで、臆病で、扱い易い愚民どもには……死ぬまでナバラントの為に働いて貰わなくては、折角の使い捨ての体が勿体ない。

 命?

 下民の命なんざ、そもそも価値あるわけ?


「その為にも、障害となる危険因子は今の内に排除しておかなくてはなりません。この『獣』は、人々の安心と命を脅かす害獣なのですから。そうですよね、皆さん?」


 そんな愚民どもだから、きっと誰も気付いていないだろう。

 ハル夫人を襲撃したこの哀れな『魔物』は、そもそも……。



 ────この私が〖操り〗、そして〖襲わせた〗だなんて。



 オールダム大商団をナバラントに取り込む為の交渉材料を用意したつもりが……まさか『公認勇者』を貶める為の罠として再利用出来るとは、流石に予想していなかった。

 洗脳状態の時は記憶が消去されるとはいえ、本当にこの『獣』も馬鹿で良かった。

 ラッキー。

 まぁ、仮に察していたとしても、それを指摘するなんて臆病なコイツらには出来ないだろう。万が一にでも反抗してきそうものなら、こちらには『警察ギルド』や『執行部隊』も居る。

 少し権力をチラつかせてやれば、どうせそれで反抗は終わりだ。


「勇者ごときには出来ないことを、私どもは確実に実行する。この事実を────しかと、その目に焼き付けて下さい」

「ァ……ッ! ぐッ、ァ、ァッ……ァァァァ……ッ!」


 あとは、この使い捨ての駒の顔面を踏み潰し、永遠に口を封じてしまえば……真相は闇の中に葬られる。

 まったく。

 世界の支配なんざ、チョロいチョロい。








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー







「キューネ……ッ!!」


 あいつ……ッ!

 本気でキューネの顔を踏み潰すつもりか……ッ!?

 キューネの痛々しい悲鳴が漏れる度に、胸を締め付けられるような苦痛に駆られる。


「……あなたが、気に止む必要はありません。恐らく、彼女は最初からそうなる運命だった……そうなるように仕向けられていた……予め定められていた結末を、私たちは見届けるだけでいいんです」


 ボクの手を掴むチグサは、『結末』すら受け入れた様子で……全てを諦めているかのような様子で、小さく呟く。

 それは、彼女だけじゃない。

 執行官の周囲に居る団員たちも……無表情を装っているが、誰もが気まずそうな様子で立ち尽くしていた。


「どうして……どうして誰も何も言わないのさ……一度は、仲間として迎え入れていたでしょッ……楽しそうだったじゃん……嬉しそうだったじゃん……皆も、キューネも……ッ!」

「ニロさん……」

「本当は、皆気付いているんでしょ……!? これは、仕組まれていたことなんだって……! それが、全部あの『執行官』の仕業なんだって……! それなのに、何も言えないなんてッ……君たちだけが、苦しい思いをするなんてッ……こんなの……ッ」

「ニロさん、お願いします……落ち着いて……」


 頼むから、ナバラント相手に余計なことはするな……ギュッと力が込められるチグサの手から、そんな悲痛な訴えが伝わってくる。

 だけど。



「────こんなのッ、絶対に間違っているッ!!」



 やっぱり、放っておけない。

 半ば感情に任せる形でチグサの手を振りほどき、野次馬の山から飛び出す。


「ニロさん……ッ!!」


 チグサの必死な呼び掛けを背中に受けながら、全速力でキューネの元を目指して走った。

 しかし、それは無策も同然の暴走行為。

 集団を逸脱した誰よりも目立つ行為を、クオネカが見逃す筈がなかった。


「────おやおや」


 彼女はそれだけ呟いて、軽く手を上げる。

 すると、周囲に点在していた『是正部隊』の黒ずくめたちが一斉に飛び出し、ボクは一瞬の内に地面に取り押さえられる。


「ぅわ……ッ!?」

「ニ……ロ…………ざ……ッ」

「まさか、文句があると? ナバラントの決定に、異議を唱えると言うんですか? この馬鹿な刺客を放ったのはどなたですか? あなたですか? それとも、そちらのあなたですか?」


 わざとらしい問い掛けを投げ掛けられ、団員たちは慌ててクオネカから視線を逸らす。

 共謀犯と見立てられてしまえば、どれだけ理不尽な処分を受けるか分からない……その反応だけで、『執行官』の冷酷さがヒシヒシと伝わってくるようだ。


「どこのどいつか知りませんが、余計な真似をしましたね。折角、オールダム大商団へは寛大な処遇を下そうとしたのに……気が変わりました。当初の予定よりも税率を上げましょう。それから、宿舎を用意して商業以外では外出禁止という形にしましょうか」

「な……ッ!?」

「まさか、勇気を出して声を上げれば何か変わると思いましたか? 馬鹿ですか? 頭悪いんですか? あなたみたいに無謀な輩が台頭すれば、周りに多大な迷惑が掛かると……それすら分かないんですか?」

「ぐ……ッ!」


 馬鹿だった。

 直ぐに猛烈な後悔が頭の中を駆け巡る。

 チグサの言う通りにしていれば、こんな無茶苦茶な処遇を受けることなんてなかったのに。


「この世界の実権を握っているのは、我らセントラル・ナバラントです。弱者は弱者らしく、黙って従っていればいい────どうせ、あなたごときでは何も出来ないのですから」

「……ッ…………ぅッ……ぅぅぅぅ……ッ!」


 勇者みたいに、戦える力なんて持っていないくせに……。

 チグサみたいに、考える力なんて持っていないくせに……。

 オヤビンみたいに、一人でも立ち向かう勇気なんて持っていないくせに……。

 あぁ……。

 本当に……本当に、大馬鹿野郎だ……。

 



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