15、オールダム大商団の秘密(後編)




「────ちょっと待て。二つ、確認させろ」

「ほい、ミクさん。質問どーぞ」


 オールダム大商団の過去が紐解かれていく中、俺が話を遮ると、管理人は素直に応じてくれる。


「まず一つ目だが、キューネが商隊の襲撃と昨夜の暴動の犯人ってのは間違いないんだな?」

「間違いないねー。まったく瓜二つの魔物が都合良く存在するってんなら話は別だけどさー」

「……二つ目。キューネが襲撃した商隊は────『全滅』していたのか?」

「あまり大人数じゃなかったみたいだけどねー。大商団の護衛に付いていた用心棒も手遅れだったらしいよー」

「だとしたら……明らかにおかしいよな?」

「あぁ、確かにそうだ。ならば、今大商団に居座っている『ハル夫人』は────何故、平然と生きているんだ?」


 ハル夫人は、確かに生きていた。

 それは俺たちもこの目で確認している。

 団長も親しげに話していたのを見るに、あれが亡霊の類いだったとは思えない。


『襲撃の後、被害に遭った者たちは近辺の大型病棟に運び込まれた。大半の者はその時点で死亡が確認されたみたいだけれどー……ハルだけは、辛うじて息を吹き返したみたい。そうだよねー?』


 エスが受付嬢へと確認するように問い掛ける。

 しかし、彼女は何も応えない。

 こちらへ表情を窺わせないかのように、更に視線を落とした。

 どうやら、もう口を塞ぐ必要性も無さそうだ。


「たまたま、ハルだけ傷が浅かったのか? もしくは生命力が優れていた、という可能性も────」

「それはどっちも有り得ないねー」

「……!」


 リューシンの推測に、エスが即座に切り込む。

 どうやら、ハルの顛末について強い確信があるようだ。


「襲撃の時、ハルは仲間たちを庇って土手っ腹に風穴を開けられていた。私ちゃんの見る限り────あれは確実に致命傷。それに、ハルは小さい頃から虚弱体質だった。仮に傷が浅かったとしても……あの商隊の中でも、助かる見込みは誰より0に等しかったと見て間違いない」

「最も命を落とす可能性が高かった者が、奇跡的に、ただ一人だけ生還した……? そんなこと、有り得るのか……?」


 話を聞く限り、団長と夫人は大層仲睦まじかったらしいが……愛の成せる技だったのか、なんて言ってしまっては元も子もないだろう。

 推測だけでは、これ以上は議論しようがないが……エスの存在がその議題を更に後押しさせる。


「もう一つ、情報を付け加えるねー。ハルの商隊が運び込まれた病棟は────『医療ギルド』の医療機関だったってこと」

「『医療ギルド』…………まさか……」

「そう。そこは、セントラル・ナバラントの運営下の病棟。もっとハッキリと言ってしまえば────ハルの『遺体』は、ナバラントの人体実験に使われた……そういうことなんじゃないかなー?」

「やめて……ッ…………ちがうッ……ハルさんは、死んでなんかない……ッ」


 エスの発言も、受付嬢の反応も……最早、机上の空論では収まらない。

 俺たちは、既に踏み込んでいる────オールダム大商団が、団体ぐるみになって、ここまでひた隠してきた『秘密』の中へ。

 そして、全ての事実は……一つの【逸話】を、現実へと昇華させる。


「実は……これ以上は、私ちゃんでも『見ることが出来なかった』んだよねー」

「何故だ?」

「この事象、実は前にも見たことがあるんだよねー。リトル・リーチェとナップス村……そこで起こった出来事は、断片に見えることしか出来なかったー。そう、ミクさんが言う────【魔王の遺物】に関する事柄だけは、ねー?」

「……なるほどな。そうか、オールダム団長からは【遺物】の気配がしなかった……だが、それも当然だったんだな」

「ちがう……ちがう……ッ」


 そうか……そういうことだったのか。

 命を落とした人物が蘇生した理由。

 大商団がその事実を隠そうとした理由。

 管理人ですら観測出来ない理由。

 それはまさしく、『人知の及ばない神秘』が及んでいたから……彼らでは、最早どうすることも出来ない【怪異】が関わっていたからだ。


 その正体は────俺にも、覚えがある。



「大商団の事務方、オールダム団長の妻、ハル夫人こそが、恐らくは、そう────【魔王の遺物】によって甦った、人ならざる『異形』だったってわけだ」



「────やめてぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 俺たちの導きだした結論を前に、受付嬢が絶叫を上げる。

 頭を抱えながら、机に突っ伏して、何か恐怖を押し殺すようにガタガタと震えていた。


「大商団の面々は、その事実に直ぐに気付いた……いや、違和感に勘付いたといった方が正しいか。何だかよく分からないけれど、危険な気配を察してはいたが……敢えて、気付かない振りをした。そのほどまでに、大商団にとって────ハルという人物は大きい存在、精神的支柱も同然だったから」

「そこまで……」

「……?」

「そこまで、察せられるなら……分かるでしょ……? 私たちは一度、この世の社会に人生のどん底にまで叩き落とされている……そんな私たちにとって、この大商団は唯一無二の居場所……」


 机に突っ伏しながら、ガタガタと震えながら、まるで自分に言い聞かせるように、受付嬢は今にも消え入りそうな声で呟く。


「壊れるのが、怖かった……私たちを引っ張ってきてくれた人が、『偽物』だって認めてしまったら……大商団が……私たちの居場所が、滅茶苦茶になっちゃう……そんなのは、それだけは嫌だった……だから、守らなきゃって、思った……例え、得体の知れない危険な存在だったとしても……あんな『事故』のことは忘れて……! 何も変わらない、平和な日々を……! 私たちは、ずっと送り続けたかった……! ただ、それだけ……ッ!! それだけ、だったのに……ッ!! なんで、こん、な……ことにッ…………ぅ、ゥッ……ぅ、ぅぅぅ……ッ」


 受付嬢の頑なな意志は、瓦解した。

 彼女らは、ただ自分たちの居場所を守ろうとしていただけ……忽然と起こった不幸な事故によって崩れ掛けた地盤を、自らの信念と命を掛けて守り続けていた。

 その姿は、まるで被害者のそれだ。

 彼女らが不幸に見舞われなければ、今も平穏な日々を過ごしていたかも知れないのに……。


「………ん?」


 ふと。

 彼女が滲み出した言葉の中に、違和感を覚えた。

 その発言が、これまで聞いた情報が、ここまで目にしてきた光景が……ジグゾーパズルのように、頭の中で形作っていく。


「……なぁ、エス」

「なにかなー?」

「最後に一つだけ教えろ。その襲撃事件は、今この受付嬢が言った通り────『事故』だったのか?」

「──! いやー……ミクさん、ほんと鋭過ぎるよー」


 その、何処か気まずそうな発言を耳にした瞬間、俺は一呼吸を吐きながら顔を上げる。

 これは、そう……。

 きっと、世間一般的には知らない方が、まだ幸せだったかも知れない。

 いいや、ひょっとしたら……彼らは知っていて、知らない振りをしているんだけなのかも知れない



 俺たちは、辿り着いてしまったのだ────反吐が出るような『醜悪な真実』に。



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