14、オールダム大商団の秘密(前編)




 親に見放されて、喧嘩ばかりの日々。

 それ故か、小さい頃から身体は大きく、腕っぷしだけは強かった。

 気に入らないことがあれば拳一つで解決出来たし、〖魔術師〗相手にも独自に編み出した我流の〔武術〕で圧倒することが出来るほどだ。

 気付けば周りには色々な者たちが集まり、私はリーダーみたいな立ち位置に収まっていた。

 そんな折に、私は運命的な出会いを果たす。


 虚弱体質の少女────ハルとの出会いだ。


 彼女は、身体は弱いし、小柄だし、力も無い。しかし、とても博識で、行動力があり、包容力があり、そして誰よりも意志が強くて優しい……今まで関わったことがないタイプの不思議な少女だった。

 虚弱のくせして大の大人に食って掛かり、喧嘩が起これば仲裁に入ろうとして、いつものように私が手助けする。

 無視しても良かったがどうしても放っておくことが出来ず、そうして何度も関り合いを続けていく内に、次第に彼女の存在に惹かれるようになっていた。


「今は、ナバラントの圧政で生き辛い日々が続いているけれど……いつか、皆がそんな辛さを忘れられるような居場所を作りたい」


 それが、ハルの……いいや、私たちの夢だった。

 いつの間にか共に居ることが増え、温かみのある日々を積み重ねていった、ある日のこと。

 商人となった仲間たちが執拗な妨害を受けて、商売が立ち行かなくなっている、という愚痴を耳にする。

 話を聞いたハルが「なら、みんなで一緒にやってみない?」と提案し、お店を潰された仲間たちが集まって共同経営が開始。更には、元々交友関係が広かったハルの人柄に惹かれてか、同じ様な境遇の商売の熟練者たちが続々と集まり、やがては『大商団』と名乗るにまで成長を果たす。

 いつかと同じ様に私と、そしてハルの二人がリーダーとして持ち上げられるようになるまで長くは掛からなかった。

 私がかつての経験を元にリーダーシップを発揮して、情報処理や経営に優れたハルが裏方として事務作業をこなす……そうしてどんどん大きくなる『オールダム大商団』は、私たちの新しい居場所になっていった。

 そう、幸せだった。

 オールダム大商団は、私たちの『夢』になってくれた。

 自由な居場所、頼りになる仲間たち、そして何よりも……生涯において唯一無二の『パートナー』になってくれた大切な人の存在。

 一つでも欠けた生活はあり得ない。

 この幸せな日々が、いつまでも続けばいいのに。

 そう思っていた矢先に……。


 ────『あの悲劇』が起こった。









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









「……忘れもしない。あれは、『西国』に旅立ったハルの商隊が数日ぶりに合流する日だった。西国との商業交渉が無事に完了し、商団をあげて宴の準備をしていた最中、本隊に一報が入った。帰路に着いていたハルの商隊が────『魔物』の襲撃に遭った、とな」


 オールダム団長とは一度しか顔を合わせたことは無いが……その暗く陰った表情には、いつもの彼とは明らかに異なる感情が込められていることがハッキリと分かった。

 怒りと、苦しさと、そして……悲しみの感情だ。


「私たちは即座に部隊を編成し、救援へと向かった。商隊には腕利きの護衛も付いていた。滅多なことでは『魔物』に遅れを取ることはない、そう信じていた…………だが、甘かった────商隊は、全滅していた。仲間たちも、雇いの護衛も、それに……」


 彼の語りを聞く団員たちも、無言のまま微かに苦悶の表情を浮かべていた。


 ────仲間の商隊が、全滅。


 当然と言えば当然だろうが……商団の皆々にとっては、何よりも衝撃的かつ悲劇的な事件だったことが窺える。

 きっと、彼らが受けた傷は癒えることは無いのだろう……これまでも、これからも……そして、一生の年月が経ったとしても。

 全滅……?

 でも……あれ……?


「しかし、現場に辿り着いた時に……私は、見た。商隊を襲撃した『魔物』が、足早に立ち去っていく様を。遠目ではあったが……その姿は、朧気ながらも覚えている」


 その時、オールダム団長が顔を上げる。

 彼の陰りながらも鋭い目線は、真っ直ぐに彼女の元へと向けられていた。


「────『キューネ』。あれは、確かにお前だった」

「…………え……?」

「な──ッ!?」


 他でもない当事者の告発。

 一瞬だけ脳裏を過った違和感すら、軽々と吹き飛ばすほどの衝撃だった。

 それに当てられて思考が麻痺している間にも、事態はどんどんと悪い方向へと激走していく。


「『執行者』の進言が無くば、危うく騙されるところであった。また、『お前』のせいであんなことになるのは────決して、許しはせん」


 オールダム団長を告発と、団員たちの疑念の視線に晒されたキューネは、小動物のように全身を小刻みに震わせながら必死に抗議の声を上げようとする。


「ち、がうッ…………わたくし、は……そんな、こと…………やって、ないッ…………や、って…………ぁ、ァ……ぁ…………ァァ、ァぁぁぁ、あああアアアア……ッ?」

「キューネ……!?」


 明らかに、様子が変だ。

 クオネカの部下に拘束されながらも、まるで自身の制御が効かなくなったかのように、頭を乱暴に振り回しながら、苦しそうな呻き声を上げ始める。

 その様相は、まさに狂暴な獣だった。

 それを目の当たりにした団員たちへと、疑念どころか恐怖心までもが伝播していく。


「本当に、キューネが……?」

「じゃあ俺たちは、敵を迎え入れていたってことか……?」

「キューネ……どうして……折角、仲良くなれるって思ったのに……ヒドイ……」


 重苦しい……最悪の空気感だ。

 この空気をどうにかしようにも、こちらは圧倒的に情報が少ない。

 人々から忌み嫌われる魔物、その魔物の手で傷を負わされた大商団、そこへ正体を隠して入団した魔物のキューネ……こんなの、まるで成るべくして成った必然な出来事みたいじゃないか……!?


「ちょ、ちょっとチグサ……! これ、本当にキューネの仕業かは分からないよね……!? だってナバラントも団長も口頭で言っているだけで、明確な証拠なんて一つも出してないじゃん……っ!」

「……」

「なんで……? なんで、何も言わないのさ……!? このままじゃ、キューネが悪者になっちゃうでしょ!?」

「……警察ギルドは、セントラル・ナバラントの属下ですぅ。彼らが悪と決めれば、それは悪と成る……私たちは、中枢機関たる彼らに従うしかないんですねぇ……」

「そんなの……!」

「────その通りです」


 背後から、そう声を掛けられると……虫が這うような手付きで、クオネカの手がボクの頭を撫で始めた。

 それからまるで子供に言い聞かせるように、耳元でネットリと囁いてくる。


「──ッ!」

「この世界で生きるとは即ち、我らセントラル・ナバラントの庇護下に在ることを意味します」

「庇護下、って……」

「我らが居る限り、人々の生活は守ると保証しましょう。ただし、その庇護下に居ない者たちは……徹底的に排除する。そうやってこの世界は平和を保ち、我らセントラル・ナバラントを中心に回っているのです」

「……」

「分かりますか? そもそも────この世界に『勇者』など必要ないのですよ」


 クオネカは最後にグッと頭に乗せた手に力を込めると、黒ずくめに拘束されたキューネへと歩み寄る。


「さぁ、魔物さん────分かっていますね?」

「ひッ、が……ッ!?」


 まるで、できの悪いペットに躾するかのような……いいや、それどころの騒ぎではない。

 恐怖におののいた様子のキューネの首根っこを掴んで地面に押し倒したクオネカは、その顔面を容赦なく踏みつけたのだ。


「待っ……!!」

「ニロさん……!」


 思わず駆け出そうとしたボクの手を、チグサが素早く掴む。

 それを振りほどくことが出来ず、反射的に足を止めてしまった。


「離してチグサ……! こんな横暴が許されるわけが……ッ!」

「────あなた一人で何が出来るんですっ!」

「──っ!」


 彼女らしからぬ怒号を投げ掛けられ、思わず言葉が喉の奥へ引っ込む。

 彼女の顔は、真剣だった。

 それだけ見れば、ここから『先』へ踏み出すのがいかに危険で無謀な行為なのか……嫌というほどに理解してしまう位に。


「セントラル・ナバラントに歯向かうのは、この世界を敵に回すということです! あなただけじゃないっ! この世界にある秩序を破壊し、不特定多数の人々の生活を大きく乱すことになるっ!」

「……ッ……」

「そんな重荷を、あなた一人で負えますか!? あなた一人で、この世界を相手に戦えますか!? 権利を放棄し、繋がりを絶ち、恨みだけを買い続け、孤独と戦いながら、支配者を打ち破るだけの覚悟と力が……あなたにあるんですか!?」


 じゃあ……。

 ボクごときには……このまま黙って見ているしか、出来ないってこと……?

 ボク程度の、一個人の覚悟や力だけでは……何もすべきじゃないってこと……?

 だけど……。

 だけど、このままじゃキューネが……。

 どうすればいい……?

 ボクは、どうすればいい……?





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