13、炙り出された害獣




「あらぁ、私としたことが少々調子に乗り過ぎちゃったみたいですねぇ……」

「──ぁぐァ……ッ!?」


 チグサは団員の折れた腕を掴むと、思いっきり逆方向へ力を込める。ゴキッ! と鈍い音が響くと共に、彼の腕は元の形に戻っていた。

 躊躇ねぇ……。

 あれは、関節を外していただけ……なのだろうか?

 だが、あんな強引な曲げ方と戻し方をしては、彼はしばらく再起不能だろう。


「ど、どうするの!? これ以上逃げても埒が明かないよっ!?」

「困りましたねぇ」

「囲めっ!! あの緑髪の女には警戒しろっ!! 多人数で一斉に取り押さえるんだっ!!」


 少しずつ情報は集まってきたが……落ち着いて状況をまとめるどころではない。

 団員たちの様相も、次第に熱が入ってきた。

 意地でもボクらを捕まえるつもりだ。

 せめて……せめて、オヤビンと合流出来れば……。

 このままでは、いずれ捕まってしまう……そんな危機感が沸き上がってきた中、意外な人物が声を上げた。



「────もう辞めて下さいっ!!」



 ボクとチグサを庇うように声を上げたのは、キューネだ。

 大商団の一員である彼女が立ち塞がったことで、団員たちは足の動きを止め、いかにもヤりづらそうな様子で顔を歪めた。


「キュ、キューネ……」

「オールダム大商団の皆さんは、こんな新入りの私のことを快く受け入れてくれた……ニロさんやオヤビンさん、公認勇者の皆さんは、出会ったばかりの私の背中を押してくれた……私には、どちらも悪い人には見えないんです……!」

「──!」

「それなのに皆さんが、苦しそうで、ツラそうで……そんなの、見ていられないんですッ……もう、いがみ合うのは辞めましょうよ……! ちゃんと話し合えば、絶対に分かり合える筈です……ッ! こんなッ、優しい人たちが傷つけ合うなんてッ……あんまりじゃないですか……ッ!」

「……っ……」


 あ、れ……?

 キューネの訴えに、団員たちへと戸惑いが生じている様子だ。

 もっと強情かと思っていたのに……瓦解するのはもっと早かった。

 これならもしかしたら……キューネの言う通りにちゃんと話し合えば、互いにもっと寄り添えるんじゃ────。



「────素晴らしい」



 パチパチっ、と乾いた拍手音が鳴る。

 その音に団員が全員揃って全身を震わせ、ゆっくりと歩み寄ってくる一人の女性へと、一斉に視線を向けた。

 なんだ……?

 急に、空気が重くなった。

 まるで突然と現れたあの女性が、周囲に毒素でも撒き散らしているかのようだ。

 それを表しているかのように、あのチグサでさえも顔を強張らせて小さく舌打ちを漏らす。


「チッ、出てきましたねぇ────セントラル・ナバラントの、『執行官』……」

「……えっ!? あの人が……!?」


 セントラル・ナバラント……!?

 まさか、リューシンや管理人が言っていた『執行官』……!?

 あの女の人が……!?


 確か、名前は────クオネカ。


 あの公認勇者でさえも強い警戒心を抱いているという、超要注意人物じゃないか……!?


「────キューネさん」

「えっ、は、はい……?」

「貴女の言う通り、我々はもっと寄り添うことが出来ます。その為の努力は絶えず続けていくべきでしょう。そう思いませんか?」

「えっ、と……は、い……その通りだと、思います、けど……」


 キューネも、何やら異様な空気感を覚えているようだ。

 団員たちがあからさまに気まずそうにしているのに、当のクオネカは……妙に優しげである。だが、言葉の節々にこちらへ有無を言わせないような『圧』を感じる。

 ただ話を聞いているだけでは、いつの間にか懐柔されてしまいそうだ。


「ただ一つ。この対話に悪意に入る余地が無いのならば……相容れない『悪い芽』は今の内に摘み取っておかなければなりません」

「……悪い、芽……?」


 さっきから、何の話をしているんだ……?

 クオネカの視線はずっとキューネに注がれている……まるで、彼女にだけに言い聞かせるかのように。

 そして。

 予想だにしていなかった衝撃的な『事実』を、忽然と口走るのだった。


「そうですよね、キューネさん。いいえ────『魔物連合』の『魔物』さん?」


 それは、点火作業。

 大量の爆弾がギュウギュウに押し込まれた穴の中へと……クオネカは、ほんの少しだけ『火』を投げ込んだ。

 ただ、それだけ。


 たったそれだけの────最悪の引き金。


 火を帯びた爆弾は、あとは激しい爆発を巻き起こして……大商団も、絆も、努力も……全てを灰塵に化すだけだった。








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









『……ぃよーしよし、準備完了ーっと』


 現場検証はリューシンに任せ、私ちゃんは拠点に意識を戻した。

 一面真っ白な空間が私ちゃんを迎えると、何か指示することもなく自動的に、眼前に幾つものホログラムディスプレイが出現する。


『さてさてー。稀代の技術者たる私ちゃんの発明、早速お披露目しちゃいますかー』


 白い空間に、私ちゃんのウキウキとした声が反響する。

 そうしている間に、幾多のディスプレイが次々と表示されていき、やがては私ちゃんをドーム状に包み込んでいく。


『────【見遠しドームちゃん】・起動ー』


 周囲を隙間なく埋め尽くしたディスプレイが一斉に表示開始。

 目映い画面には、無数の情景と、無数の文字列が、無数に表示されては流れていき、私ちゃんの脳内に洪水のようにインプットされていく。


 【これ】は、大雑把に言えば────世界の情報を読み取る【機構】だ。

 

 人、動物、地上、環境……この世界のありとあらゆる情報を再生し、使用者の記憶機関に直接それを取り入れていく。

 ただ、その流入する情報量が単にエゲつない為、常人が使用すれば情報の処理をし切れずに頭が破裂してしまうとも言われているが……何にせよ、普通の人間には扱える代物ではない。

 つまり。

 私ちゃんのように演算処理能力が特別製に優れていなければ、そもそも必要な情報を検索することすら出来ないというわけだ、えっへん!


「…………ほんと、仲睦まじい夫婦だなー……」


 今、膨大に流れ込んでくる情報の中から脳内で拾い集めているのは、オールダム団長とハル夫人の情報だ。

 彼らの生い立ちから、馴れ初め、そして現代に至るまで、どんな道筋を辿ったのか……それを一つ一つ拾い上げては、彼らのロードマップを形成していく。

 うーん……。

 これは……。

 思ったよりも……。

 予想の範疇を出ない人生、起伏こそあれど順調に築き上げてきた人生……このままいけば、夫婦円満に天寿を全うすることだろう。

 良く言えば、順風満帆。

 敢えて悪く言えば、少々退屈な惚気話。

 標的を見誤ったのだろうか……そんな疑念すら沸いてしまうほどにありきたりで平和な人生が続いていたが……。


「………………ん?」


 限りなく現代に近付いた辺りで────不意に、思考が止まる。

 喉の奥辺りまで昇り掛けていた欠伸が一瞬で引っ込み、じんわりと冷や汗が滲み出し始めた。

 ちょっと、待て……?



 ────何だ、今のは……?



 『それ』を閲覧した自身の記憶すら疑ってしまうほどの────衝撃的な光景を見てしまった気がして……。

 襲い来る恐怖心を押し殺すように、固唾を飲んで、『それ』をもう一度脳内で再生した。


「……『これ』って…………一体……どういう、ことだー……?」








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









「キューネが、『魔物』……?」


 決して『魔物』の面々を嘲っている訳ではないが……これまでのキューネの言動に、そんな気配は微塵も感じなかった。

 驚く一同を置き去りにして、クオネカは更に畳み掛ける。


「昨夜の襲撃事件。犯人は────貴女ですよね?」

「え……!?」


 その告発に、団員たちが一斉にざわつき始めた。

 あまりにも突拍子がない話に、当然ながら付いていけている様子ではない。ただ、身内から現れた『膿』に動揺している……そんな感じだ。


「しかし、驚きましたよ。まさか私よりも先に、警察ギルドが『この獣』の身柄を確保しているとは。ご苦労様でした」

「……」

「チ、チグサ……?」


 チグサは、何も応えない。

 真っ直ぐにクオネカの方を見ながら、無言のまま立ち尽くしている。

 だが。

 一見すると無表情の横顔は、微かに下唇を噛んで沸き上がる怒りを必死に押し殺しているようにも見えた。


「そん、なの……な、何かの間違いじゃ────」

「なら、皆さんに証拠を見せてあげましょう」


 クオネカが合図を出すように、軽く手を上げる。

 すると、音も気配も無くキューネの背後に、深紅の服を纏った人物が姿を現した。


「──ぁッ、ぐ……ッ!?」


 そいつはキューネの後ろ髪を乱暴に鷲掴みにすると、彼女の被っていた布地の頭巾を無理矢理引き千切った。

 初めて露見される、キューネの頭頂部。

 頭巾の下から、毛並みの整えられた三角の形をした────『獣耳』が飛び出してきた。


「『獣の耳』……!」

「ぁ……ッ!!」

「大商団の懐に潜り込んで、貴重な資源を独り占めにしようとしたのですね。なんて卑劣な害獣なのでしょう」

「ち、違います……っ! わたくしは、そんなことしません……っ! ただ、わたくしは大商団の一員として、誰かの居場所を作りたくて……ッ!」

「戯れ言は結構です。それに、果たして卑しい獣の言葉に耳を貸すような愚かな人物が、この場に居るでしょうか?」

「え……っ」


 正体を明かされたキューネが、恐る恐るといった様子で辺りを見渡始める。

 助けを求めるような視線を受けた団員たちは────眼を逸らした。

 キューネの視線から逃れるように、気まずさを押し殺すように……やがては、疑いの眼差しを向ける者まで現れて……少なくとも彼女の為に声を上げる者は、そこには誰も居なかった。


「ち、違う……ち、がう…………わたくし、は……本当に……大商団に、あこがれて────」

「ふざけたことを言うな、耳障りだ」


 震えた声で必死に弁明しようとしたキューネの言葉を、圧力のある低い声が遮る。

 クオネカの後ろから現れ出たのは────オールダム団長とハル夫人。

 団長は夫人を守るように腕で引き寄せながら、冷たい目付きでキューネを見下ろしていたのだった。









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








 一瞬の出来事だった。

 襲撃者が急接近してきた瞬間、俺はその場で軽く跳び上がり────背後の襲撃者へと、回し後ろ蹴りを炸裂させる。

 ほぼ同時に、リューシンの【歪み】で大きく動きの軌道を逸らされたもう一人の襲撃者と激突。

 打ち所が悪かったのか、二人とも床に突っ伏して動かなくなってしまった。


「な……ッ!?」

「見事だな。【境界線】だけじゃなく〔武術〕にも精通しているように見受けられる」

「そんな大層なもんじゃねぇ、ただの防衛術だ。そういうお前は俺に合わせて【歪ませた】だろ。事故を装って俺だけに責任を負わせるつもりか?」

「装うにはもう遅いと思うがな」

「連帯責任ってやつか、そりゃしゃあねぇ────なぁ、嬢ちゃんよぉ?」

「──ッ!」


 受付嬢は肩を大きく震わせ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 俺は受付机に乗り上げて、そんな受付嬢を不敵な笑みを浮かべながら睨み下ろす。


「不意打ちしてきたってことはよぉ、当然『やり返される』覚悟は出来てんだろうなぁ?」

「…………」

「待て、ミク。これを見てくれ」

「あん?」


 リューシンに呼び掛けられて机から飛び降りると、床に伸びた二人組の襲撃者を見下ろす。

 顔立ちは、まだ若い人間の少女と少年……。

 ただ、その頭頂部に……人間には無い筈の『獣耳』が付いていた。


「おいおい、こいつら────『魔物』じゃねぇか?」

「深紅の衣……もしや、『是正執行部隊』……『ネクローシス』か?」

「なんだそりゃ?」

「セントラル・ナバラントの『執行官』クオネカが従えている戦闘部隊だ。彼らはクオネカの指示に従い、犯罪者や厄介人などの執行対象を『始末』する。ナバラント直属の『暗殺者』といってもいいかも知れないな」

「ナバラント直属? ちょっと待てよ。何で『魔物』がナバラント直属の戦闘部隊に付いているんだ?」

「それは……」


 むしろ、ナバラントは『魔物』を指名手配して、それを排除しようと動いている筈だが……?

 俺の疑問にリューシンは少し考えるようにしていたが、代わりに別の人物の声が応えてくれる。


『────そもそも『ネクローシス』が、『魔物だけで構成された部隊』だからなんだなー』


 そう語るのは、何処からともなく現れてフワフワと宙を漂う光の玉、エスだ。

 しばらく姿を見せなかったと思ったら、何処へ行っていたのだろうか。

 いや、それよりも……。


「……あぁ?」

「エス、それは確かなのか?」

『前々から『執行官』が妙な〖魔術〗を扱って、『ネクローシス』をマリオネットみたいに操っているのは分かっていたからなー。魔物は〖魔術〗の扱いに長けているけど、逆に〖魔術〗による影響も受けやすい。そのベールの下が魔物なのだとしたらー……もうこれは決定的でしょー』

「つまりはよぉ、あれか? 『執行官』クオネカは『魔物』を自在に操る〖魔術〗を使うことが出来る……そういうことか?」

『そのとーり』


 少なくとも、セントラル・ナバラントの刺客であることは間違い。

 表面上は受付嬢を配置して油断した隙を狙って、背後から息の根を止める……やり方は汚いが、随分と手慣れているようだ。

 そして。

 これで、オールダム大商団とセントラル・ナバラントが手を組んでいる、という事実は掴めたと考えて良いだろう。


『ねぇ、お嬢ちゃんさー? もういいんじゃないの────『本当のこと』話しちゃってもさー?』


 管理人が核心を突いたかのような疑問を投げ掛けると、一気に窮地に追い込まれた受付嬢の動揺が目に見て露見されていく。


「な、なんの、ことだか……」

『あっそー。せめてあんたら自身の口からとは思ったけどー……仕方ないねー? じゃあ────私ちゃんが全部喋っちゃうねー?』

「……はッ!? ちょっ、待ッッんぐッ!?」

「口元に【境界線】を引いた。お口チャックだ、少し黙ってな」

「んんんんーーーッッ!!」


 物理的な手段を用いないだけ感謝して欲しいものだ。

 受付嬢の口を閉ざした今、俺たちの意識は宙を漂う光の玉へと向けられた。


「エス、もしや……」

『うんー、ようやく全部分かったよ────『オールダム大商団の秘密』がねー』

「『秘密』、ねぇ……?」

『ただ、その前に一つ。二人もなんとなーく察していると思うけれど、この『秘密』は……大商団にとって、存亡すら掛かった複雑な問題なんだー。それを知った上でどうするのか……よく考えて欲しい、かなー』


 どんな手段を用いたのかは不明だが……この口振りを聞く限り、何らかの確信を得ているのは間違いない。

 そんな疑惑を察したか、リューシンが俺を見ながら小さく頷くのを見て、俺も溜め息を吐いてから語り部の言葉へと耳を傾ける。

 オールダム大商団の抱える秘密。

 そこに至るまでの物語の世界へと。




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