12、「守らなきゃ……」



「聞いた、昨夜の話……?」

「あぁ、その気になれば助けられた筈なのに、公認勇者が気を抜いていたって話だろ?」

「──何が公認勇者だっ! 適当なことしやがってっ!」

「役立たずはさっさと消えちまえっ!」


 そんなヒソヒソ話が次第に非難、やがては罵倒へと変わっていき……団員たちが、俺とリューシンへ石やゴミを投げ付け始めた。


「おいおい。『勇者』の名を冠しているくせして、随分と嫌われてんじゃねぇかお前ら」

「こうした非難は今に始まったことじゃない。これまでも、一度の失敗、不服感、劣等感情……様々な理由で様々な非難を受けてきた。何物にも縛られない独立組織と謳ってはいるが、万人に受け入れられているかといえば、そうとは言い切れないかも知れないな」

「そりゃ難儀なこって……っと、危ねぇ」


 迫り来る石を、俺はヒョイッと首を倒して軽々と回避。

 罵倒するにしても、他人の顔面向かって石を投げ付けるのは少々大人げない気もするが……それを言葉にするより前に、リューシンが口を開いた。


「だが────」


 リューシンは、まるで俺を庇うように立ち塞がると、自身の手を軽く前にかざす。

 すると、一瞬だけ手の先にある空間がグニャリと渦のように『歪み』……。


「例え『勇者』として人々に寄り添う立場にあるとしても────私の仲間を傷付ける行為は、容易に看過出来ない」

「……あ?」


 飛んでくる無数の石やゴミが『歪んだ』空間に触れると、その渦のような歪みに沿って、飛来の軌道があからさまに変わった。

 石やゴミは俺たちから大きく逸れた位置に弾かれ、その変化に気付いた団員たちへ一斉に動揺が広がる。

 何よりも、俺のことを庇い立てるリューシンが、怒りの感情を滲み出していることが大きいだろう。「まさか、あの公認勇者が怒っている……?」そんな予感が、団員たちの不安をより煽り立てているようだ。


「ミク、ここはひとまず退散するとしよう。彼らの前に姿を晒すのは……今は避けた方がいい」

「……そうだな」


 リューシンに促され、呆然と立ち尽くす団員たちへと背を向けて撤退。

 テント群の裏側へと身を隠し、群衆からしばらく距離を離した場所までやって来ると、俺は疑問を投げ掛けた。


「……【その力】は?」

「あぁ、エスが言うには〖魔術〗のそれとも違うらしい。最近になって使えるようになったんだが……如何せん、何故こんな【力】を使えるのか俺も彼女も分からなくてな」

「まぁ、だろうな」

「…………まさか、【これ】も『魔王』の……?」


 俺もまさかとは思ったが……。

 そう、同じだ。



 ────【空間を歪める能術】。



 500年前、あの力に一体どれだけ苦戦を強いられたことか。

 流石にあの時ほどの『規模』と『強さ』は感じられないが……それは、明らかにリューシンが『魔王』と同一人物である、という証拠に他ならなかった。

 だが。

 全部が全部、何もかも同じかと言われると……。


「……ったく。んな心配そうな顔すんな、小動物かお前は」

「む……そんなに顔に出ていたか? いや……もし、君を不快に感じさせていたらと思ったら……すまない」

「だーから、そんな顔すんなっての。はぁ……わーった────仕方がねぇ、協力してやんよ。ただし今回だけな」

「──! 本当か……!」

「勘違いすんな? 俺は『魔王』って存在を赦した訳じゃねぇ。ただ、望んでいねぇとはいえども、こんだけ援助して貰っておいて、何も返さねぇほど性根は腐っちゃいねぇよ。それに、何より……」

「それに?」

「──『気持ち悪ぃ』んだよ、この状況が。まるで、こうやって非難されるように誘導されてるみてぇでよ。このままやられっぱなしなのは納得がいかねぇ。それは、お前も感じているんだろ?」


 俺の苛立ちの混じった主張を聞いたリューシンは、驚いた様子で目を見開いた。


「そこまで察していたとは……流石だな。俺も、君と同じ考えだ。だが、俺たちを陥れようとしている連中に関しては、一つ心当たりがある」

「もしかしなくても────例の、『セントラル・ナバラント』って組織のことか?」

「その通りだ。実際、この街道に『対談』という形で、組織の要人である『執行官』と呼ばれる人物が来ている」


 あの時は詳細こそ聞かなかったが、リトル・リーチェのマスターも言っていた────「厄介な奴らが来ている」、と。

 それにエスも、セントラル・ナバラントは公認勇者を陥れる為ならば手段を選ばない、と語っていた。

 こうなれば、いよいよ……主犯格は決まったようなものだろう。


「それなら、その『執行官』とやらに問い詰めればいいんじゃねぇのか?」

「奴らは中枢機関として、政治、経済、文化と、あらゆる分野を掌握し、実質的にこの世界を支配している。そんな連中に手を出すということは、世界全体を敵に回すことになる。公認勇者としては、おいそれと判断出来ることではないんだ」

「肩身が狭ぇ思いしてんだな、お前ら……」

「それに、恐らく事態はそんな単純な話ではない」

「オールダム大商団のことだな? 確か、あいつらはセントラル・ナバラント直属の『ギルド』に属してはいない。つまり、本来ならナバラントの言いなりになる必要は無い筈だ」

「その通り。だが、彼らの行動はまるでナバラントの傀儡だ。何故そうなってしまったのか、彼らの真意を確かめたい。もしかしたら、その真意の何処かに……君の探し求める【魔王の遺物】も存在するかも知れない」

「……面倒だが、しゃぁねぇ。今度はこっちからガン詰めに行くとすっか────オールダム団長さんによぉ」


 






 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








 団員たちの人海戦術で取り囲まれたボクたちだったが、チグサの実力はそれ以上だった。

 次々と飛び掛かってくる団員たちを、まるで羽根になったかのように軽やかに躱すと、ボクとキューネを誘導しながら包囲網を突破して見せた。

 その際、団員の一人の首根っこを掴んで拉致することも忘れずに。


「──さぁ、潔くゲロっちゃって下さいなぁ。何故、突然公認勇者を非難し始めたのか、その真意をねぇ?」

「いだだだだだだだッ!! 折れる折れるッ!! その前に腕が折れるゥゥッ!!」


 包囲網から距離を離したテントの裏側で、チグサは団員の男を木箱に押し付け、その腕を背中側で捻上げて脅し付けた。

 その姿は、最早暴漢である。


「……警察ギルドって、こんなやり方で尋問するの……?」

「チ、チグサさん、もうその辺りで……」


 キューネがアワアワと制止しようとするが、チグサは悪人顔負けな笑みを浮かべながらそれを拒否した。


「駄目ですよぉ。一度気遣いの態度なんて見せてしまおうものならば、人はそれに甘んじてしまって本当のことなんて話してくれなくなってしまいますぅ。だからぁ────徹底的に追求する。例え、この方の四肢が『不幸な事故』で一生使い物にならなくなったとしてもねぇ?」

「ひッ──!?」

「悪魔みたいなこと言ってる……」


 こういう容赦が無いところ、何処となくオヤビンと通ずるところがあるなぁ……。

 悪魔の言葉を聞いていよいよ観念したのか、団員は脂汗を滲ませながら必死の形相で口を開いた。


「わ、分かったッ! 話すッ! 話すから手を……ッ!」

「──痛みがあっても口は効けますよねぇ? これ以上、私の手を煩わせるつもりならばぁ……ガチでへし折っちゃいますよぉ?」

「さッ、昨晩の報復だよッ!! 公認勇者のせいで仲間が魔物に襲われたッ!! その責任を取らせる為に────ッ!!」


 その時だ。

 彼の言葉が終わるより前に……。


 ────ボキィッ!! 


 と、身の毛がよだつような鈍い音が鳴り響いた。


「えっ────」


 予想だにしていなかった。

 あくまで脅しに留めると……そう思っていた。

 だが、チグサは────本当に、ヤってみせた。

 団員の腕は間接部があらぬ方向へ折れ曲がり、あまりの激痛に彼は地面に蹲って絶叫を上げた。


「──ぎゃぁぁぁアアアアアアアアッ!!? 腕ッ、腕がァァァッ、ァッ、ァァァあああ……ッッ!!?」

「あらあらぁ、おかしいですねぇ? 私ぃ、言いましたよねぇ? 私の手を煩わせるつもりならば……へし折る、と」

「はなッ、した……ッ! 話し、たのにぃ……ッ! なん、でぇぇ……ッ!」

「そんな『建前』のことなんて聞いてないんですよぉ。私は『真意』を話せ、と……そう言った筈ですぅ」

「まッ、待ッ……もッ、もうッやめ……ッ!」


 チグサは仰向けに倒れ込んだ男の足首を掴み、その膝に脚底を当てて、グッと力を入れる。


「腕一本と、脚が二本……チャンスはあと三回ですねぇ。それさえ無視したらぁ……いよいよ辛抱しませんよぉ、私はぁ」

「──ッ!!」


 その場に居る誰もが戦慄した……『本気』だ、と。

 あれだけ躊躇なく腕を折った彼女が、今更他者を気遣う姿勢を見せる筈がない。

 男は間違いなく、天秤に掛けられたのだ。

 命か、情報か……どちらを捨てるのか、と。


「はぁい。カウントダウン、スタートぉ……ごぉ……よぉん……さぁん……にぃ……」

「ゥッ、ぐゥ……ッ!」


 こんなの……残虐が過ぎる。

 あまりにも容赦のない仕打ちに、キューネは顔を真っ青にして立ち尽くしているし……ボク自身も足がすくんでしまう程だ。

 いや……だが……。

 だが、やっぱり……こんなの、駄目だ……!


「…………も、もう辞めッ……んぐッ!?」

「しぃー……」


 勇気を振り絞って声を上げようとしたところで、スーッと伸びてきたチグサの手に口を塞がれる。

 すると、チグサに捕らわれた団員が、絞り出すように呟き始めた。


「…………る……だ……」

「……?」

「……俺たち、が……大商団を……守る、んだ…………殺すなら、殺せ……言ってたまるか…………死ん、でもッ……話してッ、たまるか…………この場所はッ、俺たちが、守らなきゃッ…………守らなきゃ……ッ」


 恐らく、それは彼の胸の奥に……いいや、この大商団の皆が隠している『本音』なのだろう。

 だとしたら……これは、一体どういうことだ……?

 チグサは、『公認勇者』との関連性を聞いている筈なのに……何故、まるで『大商団』の存続が危ぶまれるようなことを案じているんだ……?

 すると、それを聞いたチグサは……少しの沈黙の後に、こう切り出した。


「……虚しくありませんか? そんな『嘘』を、ずっと守り続けて」

「チグサ……?」

「自分の心を、ずっと騙し続けることは出来ない。本当は吐き出してしまいたいのに、出すことも出来ない。それなのに……それにまんまと『付け入れ』られて、挙げ句の果てに『利用』されようとしている……それで、本当にいいんですか? あなたたちは、悔しくないんですか?」

「…………」


 『嘘』……?

 『利用』……?

 団員の何とも言えないような表情を見る限り、かなり的を得たやり取りのようだが……一体、彼ら『大商団』は何を隠しているんだ……?

 一方的な難癖を付けて、『公認勇者』を陥れてまで……守らなくちゃならない『嘘』って、何なんだ……?


「────居たぞッ!! あそこだッ!!」


 声が上がる。

 見れば、武器を手にした団員たちが、鬼の形相でこちらを睨み付けていた。

 このままでは、ヤバい……!








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









「──出掛けた?」

「はい、つい先程。奥様と共に現場の視察に向かわれました」


 本部テントにやって来た魔王さまとリューシンがオールダム団長について尋ねると、不在の旨を受付嬢が応える。

 「タイミングが悪かったか」と呟くリューシンだったが、一方の魔王さまはその状況に違和感を覚えたようだ。


「おかしくねぇか?」

「何がだ?」

「表は公認勇者を狙って団員が騒ぎを起こしているんだぞ? それをオールダム団長が把握してないとは思えねぇ。俺が団長の立場だったら、騒ぎが収まるまで部屋で大人しくしているし、ましてやそこに自分の妻を連れていくなんて危険な真似はしねぇけどなぁ?」

「……」

「何か思惑がある、ということか?」

「いーや? ただボケている可能性も捨てきれねぇよ?」


 推察の中でも、辛辣なコメントは忘れない。

 魔王さまがニヤッとほくそ笑んで見せると、流石のリューシンも呆れ顔で溜め息を吐いた。


「とにかく。今は団長から話を聞き出すのが最優先だ、急いで後を追うとしよう。では、失礼した」


 リューシンが頭を下げると、魔王さまを促して外へ出ていこうとした。

 すると、彼らの後ろ姿へ、受付嬢が思いもよらない言葉を投げ掛けた。



「────公認勇者様。お言葉ですが、これ以上下手に首を突っ込むのは控えた方が良いと思いますよ」



 かなり挑戦的というか、挑発にも取れる発言に、リューシンも魔王さまも立ち止まって、受付嬢の方へと向き直る。


「……なんだって?」

「おいおい。お前、分かってんのか? その発言、大商団には『裏』があるって自白しているようなもんだぞ?」

「そちらこそ、理解していますか? わざわざそう発言したということは────既に、手を打たれている、ということを」


 凍り切ったような冷たい顔つきで、受付嬢がそう言い放つ。

 直後。

 魔王さまとリューシンの背後で────音も気配もなく、深紅の人影が二つ動いた。

 眼にも止まらぬ速さで跳び上がった二つの人影は、その手に握られた短刀を振り被ると……。


 ────公認勇者の命を狙って、容赦なく振り下ろした。


「────大人しくしていれば良かったのに、愚かな人たち……」




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