11、空気感





「まさか開店前にこんな精が付く美味しい朝食を食べられるとはなぁ」

「これで今日も1日頑張ることが出来そう、ありがとうねキューネ!」

「そんじゃあ、ご馳走さまキューネ! 営業中に何かあったら言ってくれ! いつでも助けにくるからよ!」


 団員たちが幸せな表情で屋台から出ていくのを、キューネはとても嬉しそうに送った。


「はいっ! どうか皆さまも頑張って下さいっ!」


 新天地での新たな仲間たちとの新たな営業。

 最初はちゃんと馴染めるか不安がっていたが、何とか馴染めているようだ。


「ふぅ、わたくしもちょっと一息入れて……」


 団員たちへの朝食供給は大成功。

 大商団の営業開始から一仕事を終えたキューネは、一旦呼吸を整えて、水の入ったコップを口に付けて水分補給をしていた。


「────好評のようですねぇ、キューネさん」

「んぐッッぶふぅッッ!!?」


 唐突のことだった。

 音も気配もなく客席に座っていたのは、以前にあの魔王と共に行動していたチグサ。

 彼女の突然の来訪にキューネは度肝を抜かれ、口に含んだ水を全部噴き出してしまう。


「あらあらぁ。まるで亡霊でも見たみたいにぃ、失礼しちゃいますねぇ」

「ゲホッ、ゲホッ! し、失礼致しました……ッ! 確か、チ、チグサさん、でしたっけ……? けほッ、な、なんでここに……?」

「客人が客席に座るということは、サービスを受ける意思表示をした……ということですよぉ? 何か不都合でもありましたかぁ?」

「い、いえいえいえいえっ! め、滅相もありませんっ! ようこそおいで下さいましたっ!」


 キューネは、慌てて調理の準備に取り掛かった。

 その慌ただしい様子を、カウンター越しに頬杖をついて見ていたチグサは微笑してから街道の露店を見やる。


「それにしても、良い雰囲気ですねぇ。この大商団の皆々方は、商品や客人にもそうですが、何よりも団員同士の絆に重きを置いているように見受けられますぅ」

「……そうですね。わたくしは本当の本当に入りたての新人ですが、早速その輪に入れて頂けているようで……なんというか、こう、胸がグーっと暖かくなってきます」

「──ただ、それはあくまで外部から見た場合の話ですがねぇ」

「え?」

「アットホームな職場というのは、仲間内の空気感を維持しようとするきらいがあるんですよぉ」

「……空気感?」

「私の感覚ですが、この大商団の空気感は少々『露骨』ですぅ。そこにどういった『意図』があるのか……もっと言えば────彼らが一致団結して、『何』を『守ろう』としているのかぁ……個人的に興味深いなぁ、と」

「……?? あのぉ、それは、どういう……?」

「ぅふふ。あぁ、それともう一つ────」


 チグサがニヤリとほくそ笑みながら、口元に人差し指を一本立てて見せる。

 すると、まるで話の腰を折るように、辺りにけたたましい大絶叫が響き渡ってきた。



「────誰かァァァァァッ!! たぁすぅけぇてぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」



 チグサもキューネも驚いて声を止め、反射的に街道の向こう側へ視線を移す。


「あらぁ、この声はぁ……」

「もしかして……ニロさんっ!?」


 二人にも聞き覚えのある悲鳴だった。

 それに、見覚えのある小柄な人物が、街道の向こう側から全速力で走って……いいや、逃亡している。その背後から、二人の団員が慌てた様子でニロの後を追いかけていたからだ。


「どうなってんだ……!? 確かに頭をぶん殴ったのに、何であんなピンピンしているんだ……!?」

「知るかっ! と、とにかくアイツを止めろっ! これ以上騒ぎを起こされたら面倒なことになる……!!」

「ひぃッ、ひぃッ、なんでッ!? なんでボク追いかけ回されてんのッ!? 今のところ悪いことした記憶はないよッ!? まさか『公認勇者』を騙ったことがバレたッ!? 違うんだよぉッ!! そんなつもりじゃなかったんだよぉぉぉッ!!」


 何やら、とてつもなく緊迫した状況だ。

 キューネが「どうしよ、どうしましょぉ……」とあたふたとしている一方、チグサはユラリと立ち上がり、街道のど真ん中へと躍り出た。

 ニロと目が合うと、彼女はヒラヒラと手を振ってにこやかに笑って見せる。


「どうもご無沙汰ですぅ、ニロさん」

「チッ、チグサぁぁぁぁっ!? た、助けてぇぇぇぇっ!!」

「はぁい、お任せあれぇ」


 チグサは快く頷くと、ニロが目の前にまで迫ったところで────スッと、ニロの足元に自身の足を差し出す。


「ふぇっ────」


 あまりにも自然な動作に反応し切れなかったニロは、まんまと足を掛けられて顔面から転倒。


「──ぶへぇぇぇぇェェェェェェェェッッ!?」


 かなりブザマな転び方をしたニロだったが、その後に続いた男たちは更に酷い有り様だった。

 ニロが唐突に目の前で転倒した為、スピードを殺し切れずに、次々とニロの身体に躓いて大転倒。

 ドカドカッ! と、ドミノ倒しのように折り重なって倒れ、当たりどころが相当悪かったのか、そのまま動かなくなってしまった。

 サラッと足を引っ掛けたチグサは、わざとらしく額を拭いながら満足げに微笑んでいた。


「……ふぅっ、我ながら完璧な救出劇」

「──どこがッッ!? 助けるべき本人の足を引っ掛けるとか何考えてんのッッ!?」

「まぁまぁ。そうプリプリしないでぇ、可愛いですねぇ。お詫びにご飯奢りますからぁ」

「えっ!? ホントっ!? やった……って、誤魔化せるかァァァァッッ!!」


 舌を出して「てへっ」と、わざとらしく惚けるチグサ。

 幸いにも大した傷は負っていないもののあまりにも無茶苦茶な扱いに烈火の如くぶちギレるニロだったが、慌てて駆け寄ってきたキューネに助け起こされる。


「ニ、ニロさんっ! 大丈夫ですかっ!? というか、この騒ぎは一体……!? どうしてニロさんが団員の皆さんに追い掛けられているんですかっ!?」

「分かんないってっ! テントで寝ていたらいきなりぶん殴られて……!! だから慌てて逃げて来たんだよぉっ!」

「そんな……」


 ニロを追っていたのは、間違いなく大商団のメンバーだ。殺意すら思わせるような予想だにしていなかった団員の姿を思い返して、途方に暮れるキューネ。

 一方、明らかに異常と思われる状況においても、チグサのマイペースぶりは止まらない。


「まぁ、ニロさんの安否はともかく」

「ともかくられたァっ!?」

「逃げ出したニロさんの口を慌てて塞ごうとしていたのを見る限り────『突発的な犯行』だった可能性は高そうですねぇ……窃盗でもやらかしたんですかぁ、ニロさん?」

「やってないよぉっ!! 強いて言うなら『公認勇者』だって嘘を付いた位で……それ以外の時は大人しくしていたってばぁっ!!」

「あらぁ、真面目さんですねぇ、って……ちょっと待って下さい?」

「なにさ、急に?」

「………………もしかして。『それ』、じゃないですかぁ?」


 ニロの発言から『何か』に気付いたチグサが、ハッと顔を上げる。

 しかし、彼女がそれを語り始める前に────彼女らの前に、異質な雰囲気を漂わせる団員たちが、周囲を取り囲むように現れ始めた。

 そこに、先程までの友好的な顔は存在しない。

 まるで、害虫を見るかのような……敵意剥き出しの顔付きだった。


「な、なになになに……? 何なの、これ……?」

「皆さん……?」

「……ぅふふっ。お手柄でしたねぇ、ニロさん」

「はっ? な、何が? ボク、ホントに何かした!?」

「どうやら、貴方なブザマに逃げ回ってくれたお蔭で────オールダム大商団の『闇』が顔を覗かせ始めたようですよぉ?」








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









 予想通り、公認勇者が探りを入れ始めた。

 覚悟はしていたことだ。

 だが、彼らは少人数でありながら、これまで数々の依頼をこなし、幾つの難題を解決してきた超少数精鋭の超人たち。

 仮に真正面からぶつかるようなことがあれば、その時、大商団は一瞬で壊滅させられてしまうだろう。


「────心配要りませんよ。『公認勇者』は、どうあっても貴方がたには手出しは出来ません」


 ハッキリとした口振りでそう語るのは、セントラル・ナバラントの『執行官』クオネカだ。


「……」

「『団員の安全が守れなかったのは、役割を怠慢した公認勇者のせい』と……充分な理由付けでしょう。これで優しい優しい『公認勇者』は、その『妥当な非難』を一心に受けるしかない。彼らは、民衆の信用の下に成り立っている独立組織なのですから」


 公認勇者は、少数精鋭。

 完全なる一枚岩であり、『人々』を第一とする思想は一本槍のようにその心に立っている。

 故に、その思想を簡単に無下にすることは出来ない。言ってしまえば、柔軟性が無い為にいざという時の動きが遅い、ということだ。

 彼らは、非難する人々を殴り返したりしない。

 暴言を吐かれても、それに逆上することもしない。

 つまり、公認勇者をあくまで『尤もらしい理屈』を用意してかつ『非難する側に立てば』……そこは、彼らによって保護された『安全圏』になる、というのが執行官の理屈だ。


「さて、ここまでは計画通り。『公認勇者』の地位を更に貶める為、次なるステップへと進みましょう────拒否したらどうなるのか……もちろん分かっていますよね、団長さん?」


 機械的で業務的な物言いで、クオネカの冷たい視線がこちらへ向けられる。

 それを浴びせられると、隣に寄り添うハルが私の腕に手を添えながら、心配そうな表情で慰めの言葉を投げ掛けてくれた。


「あなた……どうか、気を確かに」


 分かっている。

 一度踏み出してしまった以上、その足を引き戻すことは出来ない。

 だが、例えこの身が底無し沼に沈み切ったとしても、悟られる訳にはいかない。



 ────オールダム大商団の『秘密』は、絶対に護られなくてはならないのだ。

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